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桶屋が儲かるトリロジー2

 桶屋が儲かるトリロジー2  

                 日比野 心労

       【1】

 風が吹く。

 花粉が飛ぶ

 杉が恨みを買う

 怒れる群衆が杉の木を切り倒す

 木材が大量に余る

 どうしよう。何に使おうかな。

 そうだ、端材を使ってひと儲けしよう。

 杉の板を何枚も集め、短冊型に切り揃える

 丸く切った板材と金属の輪っかを用意する

 板材と底板を組み合わせ金属の輪っかで止め、液体を入れる容器をたくさん作る。

 樽屋が儲かる。

 樽屋は忙しい。ウイスキー用の熟成樽も作る

 樽屋は大きな樽の内側をごうごうと燃える火で焼く

 こうするとウイスキーの仕上がりが良くなるのだ。

 しかし暑い。汗だくだ。樽屋は額の汗を拭う。

 こう暑いと風呂に入りたくなるなあ。そうだ、ひと仕事終わったら銭湯に行こう。お風呂のセットを用意するか。手ぬぐい、石鹸、シャンプーと、ほら、あと一つ、大事なもの。なんだったけ。そうそう、

 洗面器。

 樽屋は銭湯へ行く

 銭湯は樽屋でいっぱいだ。

 素っ裸になった樽屋たちはすれ違いざまにごめんごめんの手つきをしながら風呂に入る。わかるかなぁ、ほらあの、手刀を切る感じの手つき。ちょっとやってみてよ。そうそう、それそれ。

 その手つきが延々と続く。

 いっぱい樽を作って疲れた樽屋たちの手首が更に痛む。

 樽屋たちは腱鞘炎になる。

 仕方ない、手首を氷水で冷やそう、洗面器は……お風呂で使ってるし、樽は……大きすぎて使いづらいな。そうだ、これこれ。この大きさのがいいな。ごめんください。ひとつくださいな。

 桶屋が儲かる。


      【2】

 時は寛永、所は駿河。五十五万石の城下を治める駿河大納言忠長の治世は混沌を極めていた。暗君忠長の命により、「駿河城下の民草は全て飲食において桶を使うべし」との触れが出てのち、朝昼晩と飯碗は桶。湯呑みも桶。汁椀も桶、膳部は尽く桶を裏返した底面に乗せられ、箸すら禁じられた民は桶から湯漬けと恥辱を啜っていた。
 私服を肥やす桶屋組合、困窮する陶器や漆器、木地屋の職人。彼らは困り果て江戸へと直訴に走るのであった。
 事を重く見た時の将軍家光は、子飼いの御庭番衆に命じ、桶屋組合の長・久兵衛を亡き者にすべく刺客を放つが、怪しげな妖術を遣う魔人・久兵衛に対し生きて還った者は皆無。そこへ島津家江戸家老光久が進言する。「我が国元に、異国から来た男を忍に仕立てて置いてございます。」
 駿河へ向かうはエゲレス忍者・タルフォード。数多の罠を潜り抜け、広大な桶屋屋敷を探索し、遂に単身久兵衛と会いまみえるタルフォード。閃く白刃!飛ぶ血飛沫!手ごたえ有りとその碧眼を見開いたタルフォードだが、絶命した筈の久兵衛がその素っ首を抱えて高笑いする姿を見てこう呟いた!

 ──桶屋、immortal──


       【3】


「っていう時代小説を書こうとしてたのね。心労くん。」
 佐々木さんのため息が重い。ぼくはスタバの限定メニュー、ねっとり片栗きな粉フラペチーノを苦労してかき混ぜながらひたすら下を向いてストローを動かしていた。
「良いじゃない。謎の妖術桶職人、久兵衛とイギリスからやって来た孤独な忍者、タルフォード。最近は時代小説も飽和状態だし、こういうのもガラッと趣きが変わって楽しめるんじゃない? 桶屋が不死ってのもなかなか良い線行ってるわ。うん、なかなかね。やっと芽が出てきたって感じね、心労くん。」
 おかしい。いつもの佐々木さんじゃない。まさか、この前ドンジャラで旦那さんのフレンチ黒沸さんにボロ負けしたぼくを憐れんでいるんだろうか。ぼくはどうせまたボツを食らうだろうなと思って持ってきた別の原稿用紙をチェアの後ろに隠す。
「あら、別の原稿も持ってきたのね。さすがね心労くん。抜かり無いわね。」
 おかしい。佐々木さんが笑顔だ。まさか、ぼくの実力は本当なのだろうか。色々あったけど、佐々木さんについて来て良かった。恋愛対象にはなれなかったみたいだけど、まさか、ここからの一発逆転があr
「で。その封筒が依頼していた明日が締め切りの異世界転生ファンタジーの原稿なんでしょうね?違うの?ん?」
 佐々木さんの表情が鬼の形相に一変する。おかしい。なぜ分かったんだ。この中に異世界転生ファンタジーの原稿なんて入っていないことが。ぼくの額を冷や汗がつたう。ああ、やっぱり佐々木さんは怒った顔も綺麗だ。佐々木さんはこうでなくty
「見せなさい。」
「ふぁい……」
 ぼくは観念して佐々木さんに原稿の封筒を手渡す。中身をずらずらと読む佐々木さんの顔がますます険しく、冷たくなっていく。ああ、ねっとり片栗きな粉フラペチーノが冷たい。ストローを太いのにしてもらうべきだった。細いストローが飲みづらくてしようがない。ぼくは佐々木さんの顔をまともに見れずに頬をすぼめてきな粉汁、じゃなかったフラペチーノをずぞずぞ啜る。
「……何これ。近未来のIKEAを舞台にした桶の擬人化メタバース経済小説……?何なの?異世界は?転生は?ファンタジーはどこに行ったのよ。しかもこのIKEA、桶を専門に扱うオンライン上の仮想店舗じゃない。どういうことなのか説明してちょうだい?」
 ぼくは最後まで全力で片栗きな粉汁を吸い終わると、すっくと立ち上がり、咳払いをしてこう言った。

「OKEAがバーチャル。」


                       了


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