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グラナダTVドラマ『犯人は二人』とベルエポックの絵画たち~お茶をしながらシャーロック・ホームズを囲む会~

NHK・BS放送で再放送中のドラマ『シャーロック・ホームズの冒険』もすでにシリーズ後半になっています。今週の放送は『犯人は二人』。
なんとこの紅茶と共にシャーロック・ホームズ作品を鑑賞するnoteシリーズを初めた理由の一つは、グラナダ版『犯人は二人』について語りたかったからなんです。

ということで今回は少し趣向を変えまして、主に「シャーロック・ホームズと同時代の絵画作品」という観点から同エピソードを取り上げていきたいと思います。

☆ネタバレ注意☆
以下の内容にはグラナダ版『犯人は二人』、原作『犯人は二人』、その他再放送済みのグラナダ版エピソードのネタバレを含む可能性があります。

この記事はお茶をしながらシャーロック・ホームズを囲む会の第5回目になります。前回はこちらの『バスカヴィル家の犬』でした。


1.飲み物の準備

さて、いつものようにまずはドラマを視聴しながら楽しむ飲み物を用意します。これを読んでいらっしゃる貴方もぜひお好きな紅茶やコーヒーをお手元にグラナダ版『犯人は二人』をご覧になってはいかがでしょうか。
(お時間のない方や、お茶を淹れられる状況でない方は 2. グラナダ版『犯人は二人』とベルエポックの絵画について からどうぞ)

筆者が本日飲むのはこちら。

サンクゼール 飯綱アップルブランデー

サンクゼール 飯綱アップルブランデー

頂き物のブランデーです。原料にりんごを使用しているそうで、筆者は普段紅茶などに垂らして飲んでいます。
今回は記事と共に飲む物も趣を変えまして、こちらのブランデーをストレートでいただきます。
コップに注いだ段階ではまさにりんごの甘酸っぱい匂いがします。口に含んだ初めは飲む前の香りから想像するよりもさらに爽やかな味わいです。飲み進めていくと、喉にアルコールの熱と甘い香りが残ります。
グラナダ版『犯人は二人』では美しく咲いた花々や美術品が多く画面に登場しますので、ブランデーのように繊細な風味を楽しめる飲み物と一緒に鑑賞するのも一興かと思います。
(※お酒は20歳から。飲み方・飲み過ぎに注意しましょう。この記事は飲酒を推奨してはいません。)

皆様もお好みの飲み物を用意されましたかと思います。
それでは、ドラマ版『犯人は二人』の話に進みましょう。

2.グラナダ版『犯人は二人』とベルエポックの絵画について + おまけ

グラナダTVの『シャーロック・ホームズの冒険』を視聴していて、画面に映る光景にデジャヴを感じることはありませんか?

『マスグレーヴ家の儀式書』のラストの場面で水に浮いたレイチェルの姿が、ミレーによる絵画『オフィーリア』そのものでしたね。※1

グラナダ版ではその他にも特定の絵画を参考にしたのでは?と感じる美術セットが時折登場しますが、『犯人は二人』ではオマージュ元が非常に明確です。
そこで、筆者が気づいた2つのシーンについて以下でご紹介します。

※1『マスグレーヴ家の儀式書』に登場するレイチェルは恋人に捨てられ気が触れてしまった女性ということで、オフィーリアとよく似た身の上です。そのため、グラナダ版のラストを初めて見た時はぴったりの演出だと思い感動しました。

・軍人がタバコを吸っている姿

ドラマ版の『犯人は二人』においてCAMの二人目の被害者として登場するのはとある軍人です。彼と婚約者、そして彼の愛人(と呼んでよいのか)についての話がドラマ前半で繰り広げられます。
中でも彼が夜会服に着替え、自室でタバコを吸っている場面にご注目ください。
どこかで見覚えがある構図だと思いませんか?

このシーンはこちらの『Frederick Burnaby』という絵をオマージュと見えます。

Frederick Burnaby by James Tissot © National Portrait Gallery, London ※2

ドラマでは服装こそ軍服ではなく夜会服ですが、背景の壁に地図が貼ってあること、飾られている甲冑、軍帽の位置、タバコを持って椅子にかけているアンニュイなポーズまでそっくりです!

James Tissotはフランス出身でイギリスで活躍したシャーロック・ホームズと同時代の画家です。フランスのオルセー美術館所蔵の肖像画でも知られています。
ミレーの『オフィーリア』といい、シャーロック・ホームズと時を同じくして生まれた作品をドラマの中に忍ばせるのには物語の時代設定へのリスペクトを感じますね。

※2
ロンドンのナショナルポートレートギャラリーがウェブサイトで公開している画像を以下のライセンスに従って使用させていただいています。http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/

・舞台に上がっている男性の衣装と舞台美術

上の項で取り上げたシーンのすぐ後に、赤いローブのような服を纏って舞台上で歌う男性が登場します。

この男性の服と、それに一体化しているような舞台セットにご注目。
特徴的な水玉模様と、金を使った作風でピンとくる方も多いでしょう。こちらはクリムトです。

ドラマで使用されている服の柄と一致するのは『希望 II』という絵で女性が着ている服でしょうか。
オープンアクセスになかったため、念のためニューヨーク現代美術館の作品ページへのリンク貼っておきます。ぜひご覧ください。

