見出し画像

千夜三回物語(改稿版)




「機会は残り三回ですぞ」どこか楽しげにその声は告げました。


 旦那様は目覚めますと、恐ろしげにわたくしの名を呼びました。旦那様の横たわる豪奢な天蓋のついた臥床には水鳥の羽毛を詰めた床が敷かれ、何処か遠くから楽の微かな音が聞こえてきます。よく磨かれた白い大理石の床、装飾の施された柱の間あいだには金銀の糸でしつらえた織物が掛けられ、広い室内は煌々と輝く数々のランプの光で真昼のような明るさを保っていました。艶やかな黒檀の卓には絹の掛け物の上に載せられた、さまざまな果物や木の実、湯気をたてる炙り肉やまだ生きているかのような魚、蜜も滴るような砂糖菓子やかぐわしい香りの香料入りの葡萄酒の瓶が山と積まれています。

「起きなされたか、太守。時間は幾らでもあります。さあ、その祭壇に置かれた白い水晶の箱を開け、貴方様の願いを叶えてくだされ」
 宙にゆらゆらと浮かぶ絨毯に胡座をかいたまま、其奴は嫌らしく笑いながら言いました。年若い見かけに長い黒髪を結え、男か女かも分からぬ美貌の顔と、諸肌脱いだ灰色の肌を艶めかせて、わたくし達を見つめるその紅い眼は、宝玉もかくやという程の輝きを放っています。
「貴様、きさまがランプの魔神か。擦った者の願いを何でも叶えるという言い伝えは真であったか。さあ、今すぐ、儂の病を治すのだ」
 わたくしは金糸の織り込まれた旦那様の衣服の裾をそっと引き、魔神めの伝言を伝えます。旦那様、奴めはあの祭壇に置かれたふたつの白水晶の箱の中に、それぞれ正誤を記した羊皮紙を入れております。旦那様に与えられた三回の機会のうち、一度でも正しい紙を引き当てれば、我々の勝ちでございますぞ。しかし、誤りの紙を引き当てた場合は……
「まだどのような苦しみが与えられるかは伝えておりませんだな。良いでしょう。二度は言わぬのでしっかりお聞きを」そう言うと魔神めはふわり、と絨毯から降り、松明の掲げられた祭壇に寄りかかると己の小指を立て、蠱惑的な笑みを浮かべて言いました。

「もし太守様が三回とも『誤』の紙を箱の中より取り出された場合、この小指ぶんの肉を、貴方様のどこからかくり抜いて私の友人どもに差し与えます。ご心配なさらず、傷はすぐ癒えますが、十数えたあと、また次の箇所の肉をくり抜いて差し上げます。なあに、飢えた者どもですが小食ですので、小指程度の量で満足はするでしょう。それを、貴方が耐えられず死を望むまで、続けさせていただくだけです。ね、簡単でございましょう? 三度のうちいずれか、『正』の紙を引き当てるだけでございますから」
 ケラケラとそう言うと、魔神めは再び絨毯の上に飛び乗り、両手で頬杖をついて寝そべりわたくしたちを眺め始めました。

 旦那様は喘いで言いました。「そ、そんな条件は飲めぬ、儂はただ貴様が望みを叶えるというから呼び出したのであって」
「対価のない願いをなぜ叶える必要が?」魔神めは相変わらずニタニタと笑いながら絨毯を卓の近くに寄せ、葡萄をひと房摘み上げると牙だらけの口を開けて丸呑みしました。見ると、消えたはずの葡萄はまだ卓の上に載っており、モゴモゴと口を動かした魔神めはぷっと種を吐き出してまた言いました。
「心配せずとも、選ぶ時間はたっぷりありますぞ。糧も酒も、食えども飲めども尽きぬ宴。太守様が正を引き当てるまで……もしくは誤に魅入られるまで、この部屋から出ることは叶わぬのですから。ささ、心ゆくまで食べられよ」

