見よ!これがシリーズ中で一番テンションの高いSHだ! グラナダTVドラマ『空き家の怪事件』
こちらは、「お茶をしながらシャーロック・ホームズを囲む会」の2回目になります。前回はグラナダTVドラマの『入院患者』でした。(リンク:https://note.com/siptea_readbooks/n/nc12b9118aca5)
この記事では、NHKで再放送中のグラナダTVドラマ「シャーロック・ホームズの冒険」の『空き家の怪事件』について正典オタクが思うところを語ります。
☆ネタバレ注意☆
この記事にはグラナダテレビ版『空き家の怪事件』・『最後の事件』、正典『空き家の冒険』のネタバレが含まれる可能性があります。
視聴後にご覧になることをお勧めします。
こんにちは、こんばんは。
『最後の事件』が鬼門すぎて若干テンションのおかしい筆者です。
テンションがどこかおかしいと言えば、グラナダ版『空き家の冒険』でのシャーロック・ホームズさんですね!
本日は、先週放送の『最後の事件』の余韻を引きずりながらグラナダ版『空き家の冒険』について語ります!
目次は次のようになっています。ぜひグラナダ版シャーロック・ホームズの解釈の面白さを感じてください。
視聴者の胸をキュンキュンさせるシャーロック・ホームズとはこれいかに……
お茶の準備
本日もまずお茶を用意します。
これを読まれている方もよろしければまずお好みのお茶をご用意ください。
飲み物を用意できる状況にない方は、次の見出しの「グラナダ版『空き家の冒険』」からどうぞ。
しかしながらスイスのマイリンゲンで動転した気持ちを落ち着かせるためにも、今回は特に飲み物を用意されることを推奨します。
筆者の本日のお茶は「ゼスタ」というメーカーのペパーミントティーです。
乾燥した葉が詰まったティーバッグからは、ミントの香りと同時にどこか甘い匂いもします。
ワトソンの記述を文字通り受け取るのであれば、『空き家の冒険』はホームズが滝に消えてから3年後のお話です。(注1)
生々しい事件の記憶も、角が取れてきた頃でしょう。
こちらのミントティーは生の葉っぱほどの清涼感やキレはなく、少しくすんだ思い出にぴったりの味です。
初めはスイスミントという種類でミントティーを淹れたのですが、スイスという語と、キリッとした草風味の生々しさに耐えきれなくなりました。あの雄大な山脈の情景がフラッシュバックします……(グラナダ版『最後の事件』参照)
皆様、飲み物の準備は終わりましたか?それでは、カップの取っ手を握りしめて『空き家の冒険』本編へお進みください。
注1) :ホームズがロンドンへ凱旋するまでの空白期間については諸説あります。1年説や2年説を唱える方もいます。
グラナダ版『空き家の冒険』
お悔やみ…… ? ~オープニングに注目~
さて、みなさま先週の鬱展開からいかがお過ごしでしたか。
シャーロック・ホームズシリーズを初見の方は、『最後の事件』にさぞ驚かれたことでしょう。
そして視聴者の驚愕さえも丸ごと飲み込んでいくあの滝の音……
最後に一人きりになったベーカー街の部屋で、視聴者へと語りかけるワトソンが虚しさを引き立てます。エンディングを終えても脱力感が抜けなかった方が多いのではないでしょうか。
ところで、グラナダテレビ制作『シャーロック・ホームズの冒険』のオープニング映像に注目したことはありますか?
ベーカー街の窓越しに外をのぞいているホームズという印象的なショットがまず思い浮かびますよね。
その部分よりも少し前、ヴィクトリア朝ロンドンの新聞売りが画面に映る際に、黄色いフォントの英字でシリーズタイトルが表示されます。
“The Adventures of Sherlock Holmes”(『シャーロック・ホームズの冒険』)です。前回の『最後の事件』までエピソードごとに目に入るため、覚えていらっしゃる方も多いでしょう。
では、『空き家の冒険』のオープニングをご覧ください。
今回からシリーズタイトルが “The Return of Sherlock Holmes” に変わっているんです! (注2)
この字面から、原作を未読の方でも察せられるかと思います。
彼が帰ってくる…… !?
