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アパート

懲りもせず、恥ずかしげもせず、
かあちゃんの事を書きます。
ちょうど病室の窓に見える工事現場、
向かいのビルの解体作業をしていたので
ふと、思い出したのを記録します。

幼少期から、
家のアパートにはあまり物を置いてなかった。

それは、貧乏だからでもあるが、
ある一つの、問題があったからである。

それは、耳の聞こえないかあちゃんは、
三半規管がうまく機能しない為、
よたよたと、ふらつき歩くからだ。

だから、家に余計な物があると、
かあちゃんは転んだりぶつかったりするのだ。

多分誰もがやった事があると思う。
ひたすらぐるぐる回ってたら、目が回って、
思い通りに歩けなくて、ふらつく感覚になる。

つまり、かあちゃんは、
常にその感覚で過ごしているのだ。

夜になり、真っ暗になると、
もう目が回って右左上下わからなくなるのだ。

なので、家に物を置かない様にしているのだ。

かあちゃんは毎日お酒を浴びるほど飲む。

なので、夜中に何度かトイレに起きるのだ。

なので、部屋の電気は常につけておく。

それでも、酔って寝ぼけている、
かあちゃんは、あっちこっちにぶつかり、
激しい音をたてて、壁を伝ってトイレに行くのだ。

だから、いつも物を壊す。
それだけならいいが、足がふらつき転ぶのだ。
だから、かあちゃんが転んだ時は焦って、

かあちゃん大丈夫?
かあちゃん痛くないかい?
オイラにつかまって。
オイラが支えてあげるからね。

とかあちゃんをトイレまで連れて行くのだ。

いつの間にか、
かあちゃんは、夜中に私を呼ぶようになる。

私が起きて、かあちゃんを支えて、
トイレまで連れて行くか、
かあちゃんが転んで倒れて、
物を壊してうまく起き上がれなくて、
それを助けに行くか、

そのうちに、かあちゃんが起きると自然と、
目が覚める様になった。

かあちゃんに怪我させたくないし、
物も壊されたくないからだ。

そして、かあちゃんをトイレまで連れて行き、
待ってかあちゃんを布団に連れて行くのだ。

私が大人になり、一人暮らしになった。

月に一度、実家のアパートに帰るのだが、
そこには、ゴミの山と壊れた物体が、
あっちこっち散乱しているのだ。

それを毎回片付けての繰り返し。

そのうち、本や観葉植物が増えはじめる。 

たぶん観葉植物に突っ込んだんだろう…

土やら、肥料やら、倒れた観葉植物が、
散らばっていた。

本もつまずいたんだろう。
本がバラバラになって散らばっているのだ。

だんだんと部屋が狭くなっていく。

私は、片付けながら、かあちゃんに、
これ以上、物が増えると、かあちゃん危ないよ。
と伝える。

だが、かあちゃんは、

わかってるよ!
私の生き甲斐なんだ!
ほっといておくれ!
いいんだよ!これで!

と言うのだ。

その度に、片付けて、なるべく、
かあちゃんが、よたついても大丈夫の様に、
物を捨てたり、足の踏み場を考えて、
空間を作ってやる。

それでも、次またアパートに行くと、
同じ光景が待っている。

かあちゃんの生き甲斐を優先してあげたいが…
それで、かあちゃんの身に何かあったら、
怖くてたまらない。

毎回、壊れた物を捨てて、整理整頓していく。
土まみれのじゅうたんに掃除機をかけて、
きれいにする。

それしか方法はないのだ。

何も思い付かなくて、思いついても、
かあちゃんは反対するだろう。

うむ…と考えてみる。

かあちゃんのふらつきは、歳を増して、
ひどくなっていた。
杖を使わないと、歩けなくなっていた。

そんなんで、よく、
本や観葉植物を買ってこれるよな…。

ある日、アパートに行ってみたら、
ふと気づいた事があった。

毎度ながら、掃除をしてたら、
いつもとなんか違うのだ…。

隠れた所に黒いゴミ袋の塊があった。
それを触ると…柔らかく所々が重い…。

はっ!オムツだ…。

かあちゃんは、
オムツを履くようになっていたのだ…。

夜中に起きてトイレまでもたないのか?

障害物をよけたり、転んだりしているうちに、
漏らしてしまうのか?

あれだけ頑固者のかあちゃんが?

