続Mの告白-5

どれくらい時間がたったのだろう。否それは一瞬のことだったのかもしれない。息をしていないあずさの顔を見ていた。冷たい蝋細工のような顔。そのとき私に強烈な既視体験が蘇った。それは父のデスマスクだった。

私は思わずあずさの唇に息を吹き込んだ。何度も何度も何度も。胸に顔を押し付けると弱々しい心臓の鼓動を感じた。

「神様、お願いだから生き返らせて」

念じながら何度も息を送り込んだ。あずさの顔が紅潮し、激しく咳き込むまで時間はかからなかった。私はあずさが嫌がる位に強く抱きしめた。

「なぜ途中でやめたの。私はそのまま逝きたかったのに」

「あなたの意図はいつも虐げられている私を逆の立場にして支配欲をかきたてること。そしてプレイの最後に頸を締められることだった。私はこの数か月間あなたに振り回されてた。理不尽な主従関係を終わらせたかった。あなたが死ねばいいのにと思ったこともある。策略にはまった私は頸を締めているときあなたを支配している気持になった。あなたを征服したとさえ思った。でもそれは錯覚だった」私はあずさの目を見つめて続けた。

「息をしていないあなたの顔を見ていたとき、私は仕組まれた依存にはまっていると気がついたの」

「・・・」

「それにすごく使い古された言い方だけどあなたが死ぬとあなたが関与して亡くなった人たちが浮かばれないと思う」

「生きて償えってか」

「そうは言ってない。私も褒められた生き方をしてこなかったし。ただこれだけは言わせて。麻薬中毒で死ぬのは破滅的でかっこいいとあなたは思っているのでしょうけど全然かっこよくないし、みっともないと思う。喜ぶのは一部のマスコミとあなたを嫌っている人たち、自分の人生に不満を抱えている連中、エリートが破滅していくさまを見たい下衆な人々の格好の話題になって一時は週刊誌に載るかもしれないけどそのうちに忘れられる。そんなのつまんなくない?それに月並みなセリフだけどご両親が悲しむと思うから死んじゃいけないよ」

「みすずだって失恋で自殺未遂したじゃないか。どの口が言う?」

「レズ風俗に入れあげてすってんてんにされての自殺なんて若ければかわいそうねと同情されるかもしれないけど40越えのババアの死体では笑われるだけだよ。喜劇だよ」

「そこまで自分をおとしめなくても」

「生きることはみっともないことだと思う。でもあずさには生きてほしい」

あなたが好きだから、と言おうとしてやめた。俯いたあずさがつぶやいた。

「出ていって。もう二度と会いたくない」

私は合鍵を返し身支度を整えて戸口に立った。振り返ると背中を向けたまま肩を震わせているあずさが目に入ったが、構わず部屋を後にした。

外は雨。そういえばホテルでりょうに最後に会ったときも雨が降っていた。あのときは土砂降りの雨だったが今日はこぬか雨。あのときとは違う音のしない、やさしい雨だ。あれから1年がたつのだ。私はあのときと同じように濡れながら駅までの道を歩いた。

それからあずさからの連絡はなく私からもとくに連絡することもなく半年がたった。あずさはそのまま大学病院で働いているのか知らないがとにかく生きていて欲しいと願う。ろうそくは使わなくなり箪笥の肥やしになっている。数か月間私をとりこにした快樂から解放された日常は相変わらず味気なかったが、幸運なことに心にぽっかり空いた穴に詰め込む埋め草を見つけた。私の経験した数奇な出来事を文章にできないだろうか?最近小説講座に通いはじめた。いつか出版社のコンテストに応募しようと考えている。文才がないので一生日の目を見ないかもしれない。それでも。くじけそうになったときには尊敬する根本敬先生の言葉を思い出して日々書いて書いて書きまくるのだ。

「でもやるんだよ」


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