そう、喪は開けました。シャーロック・ホームズはライヘンバッハの滝から生還を果たします。けれどこのホームズ、なんだか妙にテンションが高くない???
ということで次の章からは、復活したホームズのはしゃぎっぷりについて順を追って紹介したいと思います。
最後に原作の『空き家の冒険』でのホームズの態度と比較して、ホームズを演じられているジェレミー・ブレット氏による「シャーロック・ホームズ」の再現についても触れていきます。
注2) 日本語版ではこのドラマは常に『シャーロック・ホームズの冒険』というタイトルになっていますが、原語では第3シーズンから他のシャーロック・ホームズ短編集から題名を借りています。原作好きとしては、こうした遊びもワクワクするポイントです。
ハイテンションポイント1・ハグの要求!?
オープニングから約15分後、変装をしてワトソンの診療所に押し掛けたホームズは正体を明かすと
『Watson, do you mind if I smoke a cigarette in your consulting room ? (君の診察室でタバコを吸っても?)』
と普段のすかした調子で言います。
そして、ワトソンの視線を表現していると思われるカメラがホームズの首から上をアップにしたところで、にっこり両方の口角をあげて笑うんです。
頬まで持ち上がるような満面の笑みなんて滅多にないのはさることながら、このときホームズは両腕を開いて前に差し出します。
これってハグをする前の動作ですよね…… ?
ハグをするのかシャーロック・ホームズ。握手もあまりしない上に (注3)、ドラマ後半では他人に絶対触りたくないと思っていそうなのに (注4) 自分からハグをしようとするなんて……
最初は平静を装っていても、数年越しにやっと親友に会えてめちゃくちゃに喜んでいるのが伝わってきます。
注3) グラナダ版『ボヘミアの醜聞』や『海軍条約事件』など
注4) グラナダ版『修道院屋敷』、『犯人は二人』、『三破風館』など
ハイテンションポイント2・ずっと嬉しそうにニコニコしている
ホームズが突然に現れた驚きのあまり気を失ったワトソン。
彼が目を覚まして親友の生還を喜んでいるのを見て、ホームズもえくぼを浮かべて微笑みます。
また、ホームズが死んでいたことになっていた期間の話を聞きたがるワトソンに対して、ホームズは『But you will come with me tonight ?(今夜は共に来てくれるね?)』と尋ねます。
これに『When you like, where you like.(何時でも、どこへでも、きみの思うように)』とワトソンが即答したのが余程嬉しかったのか、Ha!と大声を上げて、歯がみえるほど笑います。
それから『It is just like the old days.(あの頃とまったく変わらないな)』と言いながら更にニコリ。
もはやニヤニヤしていると言ってもいいかもしれません。嬉しさが募ってつい唇がにやけてしまうみたいな、そんな笑い方に見えませんか。
懐かしい古巣であるベーカー街に立ち寄ったホームズの微笑みも、同じく思わず出てしまった、といった様子。先程と同様のきゅっと口角を上げる笑い方で、『椅子に座り、君がここにいればと思ったよ』という語りも相まって、喜びが溢れているように見えます。
ジェレミー・ブレット氏のシャーロック・ホームズ解釈のガチさ
シリーズ中で随一のテンションの高さを見せる『空き家の冒険』でのホームズはいかがでしたか。
ジェレミー・ブレット氏が演じるホームズは常に魅力たっぷりですが、チャーミングさにおいてこの回は群を抜いている気がします。
例えば、ワトソンがショックから昏倒すると、ホームズがシャツの襟を緩めてやり、額を拭うような仕草をした後でブランデーを飲ませてやっているのですが、このシーンは実は正典の『空き家の冒険』にもあります。
明言はされていないのですが、ホームズが同様に気絶したワトソンを甲斐甲斐しく看護していたと思われる描写がされています。(注5)
しかし、同じエピソードでも正典ではホームズの表情や感情の描写はほとんどありません。ホームズが老人の変装を解いた場面で「笑っていた」(注6)と書かれているだけです。
そのため視聴者はグラナダ版『空き家の冒険』でホームズがみせる楽し気な感情表現に意外性を感じて、ドキドキさせられるんですね……
では、普段とはどこか違う印象を受けるにもかかわらずこのエピソードのホームズに違和感を覚えないのは一体なぜなんでしょうか。
筆者は、グラナダ版ドラマ全体でホームズという人物の再現度が非常に高いからだと考えています。
ジェレミー・ブレット氏の演技では、シャーロック・ホームズという人物が非常に作りこまれています。