オムツを履いてるなんて…。
嘘だろ…マジかよ…。

本や観葉植物の方が大切だって事か?
その為にオムツを履くと決めたのか?
にわかには、信じ難い…。

かあちゃん…何でだよ…。

すると、
かあちゃんは、私の考えている事を悟る。

なんだい?
オムツしちゃいけないのかい?
誰にも迷惑かけてないんだから、
ほっといておくれよ!

多分私は悲しい顔をしていたのだろう。
かあちゃんは、

だって…お前にいつも迷惑かけてばかりだろ?
かあちゃんのせいで、
お前にいつも、掃除させてしまってる…。

かあちゃんだって、申し訳ないと思ってるんだ。
まっすぐ歩ければこんな事にならないのに…。
物だって壊してばかりで…。

もぉ…かあちゃんも嫌になってきたんだ…。

ちょっと間を置いて、かあちゃんは、

夜中に…つまずいてね…転んじまったのさ…
そしたら…身動き取れなくなっちまったんだ。

お前もいない…そんで…
いつの間にか…漏らしちまってたんだ…。

それでも…身動き取れなくて…
気付いたら朝になってて…
やっと起きれたんだ…はぁ…情けないよ…。

かあちゃん…何やってんだろね…。
情けなくて、情けなくて、泣けちまうよ…。

かあちゃんは、ぼろぼろ泣き崩れた。

私は、かあちゃんの肩を叩いて、

かあちゃん、情けなくない!
かあちゃんは、すごい頑張ってるよ。
オレなんかより、一生懸命に生きてる。

全然、情けなくない!

かあちゃんがオムツをするって、
どれだけ悩んだだろうって思う。

かあちゃんは、人一倍強がってた。

だから、かあちゃんの気持ちわかるよ。
オレの為でもあるんだろ?
かあちゃん、ありがとうな。

近くにいてあげれなくて…ごめんな。
かあちゃんの葛藤を考えると、
かあちゃんは偉いよ。
だから、かあちゃんは何も悪くない。

オレは、かあちゃんが心配なたげだよ。
かあちゃんがオムツをする事で、
転んだり、ぶつかったりしないなら、
オレは安心出来るよ。

かあちゃん…話してくれてありがとう。
話すのすごい勇気あっただろ?

オムツでかぶれてないかい?
心配なのは、それだけだよ。

かあちゃんごめんな、オレ…
はじめは…悲しかった…。

けど、かあちゃんの話聞いたら、
悲しいなんて思わなくなったよ。

やっぱり、かあちゃんはすごいなって。
オレだったら、意地張っちゃうもん。
だけど、かあちゃんは恥をしのいで、
オムツを履く事を選んだんだ…。

だから、かあちゃん。
かあちゃんはえらいよ。
オレをもっと頼っていいんだからね。

家事は、
オレが全部やってやるからな。
申し訳ないとか思わなくていいんだからな。

だって、
オレはかあちゃんの自慢の息子だろ?
まかせてよ。
オレにたくさん恩返しさせてくれ。

かあちゃんは、
泣きながら、うなずく。

お前は、優しいね…。
かあちゃん嬉しいよ…。
お前がかあちゃんの子供で良かった…。
かあちゃんの所に、産まれてきてくれて、
本当に…ありがとうよ。
そうだ…自慢の息子だよ…。

かあちゃんは、少し笑顔を見せてくれた。

それから、部屋は相変わらずゴミだらけ、
だけど、かあちゃんが夜中に転んだり、
ぶつかったりはしなくなって、
心から良かったと思うのだ。

それより、かあちゃんが笑顔で、
話しかけてくれのが、なにより救われる。

そんな出来事をふと思い出した。

それは、実家のアパートの出来事。

私が育って何十年と過ごしている、アパート。

色んな出来事を巻き起こした、アパート。

我が家のドアだけ新しくなった、アパート。

かあちゃんの思い出が詰まった、アパート。

たくさん傷だらけの木造の、ボロボロのアパート。

もう行く事はもうなくなった、空家のアパート。

もうそのアパートは無くなった。

実家が無くなるのは寂しいな。

そこには、新しく駐車場になってる。

色んな事があったけど、
オレもかあちゃんもたくさん、
あのアパートにはお世話になったな。

今はもうないけど、心の中には、
いつまでもあのアパートが存在しています。

今までご苦労様でした…。
本当にありがとうございました。

そして、これからも多分、
アパートでの思い出を綴っていくと思います。

なので、これからもよろしくお願いします。



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