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鼓童文化財団研修所

バンコクでの生活が落ち着きを見せ始めました。タイでのこれからの身の振り方を考え、日本でのこれまでの経験を振り返ることがあります。そんな中、いまだに完全には整理できていない過去として「鼓童文化財団研修所」があります。

もう、5年近く前のことですがその影響は強大でした。研修所での経験は今の自分の生活や思想の根底を形作ったもので、「学チカ」や「努力したこと」なんてレベルの話ではまとまりません。それゆえにこれまで言語化することが難しかったのですが、少しでも整理したいという思いで投稿しようと思います。

同時に研修所はネットに情報があまり出ていない機関でもあると思います。これから鼓童を志す方のお役に立てれば幸いです。

地獄みたいな天国

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鼓童文化財団研修所は和太鼓芸能集団「鼓童」を目指す者が所属する育成施設です。佐渡島柿野浦の廃校のなった校舎で日々稽古と農作業に励みます。携帯、テレビ等動画再生機能のある機器の持ち込みは禁止。10代20代の若者が20人弱で共同生活を行います。ここで2年間生き残れると晴れて「準メンバー」になります。

朝の5時起床、ランニング、稽古、農作業、10時就寝を基本繰り返します。慣れるまでは予定をこなすことで精一杯です。私は秋頃までは普通に生活することすら苦痛でした。昨今テレビで見る似たような施設だと、鼓童の研修所よりキツいのは「自衛隊レンジャー」と「宝塚」といったところでしょうか。あまりのキツさに、私の入所当時の日記には「やめたい」「死にたい」と毎日のように殴り書きされています。

一方研修所は和太鼓の腕を磨くにあたっては、まず間違いなく世界最高の環境で、和太鼓を愛するものとしてあんなに恵まれた環境はありませんでした。辛い生活の中でも稽古の間だけはすごく楽しかった記憶があります。

立ち、歩き、話す

研修所に入ると二年生が後見人という形でペアにつきます。私の後見人は現メンバーの晴太さんでした。入所最初の夜、寝ようと布団に入ると晴太さんから「歩き方が荒いし汚いから静かに歩いて」と暗闇の中指摘されたのを覚えています。これは私にとっては衝撃的でした。指摘のタイミングがタイミングでしたし、研修所最初のアドバイスが「歩き方?!」

翌朝、確かに一年生の足音が廃校校舎の床を踏み抜かんばかりにうるさいのに対して、二年生の足音が微塵もしないのに気付き、さらに衝撃を受けました。

言葉の話し方に関しても指摘されることがありました。これは敬語や世間一般に言う「言葉使い」の問題ではなく。正しい発声ができていない、という指摘でした。私は特に「はひふへほ」の発音が下手でした。

極めつけは「立ち方」に関してです。立ちには重心があり、入所当時私は「後ろ重心」でした。これを矯正するために日々神経を張っていました。

指摘された時は「そんなこと?!」と心の底から怒りや焦燥が湧いてきて心中穏やかでありません。しかし素直に従うほかなく結局自分は「歩くことはおろか、話すことも立つこともろくに出来ない」と認め改善に励んだ記憶があります。

これが、改めて私に衝撃を与えるのは東京に帰って来た時です。街行く人々の歩き方、立ち方が非常に荒く汚く見えたのです。あの時の晴太さんには私がこう見えていたのかと、驚かされました。

豊かさ

研修所では「豊かさ」に気付く機会が多いです。それは普段では見つけるのが難しいにもかかわらず、人生の方向を大きく決めてしまいます。

春過ぎ頃に稽古中に疲労で倒れ込んだことがありました。目の前が真っ暗になって地面が浮き、気付いたら仰向けで天井を眺めていました。そこから2,3日稽古に出られませんでした。その間も同期は力を伸ばして行きます。私は焦りと情け無さで、校舎の裏で一人泣いてしまいました。その日はよく晴れた日でした。気のせいか、風に揺れる木の葉の音が「大丈夫」と言っているように感じて心が落ち着きました。今思えば馬鹿馬鹿しいですが当時はこの音に助けてもらったのです。

研修所の校舎はボロボロです。棚が壊れていたり、穴があいていたりします。私は時間があるとこれを直すようにしていました。技術室の工具を引っ張ってきて、最初は素人仕事でしたが段々と様になって来ました。先輩や同期が「直ってる!シオだな!」と驚く様は研修所での楽しみの一つでした。

東京に戻ってからも自分にとっての「豊かさ」を探す視点を持てるようになりました。

5年たって

案の定、研修所での生活をしっかりと言葉にするのは難しい。ここでの経験は、5年間その時々の居場所によって答えが変わって来ました。後になって、「あれはこういうことだったのか」と気付くことが5年たった今でもあります。

私のことを知らない方にとっては他愛もない昔話だったでしょう。最後まで読んで頂きありがとうございました。








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