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お茶をしながらシャーロック・ホームズを囲む会 グラナダTVドラマ『悪魔の足』

こんにちは、こんばんは。
お茶をしながらシャーロック・ホームズの4回目、初視聴の方には衝撃的な映像化であろう『悪魔の足』の回です!
このグラナダ版『悪魔の足』ではオフのホームズとワトソンを感じることができるので、初視聴から今まで筆者は擦り切れるほどDVDを再生しています。
原作でも最も好きな短編のひとつである『悪魔の足』。本日も原作ファンの視点で、ドラマ版ならではのシーンを原作との比較で紹介していきたいと思います。

☆ネタバレ注意☆
正典『悪魔の足』、グラナダTV版『悪魔の足』、そのほか、放送済みのグラナダTV版エピソードのネタバレが含まれる可能性があります。

1.お茶の準備


前回までの記事にスキ、コメントなどありがとうございます。
今日もまずドラマ視聴と一緒に楽しむお茶を用意していきます。

この記事をご覧になっている方も、よろしければお好きな飲み物をお手元にご用意ください。
飲み物を用意できる状況にない方は、次の見出しの「グラナダ版『悪魔の足』のグッとくるポイント」からどうぞ。

筆者の本日のお茶は ウィッタードのマラケシュミントティーです。

本日のお茶 マラケシュミントティー

ガンパウダーにペパーミントを合わせたこの緑茶はお茶自体の味は丸く目立ちません。
代わりに乾燥ミントの控えめな香りとともに、どこかスモーキーなフレーバーがあります。
今まで飲んだどのお茶とも似ていない不思議な風味は『悪魔の足』の奇妙な物語にぴったりでしょう。

それではドラマ本編へ参りましょう。

2.グラナダ版『悪魔の足』でグッとくるポイント3選

・休日モードの二人


『悪魔の足』のエピソードでは、原作同様に転地療養のためにホームズとワトソンはそろって転地療養に出かけます。
療養先はコーンウォール。正典では季節は3月となっていますが(注1)、ドラマ版でも屋外は肌寒そうです。
さて、正典『悪魔の足』でもホームズに付き添ってコテージに泊まるワトソンですが、ドラマ版のように二人が一緒になにかをしている描写はほとんどありません。

正典で語られているのは、ホームズが滞在中の多くの時間をコーンウォールの荒地(moor)で独り瞑想するなどして過ごしていたことや、彼がコーンウォールの古代言語の研究に熱中していたことなど。(注2)

「私たちは日課の散策の前に一緒にタバコをやっていたところだった」(注3)のような表現からベーカー街にいる時のように二人で出かけることもあったようです。
しかし、残念ながら具体的な描写はないので、療養中の彼らの生活は読者の想像にとどまります。

一方ドラマ版では、一緒に休暇を過ごすホームズとワトソンの日常風景を垣間見ることができるんです!(注4)

目を離した隙にドラッグを注射したホームズとワトソンの間に流れる険悪な雰囲気。

一転して仲良く散策に出かけ、古代の墓などの遺跡を見て回りながら何気なく交わす会話は死についてです。

ホームズとワトソンのお互いに対する接し方をしっかりと尺をとって見せてくれるのは、ドラマ版ならではの演出ですね。
二人の親密さへの理解度が高まる気がします。

また、ドラマ中盤でワトソンが鏡に向かって髭を整えているシーンは、他のエピソードでは見られないので必見ですよ!

注1)ワトソンの語りによれば、事件がホームズのもとへ持ち込まれたのが3月16日、ハーレイ街の医師に療養しなければいけないと告げられたのが3月のこととされています。
Conan Doyle, A. “The Devil‘s Foot”, in The Return of Sherlock Holmes & His Last Bow. Pan Macmillan, London, 2016, pp.570,572.

注2) 「(前略)...he spent much of his time in long walks and solitary meditations upon the moor.」など
Conan Doyle, A. “The Devil‘s Foot”, in The Return of Sherlock Holmes & His Last Bow. Pan Macmillan, London, 2016, p.571.

注3)「(前略)...as we were smoking together, preparatory to our daily excursion upon the moors.」
Conan Doyle, A. “The Devil‘s Foot”, in The Return of Sherlock Holmes & His Last Bow. Pan Macmillan, London, 2016, p.572.

注4)蛇足になりますが、冒頭で
「You should have travelled alone(君ひとりでくればよかったのに)」
とボヤくホームズを
「Nonsense, we are on holiday !(なにを言ってるんだい、私たちは休暇にきたんだよ!)」
休暇に来たと思いなよ、と宥めるワトソンの台詞にも気の置けない関係が非常に上手く表現されていて筆者は好きです。


・メンチを切るワトソン

原作『悪魔の足』と違って面白い点の二つ目に、事件が舞い込んできた時のワトソンの態度の違いがあります。

グラナダ版では、ホームズを頼りにきた牧師達に対してワトソンは
「I urge you to consult the police. Holmes is a sick man(警察に相談するようにしてください。ホームズは病人なんですよ)」
と強い言葉使いで話します。

そこへ帰宅したホームズが事件の話を聞く間も
「I'm sure, Holmes, local police would reach some conclusion(ホームズ、地元警察がなんとかするに決まってるよ)」
となんとかホームズの意識を休養へ引き戻そうとしたり、

捜査に出かけようとするホームズに最後まで
「Holmes, I must protest !(ホームズ、私は反対だ!)」
と語気を強めて伝えたり、

一貫してホームズが仕事をするのを止めようと腐心しているのです。
話し込む牧師とホームズを背後から睨め付けるような視線の投げ方には、ホームズに事件を依頼しようとする人間への苛立ちが顕著に表現されています。

