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いわゆるオタク語りについてのメモ

先日noteを私が書き始めたと知るやいなや読んでくれた友人から、感想とともに以下の記事が送られてきた。

曰く、もっと平易な言葉遣いで普段のマシンガントークのようにとりとめなく語って欲しいと、それはそれはすごい剣幕のラインだった。

参考になるとのことでありがたくこの記事も送られてきて、読んでみたもののげんなりした。

別にこの方や友人をボロクソに言いたいわけではない。がしかしなんとなく覚えたこの違和感を早急に言語化せねばという勢いで今回は書いてみようと思う。分析記事とは別人格のような文体という点はテンションの差ということでひとつご容赦をば。

オタク語りってなんのことでしょうか

オタク語りをここでは上記の記事にならって以下とする。

自分の好きなものを長々と褒めちぎるテキスト

付け加えるならとにかく勢い先行の感嘆符だらけの読みづらい文章もことを指す。例を見ていく。

Twitterやnoteで見られるオタク語りの類型

間違いなくこれを読んでいるあなたは深夜アニメを見たことのある、世に言うオタクな方であろう。そしてその放送直後にSNSにあふれる感想文の洪水を目にしたことがきっとあるだろう。

最小単位レベルの軽いもののイメージ

「(キャラ名)さんマジ○○!!!」
「△△ヤバすぎる...」
「(キャラ名)と(キャラ名)、これもう××でしょ」
「これ□□ってことは(キャラ名)お前...」
「作画神」

大体こんな感じ、特徴は基本一文や数語のまさに”つぶやき”。

もう少し長くなると以下↓

たまたま進撃のタグでこの人が出てきたけど、大体こんな印象。文字数の多くは感情に注がれる。そして主語は基本自分である。

キャラクターの心情に入り込み、妄想と推測の入り交じる代弁のような長文を載せる人もいるが、それは後述。

中には140字をもう少し客観的な感想で埋めようとする人もいる。例えば↓

橋詰知久さんは実際に進撃でベルトルト役を演じ、思い入れもひとしおといったところか。見終わった視聴者には言わんとすることが伝わり、未視聴勢にはネタバレの配慮もされている。

noteではもっと長文で冗長。具体的な例は貼らないけど、オモコロだけ見て育った小学生のみたいな文章のことを指している。というかダヴィンチ恐山とかあの辺自体、ギャグ寄りのときは今回イメージしている文章の雛形みたいなところあるんじゃないかとは思う(もちろん彼らが文章力やユーモアのセンスに溢れていることは明白である。ここでは彼らがおバカモードに入ったときのことを指す)。

ここまで見てきたように”感想に終始する”語りがSNSではよく見られる。もちろん深堀りしている人もいるし、割合だの細かい定義づけだのは勘弁して欲しい。なにせここはnoteなので。すげえ感じ悪いな。

掲示板ではどうか

実況。ネタも織り交ぜながらテンポよく建設的な議論と掘り下げがなされている。

名称未設定-9

議論という形式だからこのようになるのだろうか。彼らの特徴として、余白を切り詰めた簡潔な内容と、独特のぶっきらぼうにも聞こえる語り口である。

流石に掲示板に書き込んだことのない人はいないだろうから、このあたりの解説は割愛する。

『「代弁者」としてのオタク語り』から

ネットの海で論文を武器に殴るDaigoのような戦い方は好きではないが、しかしおもしろい論文があった(オタク語りでググったら出てきた)。

電波男は触れたことがなかったので大変刺激である。以下引用。

このようにオタクをめぐる批評的言論の一つの形として、「当事者として代弁する」という語り方がされている。これはある種奇妙な語りであるといえる

まあ別にオタク批評とかまで風呂敷を広げるつもりはないが、ともかくそういう特徴があるらしいのはわかった。15年前の本だが、そう変わっていないのではないだろうか。

そう言えば、その時間差については以下の記事で解説されていたのも見つかった。面白い。

「かなり当たっていると思いますよ」と筆者も認めているようだ。というかこの違和感は動物化するポストモダンで大体消化できるのではないかとすら思える。

がっつりオタクの批評。その一節を以下引用。

オタク達はアニメなどの一話一話のドラマの中から,物語とは一見かかわりのない情報も手がかりにしながら,背後に隠された世界観を探ろうとしたのではと考えている。どの一話一話のドラマの中から,物語とは一見かかわのない情報も手がかりにしながら,背後に隠された世界観を探ろうとしたのではと考えている。

これはすごく丸い表現だが、悪く言えば書いてあることなんかより自分の読み取りたいものだけを、ほぼ書いてないようなところから、無理やりに見出して悦に入っているのではないか?とも思う(夢〜とか二次創作とかに見られる)。

で、オタク語りの何が嫌なのさ

とまあここまで見てきたのは何のためかと言えば、物語消費論的なところに落ち着く。

SNSで見られる昨今のアニメに対する態度、その発露の仕方は刹那的で感情的でおまけに自分の見たいことばかり。感想が主観で終わり、自己完結かせいぜい話のタネで共感止まりではないか?

作り手が何を意識して作ったか、とか何をテーマにしているのかみたいな掘り下げをしたいし皆さんにもしてほしいと思うのだ。

そういうのが気軽に真剣にできる場って結局掲示板だけだよなぁと改めて気づく機会になった。

正直メモ程度のつもりだったが、調べてたら長くなった。

しかしまあ内容が弱いのは自覚しているので、気が向いたらまとめてみたいと思う。

今回の文献

まあド定番でひねりはないが...

電波男 本田 透 https://www.amazon.co.jp/dp/4861990025/ref=cm_sw_r_tw_dp_-SOdGb3GW6900
オタクはすでに死んでいる (新潮新書) 岡田 斗司夫 https://www.amazon.co.jp/dp/4106102587/ref=cm_sw_r_tw_dp_2ONdGbW74P52Y 
動物化するポストモダン オタクから見た日本社会 (講談社現代新書) 東浩紀 https://www.amazon.co.jp/dp/B009I7KP7Y/ref=cm_sw_r_tw_dp_dAOdGb6DTGR36
定本 物語消費論 (角川文庫) 大塚 英志 https://www.amazon.co.jp/dp/4044191107/ref=cm_sw_r_tw_dp_frPdGb37CEN5








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