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鍵しっぽ。

とある施設で働いていた時の話である。

そこの施設には、猫が10匹以上いるのだ。
ほとんどが野良猫のはてに
やってきた猫達である。

この施設の創業者である人が、
次から次へと猫を連れてくるのだ。

私は、その創立者の人を、
神様と言っている。

猫の神様である。

神様は、野良猫を見ると、
猫と会話をし、餌を与え、引っ掻かれ、
でも、諦めずなお、数日ねばる。

そして、神様はその猫を手懐けて、
動物病院に連れていき、
もろもろと検査と去勢手術をし、
人に慣れた所で、
静かにポンと施設に放つのだ。

そこにいる猫達はとても甘えん坊で、
すりすりと誰かしらにまとわりつく。

みんな猫に癒されていた。

ドアを開けて外に猫が出ても、
なぜが施設に必ず戻ってくるのだ。

こっちは、必死にデスクで仕事を、
していても、PCの前を通ったり、
頭に登ったり、やりたい放題である。

そして、いつも私はお昼になると、
日が当たる場所で猫達と昼寝をする。

だが、他の施設の人は、
寝ている私を起こしてくれないのだ。

なぜか、いつも猫に起こされるのだ。

丁度いい時間に必ず起こしてくる。

とても不思議である。



神様が、遊びに来ると、
猫達が群がって神様にすり寄って、
神様が見えなくなるぐらい。
猫人間になっている。

それでも、神様は1匹、1匹の
猫の事を覚えている。
野良猫時代の頃を特に覚えてて、
捕獲した時の話をよく聞かせてくれた。

神様に、どうしてそこまでして、
猫を助けたり、捕獲するのですか?
と聞いた事がある。

神様は、
猫が呼んでいるからですよ。
猫達みんな、
私の一目惚れなのですよ。
野良猫が夢にまで出てくる。
だから、どうしても気になって、
会いに行ってしまうんです。


じゃぁ、なんで、
ここに置いていくのですか?

はじめは、
自宅に猫を飼っていたのですがね。
家族との折り合いが合わないのです。
数も増えていくと、もうダメですね。

ここにいれば、猫達はのびのびしてます。
顔つきも毛艶もとてもいい。
ここは、猫達にとって、
ストレスのない場所なんですよ。

神様、いま一目惚れしている猫、
いるんですか?

神様の腕や手の甲には、
明らかに引っ掻き傷がある。

神様は、
実はですね…いたんですが…。
根負けして、しまいました…。
かなり手強くてなかなかでした。
そのうち、いなくなってしまいました…。

神様は、
とても寂しそうに、
手の傷をさすって、


やれやれ、もう歳ですね…。

でもいいんです…あの猫は、
いつも夢の中に出てきてくれますから。

神様が根負けするほどの、
猫がいるんだな…
きっと野良猫のプライドが高い、
素晴らしい猫なんだろう。

神様は、ここ一帯の地主である。
その猫は、野良猫の主なのかもしれない。

仕事が終わり、
出入口には、
粘着テープの付いたコロコロが、
数個取り付けてある。

それを全身にコロコロと擦り付け、
猫の毛を取って帰るのだ。

帰り道、どうしても、
野良猫の主に会いたくなった。
どこにいるのかはわからない。

とぼとぼと歩いて探すと。

するとチカチカと光が見えた。

よく見ると、
神様が主との再会をしていた。

私が近づこうとすると、
神様が静かに、来ないで下さい!
と言っていた。

主はとても神経質なのだ。
私が近づけば逃げる。

神様は、主と会話をしていた。

その光景をただ見つめていた。

主は、神様の手の傷を舐めた。

でも神様は動かない。
多分まだまだなのだ。

私も息を飲んでその行方を見守る。

神様は見た事のない、素早さで、
その主を捕獲した。

意外にも主は神様に身をゆだねていた。

だが、まだ神様だけにしか懐いていない。

神様は、主をまた離した。

恐る恐る、神様の所に行って、

あの猫が先ほど言っていた猫ですか?

神様は、
そうです…今日は素敵な日でした…。
この腕に抱きかかえる事ができた…。
でも、まだまだ時間はかかりそうです。
もっと、会話をしていかないとですね…。

と神様は言って、
歩いて帰ってしまった。

あの素早さはなんだったんだ…。

神様はすごい人だな…。

とんでもない光景を見てしまった…。

家にかえっても、その余韻が残る。

あの主もすごい貫禄があった。


目つきが鋭く、鍵しっぽだった。


夜は興奮が冷めずなかなか寝付けなかった。

次の日の朝、
仕事に行こうと外に出て歩いていると、
猫の鳴き声が聞こえた。
周りを見渡したが姿はない。

おかしいなぁ…と思いながらまた歩く。

するとまた、鳴き声が聞こえていた。

目を凝らして辺りを見回す。

すると見覚えのある、鍵しっぽ。

あっ!主だ!
ここは静かに主に話しかける。

どーした?オレの事わかるのか? 

鍵しっぽは、シュッと消えた。

急いで鍵しっぽの後を探す。

いない。

あれはなんだっただろう…。
主は何がしたかったんだ?

そして、仕事場である施設に入ると、
みんなが、ガヤガヤと騒いでた。

どうしましたか?

と聞くと、神様がいなくなった。
と言うのだ。

昨日、帰りに会いましたよ。
野良猫の主に会ってましたよ。

すると、思いもよらない返事が、
かえってきたのだ。

野良猫の主って鍵しっぽの猫?
あの猫は、
一昨日車に轢かれたって聞いたよ。

いやいや、生きてますよ。
昨日、神様が主を抱きかかえてたんです。
確かに主は鍵しっぽでしたよ。

それじゃぁ、
車に轢かれたのはちがう猫?

神様も、
その猫が轢かれたの知ってるはずだし。

えっ!ちょっと待って下さい。
私さっき、鍵しっぽの猫を見たんです。
鳴き声が聞こえて、見たらいたんです。

えー見間違いじゃない?
とみんなから言われて、
意地になるのも大人げないし、
いやー見間違いかもしれません…。 
とかえした。

でも、確かに鍵しっぽ。

しかも昨日も見た。
神様だって昨日、主と一緒にいた。

どうなってるんだ?

これは…ゆめ?

いや…昨日の出来事が…ゆめ?

今朝の鍵しっぽの猫は…なに?

神様…教えて下さい…。

だんだん妄想が膨らむ。

昨日見たあの光景は…
神様が主に命を吹き返したのかも。
だから、主は生き返り、今朝姿をあらわした。
そして、神様は、自分の命を主に、
宿したから、行方不明になってしまった…。

こんな事あるのかよ…。


と、思ったら神様が主を抱いて、
施設にやってきた。

神様は主の事が気になって、
朝早く主を探しだし、
主を病院に連れていっていた。
家では暴れ回るので、
ここに連れてきたとの事。

じゃぁ、今朝の鍵しっぽは、
なんだったんだ?

あの日以降、
鍵しっぽの鳴き声も姿も見てない。

鍵しっぽの主は、
施設で、人に懐かずに、
静かに療養していた。

幸運を持ってきてくれると言われる。

鍵しっぽ。

どうやら私は、

幸運を逃してしまったようだ…。



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