見出し画像

葛西臨海公園の渚にて

岸辺の岩に腰かけて、ひとりで海を見ていた。

人々で賑わう臨海公園も東なぎさまで来ると人はほとんどいない。海面には水鳥が水中に頭を入れて餌を求めている。目を遠くにやれば東京湾の水平線が見え、船が浮かんでいる。左に眼をやると対岸には、子どもの小さかった頃によく行ったディズニーランドが見える。

時間を忘れて座っていた。随分と座っていたような気がする。本当はそれほどの時間は経っていないのかも知れない。ただ平穏な時が流れ、ひたすら無心だった。

チェコの作家ニェムツォヴァーの『おばあさん』に、悲しいときに木こりを慰めてくれる森に生える一本のモミの木の話がある。

「わたしにはまた森の中でも気に入った場所がいくつかあるのです」と、バイエルさんがまた話をはじめた。「そういう場所に行くと、わたしは思わず立ちどまります。そこがそれほど好きなのですが、それはある人びとや、わたしが人生でこれまで経験したいろいろの楽しい、あるいはいやな事を、わたしに思い出させてくれるからなのです。 (中略) (それは高い崖の上でしたが)、一本のモミの木が立っていました。(中略) 何かつらい事があったり、不幸な目に会ったりすると、わたしはふらふらとそこへやって来るのでした。」(ニェムツォヴァー作 栗栖継訳)

学生の頃からそんな場所があればなと、その話をうらやましく思っていた。

その日、臨海公園の浜辺に行き、座り、何思うことなく海を見た。そして平穏な気持ちになれた。そんな場所が家の近くにあるという、それだけで幸せな気持ちになれる。

     

臨海公園から東京ディズニーランドを見る
                     

2022.10.12 




              

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?