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クルーズ船に揺られて

船旅で気持ちは高揚していたが、いっぽう船酔いの不安があったので、初日から酔い止め薬を飲んだ。出港式から気持ちは楽しいことに向かっていて、船内は目新しく、デッキから見る景色にも気を取られているので、酔うということを忘れていた。夜にベットに横たわると船が海に浮かんでいることを思い出し、かすかな揺れを感じるが、いつのまにか揺りかごに癒やされる赤ん坊のように寝てしまった。

船が海流に出会うときは、揺れが激しくなる。海流は陸地に沿って流れるので、出港後の数日や大陸に近づく日には大きな揺れを感じた。クルーズ船は、縦ゆれ(ピッチング)や横ゆれ(ローリング)をして船客を悩ませる。船には揺れを吸収する装置が付いているので転覆することはない。大揺れの後にそれを戻そうとする力が働くのかドドドドという振動がする。横浜を出港して3日後の午後に波が高くなり、波が船体にぶつかるのだろうか、ドンという音がしてゆらゆらと横に揺れた。東シナ海に入るときに黒潮に遭遇し、船の速度が落ちた。揺れている時には、「船が揺れている」との船内放送が流れた。

しかし、揺れにもすぐに体がなれてしまった。揺れに合わせて、バランスをとって歩く私たち夫婦をルームキーパーのマリーさんが笑いながら「Dancing(ダンシング)」と言っていた。

ある朝、目を覚ますと、お湯が入ったポットがテーブルから消えていて、数メートル先のドアの方に転がっていて、床がびしょびしょになっていた。昨夜は大きく揺れていたように夢見心地に感じていたが、毎日動き回って疲れた体は、目を覚ますことはなかった。

揺れが激しい日には、ベットに横たわっていると風が窓から入ってきてカーテンを揺らしているような、そんな光景が見られた。もちろん窓は閉まっている。船の横ゆれに合わせてカーテンがゆらゆら揺れているのだ。

嵐の日が数日続いた。甲板に出ることは禁止でドアにはロープが張られていた。雨が降っていなくても、風の強い日には甲板に出るドアが風圧で開けるのに力がいることがある。しかも揺れているとドアに手をはさまれる危険がある。そのためにドアの開閉にご注意くださいという放送が流れた。

船はインド洋上にあった。その日のメモには、こんな記述が残っている。
「早朝、波高く船揺れる。雨甲板に打ちつける。日本を出て以来、一番の揺れ。歩くときも体が左右にとられる。今朝の大極拳は中止。次第に明るくなるが、曇り空。少し揺れがおさまった感じ。インド洋上、風雨波浪。午後もなお揺れ続く」

船旅をしたら、「水平線の日の出や夕日がきれいでしょうね」と言われる。確かに水平線から上がる日の出が見える日もある。雲は、水平線に集まりやすく、晴れていても日の出が見えるとは限らない。雨の日もある。風の強い日もある。そういう日は船が揺れる。甲板に出られない日もある。

だから、晴れた日には甲板に出て、海を見た。かもめが飛んでいると陸地が近いのだろうとワクワクしてくる。ある風の強い日に、渡り鳥が甲板にうずくまり羽を震わせていた。うずら色をした雀よりも少し大きな鳥だった。翌朝、甲板に行ってみたら、フンらしきものを沢山残して、姿は見えなかった。きっと元気になって飛んで行ったのだろうと思った。

風に吹かれたようにカーテンが揺れた

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