続Mの告白-2

【R】は例のアダルトショップからほど近い雑居ビルの地下にあった。

中央のステージを囲むようにボックス席が5つ設えてあった。各々のテーブルには艶やかな衣装を着た若い女性が客に給仕をしている。1人で来る常連客も多いようで、私はその中の一席に案内された。50人は入れるだろうか。着いた時にはほぼ満席であった。

突然照明が落とされ、荘厳なクラシックの音響が鳴り響いた。ショータイムの始まりだ。赤いスポットライトを浴びて首に縄を巻いた女性が跪いていた。背後で縄の先端を握っているのは編み上げボンテージにガーターベルトを装着した女王だった。豊満な胸に大きな尻、腰まで垂らしたロングヘア。脳裏に妖怪人間ベラの姿がよぎった。縄が引っ張られるたびに若い女は後ろにのけぞる。女王は女の服を脱がせるとブラジャーの上から緊縛を始めた。体幹と両足を結わえて梁から下がっているフックに引っ掛けると女は膝を曲げたまま水平に中吊りの状態となった。ゆっくりと回転させながら女王は傍らにあるろうそくに火をつける。蝋が体に滴るたびに女は悶えながらも恍惚とした笑みを浮かべていた。女の白い肌に流れ落ちた赤いろうそくが曼珠沙華の花のように映えていた。

ショーが終わって時間を持て余し、周囲を見回すとステージから一番近いボックス席に見覚えがある顔があった。

茶褐色の目、ベリーショート、やせぎすの体躯。私服だがすぐに思い出した。あのときの女医だ。何故こんなところに。

「あ、あの…」声をかけると女医は瞳を大きく見開き怪訝そうに首をかしげた。1日何人もの患者を診ているのだ。憶えていないことは不思議でもない。

「先生に麻酔を担当してもらった者です」

「ああ」とひとこと言って、ちらっと頸を見た。

「先生はよくこの店に来られるのですか?」

「たまにね」

「よかったらこの後食事に行きませんか?麻酔のお礼がしたいのです」

「いいですよ」

2回目のSM ショーが終わった後、隠れ家的なイタリアの家庭料理を出す店に行くことにした。

女医は34歳で名前は高島あずさといった。高い鼻梁に薄い唇。顔立ちは整っているのだが顔色が悪く表情に乏しかった。仕事の話などとつとつと一通りした後は何も話すことがなくなった。世間話が出来るタイプではなく、何か共通の話題を探して楽しく会話しましょうというコミュニケーション能力に欠けているようだった。最もその点は人のことは言えないのだが。女医が右耳にピアスをしているのに気がついて、もしかしたら同性愛者かと思ったが好みのタイプではなかった。しかし妙に放っておけない何かがあった。もしよかったらまた会えませんかと言ってラインを交換した。

数日後あずさから連絡があり今度はあずさの行きつけのバーで飲むことにした。中野駅近くの裏道にひっそりとその店はあった。【ばっかす】と書かれたドアを押して中に入るとカウンターだけの狭い店内に客は誰もいなかった。ヒッピー崩れの老人がグラスを拭いている。腹を出してワインを抱えている木彫りの酒の神様が飾ってあった。なるほど【ばっかす】に違いない。入り口に近い席でしばらく待っているとトレンチコートを着たあずさが現れた。ぴったりとしたヒスグラのジーンズがよく似合っている。私の姿を見つけると軽く微笑んだ。そして「バーボンをストレートで」と老人に命じた。私は梅酒ソーダを注文した。

あずさは酒が強いようで度数の高いアルコールを煽るように何杯も飲んでいたが、全く顔に酔いが現れなかった。あずさが何か話しかけてきたが店内は半世紀前のロックだかブルースだかが結構な音量でかかっており、よく聞こえなかった。つきあいの浅い男女が関係を深めるためにわざとBGMを大きくしている狙いがあるのかもしれないと邪推した。私はあずさに耳を近づけた。

「ぶしつけなことを聞くけど失恋したの?」あずさは私のうなじを見ながら言った。

「ええ、まあ」

「言いたくなければ言わなくてもいいけど」

「先生はお酒強いんですね」

「先生はやめて。みすずさんは普段お酒は何を飲んでいるの?」

「ワイン、焼酎が多いかな」

「私の家はワンブロック先にあるの。ヴィンテージワインがあるから一緒に飲まない?」

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