 憤然とされた旦那様は、大股でつかつかと祭壇に歩み寄ると、皺の目立つたるんだ眼をかっと見開き、片方の箱に手を伸ばしました。
「そちらで宜しいので?」火酒の瓶をらっぱ飲みしていた魔神めは、さも嬉しそうに旦那様へと声をかけました。それを耳にした旦那様の手がぴたりと止まります。
「舐めるなよ。儂は一代でのしあがった砂漠の泉を守る城の太守よ。凌いだ戦は数知れず、積んだ金銀山と成し、運と実力でいかなる敵をも退けてきた儂を怯ませようとて無駄なこと」
 箱の目前で手を振るわせた旦那様が絞り出すような声でおっしゃりました。

「運、ですか。良いですな。ですが、貴方様が選ばれようとしているその箱、既にどちらを選ぶかが決まっているとしたらどうなさいますか?」
 鈴の音が鳴るように魔神めが笑います。
「太守様、私めは貴方様が生まれたときから、貴方様のことは全て知っております。人生のどの地点においても選択するという行為とその結果において、貴方様の肉がどのように動き、骨がどのように軋み、頭の中がどのように閃いたは全て私の知るところでありますよ。加えて、どんな条件、どんな因果、どんな世界の動き様かの影響を受けて、貴方様の行為と結果が既に決まっているとしたら、太守様、その手を左右どちらの箱に添えるかは、既に私めは知っておるのです。」

 得意そうに語る魔神めに怒りを向けて、わたくしは唾を飛ばして喋りました。やい魔神。いかなお前が全知であろうとも、人の心の中までは読めるまい。さあ旦那様、奴めの鼻を明かしましょう、運命などはねじ伏せるのです。わたくしはそう言って旦那様を励ましました。すると旦那様はわたくしの元へ駆け寄って、麻服の襟首をがっと掴みますと、
「お前は黙っておれ。儂は、自分で、自分の命を引き寄せるのだ」と、血走った目でそう吐き捨て、再び祭壇へ向かうと右の箱を手に取り叫ばれました。「これだ。これが正なる紙の箱じゃ」
 蛇の彫刻が施された蓋を取った旦那様の動きが止まりました。一瞬の間をおいて、震える指が摘んだ羊皮紙には『誤』の文字がくっきりと記されています。
 魔神めは指を鳴らしました。それと同時に箱は二つとも消え失せ、後には紙を握り膝を折って床に伏す旦那様が。


「機会は残り二回ですな」どこか退屈そうにその声は告げました。


 がん、がん、ばりん。わたくしが手にした葡萄酒の陶器瓶は三度めの叩きつけに耐えられず砕け散りました。高価そうな硝子の窓には傷ひとつ付かず、その向こうの暮れゆく空の下には赤く染められた砂漠がどこまでも広がっています。
「無駄なことはお止めなさい。ここは全てが終わるまで出られぬ異界。それよりも、貴方様もひとつ如何ですか」
 砕けた瓶の欠片を拾うわたくしに魔神が葡萄酒の杯を勧めてきます。卓の上には砕けたはずの瓶がまた増えておりました。旦那様は羽毛の掛布に包まったままがたがたと震えておられます。わたくしはそれを見てため息をつきますと、魔神めの隣に腰掛け、ぐいと杯を呷りました。馥郁とした葡萄酒が喉を下ったその後で、わたくしは魔神めに訊きました。

「のう魔神、貴様は全知と宣うたが、旦那様が箱に手をかけたそのときに、箱の中身を入れ替えてはおるまいな?」
 魔神はくすくすと笑い、炙った羊の肋肉に齧り付きました。そしてくちゃくちゃと噛みながら言うことには、
「私めは全知ではありますが全能ではございません。残念ながら、そういった如何様はしておりませんな。あくまでも、箱を出した瞬間に、箱の中身は決まっておりますれば。いい機会ですが、こと箱の中身に関すること以外は、私めは一切のことについて真実を語ることを、偉大なる神の名にかけて誓うとしましょう。」