この場面、不機嫌なワトソンがあまりに厳つい顔をしているので筆者は見るたびにちょっと笑います。

何度見ても怖い顔ですね。

ワトソンの一連の言動からはとにかくホームズに仕事をさせたくない、依頼人に憤りさえ感じている様子がありありと伝わってきます。

実は、原作のワトソンはドラマ版ほど必死にホームズを仕事から遠ざけようとはしていないんです。

ワトソンが依頼人の登場でコテージでの生活が乱されたことを快く思っておらず、依頼人に友好的でないという点は原作もドラマ版と変わらないようにみえます。(注5)

しかしながら原作『悪魔の足』では、ワトソンは一度はホームズに療養を続けさせることはできないかと考えるものの、それが無駄だと悟るとすぐに諦めてしまっているように読めます。(注6)
さらに、その後はワトソンが捜査に反対するような描写は見られません。

このようにホームズが仕事をすることをわりとあっさり認めている原作と比べると、ドラマ版ではホームズを案じるワトソンの親愛の情が強く表現されていて素敵ですね。

注5)正典では「Our simple life and peaceful, healthy routine were violently interrupted...(後略)」(我々の素朴な生活と平和で健康な日々の習慣は唐突に破られた)と少し棘のある表現がされています。
Conan Doyle, A. “The Devil‘s Foot”, in The Return of Sherlock Holmes & His Last Bow. Pan Macmillan, London, 2016, p.571.
ドラマ版ではここは「my friend's convalescence was violently interrupted(わが友の療養は唐突に中断させられた)」というほぼ同じワトソンのナレーションです。
また、原作ではワトソンが「I glared at the intrusive vicar with no very friendly eyes; ...(後略)」(まったく友好的とは言えない目つきで迷惑な牧師を睨んだ)と書かれています。
Conan Doyle, A. “The Devil‘s Foot”, in The Return of Sherlock Holmes & His Last Bow. Pan Macmillan, London, 2016, p.573.
ドラマ版のあの睨みはこの描写からイメージを膨らませたんでしょうか。

注6) 「I had hoped that in some way I could coax my companion back into the quiet which had been the object of our journey; but one glance at his intense face and contracted eyebrows told me how vain was now the expectation.」 (私は我々の旅の目的であった平穏になんとか友を引き戻せないかと願った。しかし。彼の集中した顔や顰められた眉を一目見て、その期待が今やなんと無駄なことかを悟った)
Conan Doyle, A. “The Devil‘s Foot”, in The Return of Sherlock Holmes & His Last Bow. Pan Macmillan, London, 2016, p.574.

・珍場面?いえ、これは...

最後に、ドラマ版が原作と最も異なる部分についてご紹介します。

それは物語の終盤、トレゲニス家から回収してきた薬物を使ってホームズとワトソンが実験をした後の場面です。

なんと、燃やしたドラッグの効果で錯乱したホームズがワトソンのことを「ジョン!」とファーストネームで呼びます!

グラナダ版『四人の署名』についての記事(URL: https://note.com/siptea_readbooks/n/n067c5f107c36)でこのシーンのことを珍場面と書いたのですが、こちらは珍妙なという意味ではありません。しかし、非常に珍しい場面と言って間違いないのではないでしょうか。

なぜならヴィクトリア朝の紳士は男性の友人をファーストネームでは呼ばないからです。

原作を読んでみると、全60篇を通してホームズが名前で呼ぶ成人男性はマイクロフトだけです。(兄ですからね)

ホームズとワトソンは大人になった後に出会っていますから、もちろんホームズはワトソンのことを名字でしか呼ばないはずです。

にも関わらず、あえてこのシーンで「ジョン!」と叫ぶホームズ...

グラナダ版が一貫して時代考証に重きを置いているだけに、ありえないとの批判もあります。(注7)

筆者は個人的に、上で紹介したワトソンからの親愛に応えるような台詞で良いのではないかと思っています。

普段はワトソンの著書をこき下ろしてみたりとそっけないホームズですが、心の底ではワトソンを大切にしていることが明確に伝わる表現ではないでしょうか。

アブナイ薬物で理性を退けないとこの本音が出てこないというのは、難儀な性格だなぁという気もしますが。
しかし、ホームズはそんな気難しいところもいいんですね。

この記事を読んでいただいている皆様はどう感じられましたか?

このホームズの台詞は時代背景に合っていないので微妙だと思われたでしょうか。それとも、割とアリだなと思いますか?

注7)このジョンという呼び方は、ホームズを演じるジェレミーブレット氏が原作者アーサー・コナンドイルのご息女に許可を取ったという情報も見かけましたが、信頼のおける出典を発見できませんでした。ご存知の方がいらっしゃいましたら是非教えてください。

3.まとめに代えて

以上、グラナダTV版『悪魔の足』について個人的にグッとくるシーンをご紹介しました。
駆け足になりましたが、本日はここまでにさせていただきたいと思います。
ここまで読んでいただいた方はありがとうございました。

『悪魔の足』は原作でもホームズとワトソンの絆を確認することができる名エピソードなので、ドラマが気に入った方は是非原作もお手に取ってみてください。

それでは、良いシャーロック・ホームズライフをお過ごしください。

針衣

以上で取り上げたドラマの台詞・本の引用などで日本語訳がなされている場合は、筆者の自訳になります。


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