たとえホームズの台詞がない場面でも、依頼人の話を聞きながらニヤリと笑う仕草、警察官や客の前でする格好つけた態度、ふいに浮かべる表情のひとつまでが、今まで原作で読んできたホームズならこうするだろうというイメージのそのままなんです。
シャーロック・ホームズの人物像をまるで本人が存在しているかのような、生き生きとした演技に落とし込んでいるところが、たとえ一般的なホームズの印象から少し外れていようとも視聴者に違和感を与えないのだと思います。
そしてこれが、ホームズの映像化を受け付けなかった筆者がグラナダ版に狂っている最大の理由です。
ドラマ版では撮影や物語進行の都合上、どうしても原作とは異なる表現がされることもあります。グラナダ版ではそれらの改変を補って余りあるほどに、キャラクターの造形が原作をしっかり踏襲しているんです。(注7)
あえて今風に書くと、このジェレミー・ブレット的シャーロック・ホームズが、完全に、解釈一致なんです……
注5)”…I found my collar-ends undone and the tingling after-taste of brandy upon my lips. Holmes was bending over my chair, his flask in his hand.” Conan Doyle, “The Empty House”, in The Return of Sherlock Holmes & His Last Bow. Pan Macmillan, London, 2016, p.15.
注6)"…Sherlock Holmes was standing smiling at me…"(ホームズは私に向かって微笑み立っていた)Conan Doyle, “The Empty House”, in The Return of Sherlock Holmes & His Last Bow. Pan Macmillan, London, 2016, p.15.
注7)個人の見解です。
次回予告
筆者はグラナダ版好きを拗らせてしまい、先日ついに LINDA PRITCHARD という方の『Interview with Sherlock』という書籍を購入しました。
こちらの書籍にはグラナダテレビ『シャーロック・ホームズの冒険』の宣伝用に撮影された写真などが収録されているのですが、中にはドラマ本編には無かった引退後のホームズとワトソンの写真もあります。
ホームズの引退後といえばサセックスの養蜂家です。正典『ライオンの鬣』などには、この頃ワトソンは近くに住んではおらず、偶に訪ねてくる程度だとあります。
しかしこちらの書籍に掲載されている写真では、二人とも蜂除けの黒い網を頭にかぶり、まるで一緒に養蜂を営んでいるかのような衣装です。
そして、この養蜂をするホームズとワトソンの写真は『Deleted Scenes』 というタイトルでまとめられているんです。
グラナダ版は正典60作をすべてドラマにする予定だったそうですが、ひょっとしてホームズたちの引退後まで映像化する案があったんでしょうか。
この写真のような「引退後に同居しているホームズとワトソン」というシチュエーションで筆者が思いつくのは、パスティーシュの『The Exploits of Sherlock Holmes』(早川書房の邦題は『シャーロック・ホームズの功績』)です。(注8)
グラナダ版の制作陣にエイドリアン・コナン・ドイル派の方がいたのかもしれませんね。
筆者は『The Exploits of Sherlock Holmes』の最後の短編集である『The Adventure of the Red Widow(赤い未亡人の冒険)』を半年前に初めて読みました。そして、今までパスティーシュを断固として避けていたのはなんだったのかと思うほどに感動しました。そのため、次は「正典60話を順に読破した後に満を持して『赤い未亡人の冒険』を読む」企画をやります。みなさんも是非お試しください。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
良いシャーロック・ホームズライフをお過ごしください。
針衣
注8) 『The Exploits of Sherlock Holmes』はアーサー・コナン・ドイルの息子であるエイドリアン・コナン・ドイルと による短編集です。アーサー・コナン・ドイルの残したメモを元に書かれたそうです。
☆以上で取り上げたドラマの台詞・本からの引用で日本語訳がなされている場合は、筆者の自訳になります。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?