 ぽい、と骨を投げたその間にも、毟った肉は生えております。わたくしも肉を一本手に取ると、手近にあったナイフで切り分けました。手違いで指を少し切ってしまいましたが、それ構わず空きっ腹を埋めるべくがつがつと食べ始めました。
「そうそう、長丁場になりますからな。貴方様も食べておかねば体が保ちませんぞ。尤も、此処では腹を減らして死ぬなどということはありませんが。加えて、」
 魔神めはわたくしの切った指をさして続けます。
「此処に来て付いた傷も直ぐに癒え、此処で病に罹ることもありませぬ。大切なお客様ですからな」
 それを聞いたわたくしは自分の指を確かめますと、なるほど傷も消えており、何処を切ったかも分からぬほど。

「……では、旦那様の病も此処では癒えると?」
 ごくり、と肉を呑み込みわたくしは魔神に訊ねました。此処でなら、保ってあとひと月と医者が告げた旦那様の病も、あるいは、
「いえ、それは叶いませんな。元より持ち込まれた客の荷物を奪うなどという無礼な真似は致しません。太守様の胃の腑が抱えた腫瘍は、そのままにしてお持ち帰りいただくのが礼儀というもの。いや……願いが叶ったら、それも消えてしまうものですから仕方ありませんがね。ははははは」
 小癪な魔神めは腹を抱えて笑いました。わたくしは焦りを覚えて、旦那様を起こしに臥床へと駆けずりました。
「旦那様、いけませんぞ。このままでは病が旦那様の身体を蝕むのが先になってしまいます。どうか、起きてご決断を。あの箱の中身のどちらに正が在るかはもう決まっております。どうか、起きてくださいまし」
 わたくしは箱を指差し旦那様の身体を揺すります。いやだ、箱の形も見とうない、そう掛布の中で泣き声を上げた旦那様でしたが、しばしの後にがばりと身を起こし、白い顎髭をさすりつつぎらぎらした眼で箱を睨んで呟かれました。「そうじゃ、箱を見なければ良いのじゃ。」

 旦那様は金糸の衣を翻し、のそり、のそりと祭壇の箱ふたつに近寄りました。かと思うとくるりと私の方に向き直り、後ろ手でまさぐった箱二つを左右交互にくるくると入れ替え始めました。
「どうじゃ魔神め。これならば儂がどちらの箱を選ぶかを定められまい。二つに一つ、これこそ完全なる運試しじゃ。運の強さなら儂は負けはせぬぞ」
 狂気じみた顔を引き攣らせた旦那様を眺めながら、魔神めは悲しげなため息をつきました。
「なにも分かってはおられませんな。太守様が骨牌の札を混ぜるように箱を選ぶことも予め決まっておられたこと。太守様は何故箱の前で振り返えられた? 何故見なければ運命から目を背けられるとお考えに? そもそも、何故その行動を自分自身の意志で為したとお考えか? 自分とは何かをお考えになったことは? 骨牌の札を混ぜる手を動かそうと思った『自分』に号令をかけたのは誰なのですかな? 如何かな太守様、神の御手は存在しませぬ。貴方様がたどり着いた『偶然』という見せかけの避難所は、結局のところ貴方様の『選択』で象られた砂上の楼閣に過ぎぬのですよ」

 魔神めの言葉が終わると、永遠に箱を混ぜるかのように動いていた旦那様の手が止まりました。精悍な御顔は真っ青に固まり、頬を伝う冷や汗は顎髭の雫となって大理石の床に滴りました。そろりそろりと後ろ手で開けていたひとつの箱の蓋の下には、『誤』のひと文字が記された羊皮紙が一枚。


「機会は残り一回」どこか哀しそうにその声は告げました。


「ですから、私めは貴方様の全てを知っていると申し上げたでしょう」
 魔神めは偽りの哀しみを湛えた顔を振り、さもがっかりしたかのように宙に浮かぶ絨毯へと這い上りました。ふわふわと浮かぶ絨毯の上から見下ろす魔神めの赤い眼は、蔑むようにも憐れむようにも見え、わたくしは改めてこの人外の恐ろしさを身に感じたものです。