髪型や金のカラーを身につけている様子は、『ユディト I 』と呼ばれている絵などに描かれる女性に寄せているように見受けられます。同絵画を所蔵するオーストリアのベルヴェデーレ宮殿・オーストリア絵画館の作品紹介ページを載せますので、こちらもよろしければご覧ください。

クリムトによる同じ髪型の女性の絵は他にもあります。
ひょっとすると筆者が知らないクリムトの作品にまったく同じ服装・背景のものがあるのやもしれません。ご存知の方がいらっしゃればどうぞご一報ください。

グスタフ・クリムトもシャーロック・ホームズと同時代を生きた画家ですが、上記の絵画は順に1907〜1908年と1901年の絵です。
一方で、ホームズは1904までには引退していたと考えられます。
そのため、ドラマのようにクリムトの絵に扮して舞台に上がるパフォーマンスが実際に英国で行われていたかどうかを筆者は知らないのですが、少なくともホームズが現役のうちには無かった可能性が高いですね。

・おまけの疑問

ドラマの美術セットと絵画作品からは離れますが、せっかくですから当時の風俗に関係してもう一つ筆者が気になった点に触れてみたいと思います。

ミルヴァートンの邸宅、アップルドアタワーに偵察に向かったホームズとワトソンの会話です。

ワトソンがミルヴァートンの人間性について

「Probably in one of the London’s outer suburbs」(ロンドンからより離れた郊外で育ちでもしたんだろう)

と述べると、ホームズはこう聞き返します。

「Outer? Why not Soho or Leicester square?」(郊外?どうしてソーホーやレスタースクエアではないんだい?)

するとワトソンは語気を強めて次のように言うのです。

「Of course, my dear Holmes. Those places with their vices team with warmth, generosity of spirits, and humanity.」(もちろん違うとも、ホームズ。ソーホーやレスタースクエアなんかの地域には悪徳と同時にあたたかみや寛大さ、人間味がある。)

筆者はこの一連の流れ、特に最後のワトソンの擁護の仕方になんとなく含みを感じてしまいます...
そう思ってしまうのは、物語前半でCAMに強請られていた男性の話が挿入されているからでしょうか。(一つ目の項で触れた“ロッティ”の婚約者の軍人です)

まず脚本に関して言えばこれらの台詞やミルヴァートンの育ちに関する記述は原作にはありませんので、ここで郊外に対してロンドン市内の地名挙げるならば、なぜピンポイントでソーホーとレスタースクエアだったのでしょうか。

あえて別の理由を探してみるならばベーカー街から近いから?
いや、それにしたって...となんだか色々勘ぐりたくなるようなチョイスです。

そしてそれに対するワトソンの返答も、これらの地区のことをよくよく知っているような言い方です。※3

この部分の台詞はワトソンを演じるエドワード・ハードウィック氏の言い方も相まって(これに関してはもちろん偶然だと思いますが)、なんだか妙に力強くソーホー・レスタースクエア地区の良い部分を強調しているように聞こえるのですよね。

実のところグラナダ版にはこの回に限らず、匂わせにも取れてしまうようなオリジナルのセリフ回しや場面がなぜかちょいちょい存在します。例えば、『悪魔の足』の回 のnote (URL:https://note.com/siptea_readbooks/n/nefa5f907f0dd)でもご紹介したホームズが「ジョン!」と叫ぶシーンなどです。

毎回スルーできなくもない程度なのですが単なる偶然、そして筆者が深読みしすぎなんでしょうか。
ドラマ脚本の出版はほとんどされていないようなので、それらの演出のどこからどこまでが元々脚本にあったのかなどを知ることができないのが残念なところです。

これを読まれている貴方は、このシーンをどう思いましたか?それとも特になんとも思われなかったでしょうか。よろしければお教えください。

※3  もちろんこの会話の背景には、ヴィクトリア朝独特のロンドン市内と郊外の関係性があるのですが、それは他の多くの専門書などでも読むことができるのでこのnoteでは傍に置いておくとしましょう。

3.まとめに代えて

以上で一部を紹介させていただいたように当時の風俗をふんだんにちりばめて正典の世界を拡張してあるグラナダ版『犯人は二人』ですが、登場人物の細かな仕草などは原作を完璧に再現していたりします。
原作をご存知でない方はドラマと読み比べていただくとまた違った面白さがあるのではないでしょうか。

ドラマオリジナルの部分については、冒頭の薮を手持ち無沙汰に叩く(笑)ワトソンや、ワトソンによる新聞読み聞かせタイム、CAM邸に押し入る準備をする二人の会話などなど、愉快な場面が沢山ありますのでそちらはまた別の機会に語りたいと思っております。

それでは本日はこの辺りで失礼します。
みなさま、良いシャーロック・ホームズライフを!

針衣

以上で取り上げたドラマの台詞などで日本語訳がなされている場合は、筆者の自訳になります。

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