 それからしばらくは時が止まったかのような日々が過ぎました。一つだけ穿たれた窓の外では日が昇っては沈み、沈んでは昇っていきます。卓の上の果物は何時迄もみずみずしく、炙った肉の湯気は絶えることがございません。魔神めは絨毯の上で黙りこくったまま、まるで彫像のように身じろぎもせずわたくしたちのことを見つめております。旦那様は臥床の上で唸ったまま、祭壇の上に置かれた二つの箱を睨み付けまんじりともされません。わたくしといえば……なにせこのような御馳走を口にしたのは初めてのことでしたから……恥ずかしながら大いに飲み且つ食べ、眠っては飲み、飲んでは眠り、幾日が経ったのかも分からない程でした。

 次第に、旦那様の具合が悪くなって参りました。腹を押さえて脂汗が吹き出ることが多くなり、食べ物を受け付けることもされません。この場に来る前には、大勢の医者に診てもらいはしたのですが、どこに病の源があるかはてんでばらばらな見解ばかり。しかし口を揃えて言うことには『保って余命はあとひと月』の言。

 さらに幾晩が過ぎ、とうとう旦那様は口を開きました。
「のう、お前は儂が商人だった頃から忠実に仕えてくれた真の奉公人じゃ。汚れた仕事に手を染めて、儂を助けてくれた事も数え切れん。頼む、一生の願いじゃ。儂を助けると思って、あの箱を開けてくれはせぬか。もし、『正』の紙を引き当てたなら、そなたには思いのままの褒美を取らせよう。どうじゃ。金銀財宝、酒池肉林、地位も名誉も好きにするがいい。たのむ、たのむのじゃ」
 悲壮な声を絞り出し、旦那様はわたくしの麻服の裾にしがみついてこられました。思い起こせば幾十年、苦楽を共にしてきた主従でございます。わたくしも情にほだされ、感極まって涙目になりましたが、聞き耳を立てていた魔神めがひと言、
「ほう。では『誤』の紙を引き当てたときの苦役も、貴方様が引き受けてくださるのですな? 太守様、一度申し出たことは取り消せませぬが宜しいですな? では箱を開く権利を其処な召使いの方へと移しましょうぞ」

 そうでございましょう。つまりはそういう事でございます。旦那様はわたくしをお売りなさいました。売ってご自身の意志と責任を放棄なされました。その上で、自らを助け、わたくし一人に苦役を背負えと言い放たれたのです。

 わたくしは憤怒と憐憫がないまぜになった顔で、旦那様を、魔神めを、そしてふたつの箱を見ました。涙と洟水でぐしゃぐしゃの顔と、薄気味悪い笑みを浮かべた灰色の顔、そして静かに輝く水晶の箱がそれぞれわたくしに視線を注いで参ります。冷たい汗が背中を伝って参ります。息が上がって参りました。「さあ」「さあ」「さあ」。三者が三様の聲でわたくしめを追い立てます。わたくしは、みすぼらしい禿頭を懸命に回転させ、これまでのこの場での出来事の中から、必死に手がかりを探そうと身を固くしました。決断は前もって知られている。選択には意味が無い。自らの意志は存在しない。自由とは、隷属とは、意識とは。何か、なにか大事なことを思い出そうと……
「分かりました。旦那様を助けて差し上げます」

 肚を決めましたわたくしは、松明燃え盛る祭壇へと駆け寄り、二つの箱を揃えて持ち上げ掲げ、大理石の床へとエイっとばかりに叩きつけました。水晶が砕け、きらきらとした雨となって部屋中に舞い散ります。ランプと松明の炎の灯りを受けて煌めいたその跡には、伏せられた羊皮紙が二枚。
 かんらかんらと銅鑼が割れるような笑い声が室内に響き渡り、魔神めは絨毯の上に仁王立ちとなってその本性を現しました。端正な顔は鬼の如く歪み、口から生えた牙は鋭く輝きながら血を滴らせております。組んだ腕は二本が四本、四本が六本に増え、その背からは蝙蝠のような翼が生えておりました。辺り一面には黒い煙がたちのぼり、なにやら吐き気を催すような姿の者が大勢蠢いております。

「『正』、じゃ。召使い。貴様は望みを叶えたぞ。それと同時に『誤』も引き当ておったな。面白い、この場は我の名において貴様らを助けてやろう。おい友輩よ、此処は下がれおろう! 」
 魔神めはわたくし達に襲い掛かろうとした有象無象の怪物達を片手を振って巻き起こした竜巻で次々に消し払い、それらを全て片付けてしまうと、自らを祭壇の松明の炎の中に焚べて最後に言いました。
「召使い、選ぶことを拒否しこの遊戯から降りたならば、最早我の手には負えぬ。『どちらかを選ばない』という自由は我も奪えぬわ。さらばだ、愚かな太守と愚かな召使い。また会おうぞ」
 そう言って大音声で嗤うと、魔神めは炎の中に消えていきました。そして段々と炎は大きくなり、その眩しさもかくやという頃になったとき……

「結局、どちらでも良かったのです。わたくし達が喰らわれようが、望みが叶えられようが、あの牢獄に永遠に囚われているよりは。ですが、此処に戻って来れたからには、旦那様に申し上げておきたい事がございます」

 市場の喧騒が遠くに聞こえてきます。椰子の葉を撫でる午後のぬるい風が窓から入り込み、旦那様が寝そべる天蓋の飾りを揺らします。わたくし達は、出て行ったときとそっくりそのまま、旦那様の寝屋で膝突き合わせて目の前にある銀のランプを見つめておりました。
「魔神めはあの場で申しました。旦那様の胃の腑のどこかに、病の源があると。旦那様、腕の良い外科医に頼み込み、腹を切り開けて胃の腑の悪い部分を切り落としましょう。それができれば或いは、旦那様の病も快方に……」
「お前、おまえは儂を恨んでおるのか。あの場で、あのような指図をした儂を」
「いえ旦那様、決してそのような事は」
 わたくしはランプへと伏していた目を上げました。そこには、恐れと怒りに満ちた旦那様の顔が。
「貴様、あの悪魔に唆され、この場に戻って儂を亡き者にしようと企んでおるな。悪魔の言う事など信用ならぬ。あまつさえ、不確かな情報で儂に腹を切れと? 今更、儂の蓄えた富と名誉が欲しくなったか。召使いの分際で、恥を知れ! 」

 激怒した旦那様は、寝屋の奥に立て掛けた半月刀の鞘を抜き、白刃煌めかせてわたくしめに打ちかかりました。咄嗟に避けた身でしたが、当たりどころ悪く袈裟懸けに背中を斬られたわたくしは、流れ出る血の量に怯えて這いずり、なんとかこの場を脱する策は無いものかと狼狽えましたが、更に刀を振りかぶった旦那様の足下に転がっておりましたランプを手に取りますと、必死でそれを擦りあげ……

 豪奢な天蓋のついた臥床には水鳥の羽毛を詰めた床が敷かれ、何処か遠くから楽の微かな音が聞こえてきます。大理石の床、装飾の施された柱、その間に掛けられた織物、卓の上に載せられた山盛りの珍味の数々……全てが先程まで居た部屋と寸分違わぬ形で其処にありました。ただ違うのは、臥床で腹を押さえて息も絶え絶えに苦しむ旦那様と、斬られた背中から夥しい血を流してうずくまるわたくし二人のみ。
「おや。お早いお帰りですな。ね、申し上げた通りになりましたでしょう? またお会いしましょうと」
 松明燃え盛る祭壇の側には、ふわふわと浮かぶ絨毯に乗ったあの美貌の魔神めが薄笑いを浮かべておりました。


「機会は残り三回ですぞ」どこか嬉しげにその声は告げました。


                       (了)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?