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ブリキの玩具

子どもの頃にゼンマイを回すと電車がトンネルから出入りし、飛行機が山上をぐるぐる回るというブリキの玩具があった。駅前通りの玩具屋の店先にいつも展示されて、子どもの目を引いた。これが欲しくなり、母親にねだったことがあった。母は、「そのうち買おうね」と返事した。それまで親にものをねだったことがなかったわたしにとって、それは初めてのことだった。

数か月して、その玩具屋の前を親子で通ると例の玩具が動いていた。また、ほしいなと言うと、「今度買おうね」と同じ返事が返ってきた。そして、とうとう買ってくれることはなかった。

そのうちブリキの玩具に興味のある学齢を抜け出したが、それが置いてある店の前を通ると、母親にものをねだったあのときのことを思い出した。山の上を飛行機が飛び、トンネルから電車が抜け出してくるという小さなジオラマの世界は、一度だけものをねだった思い出とともにいつまでも心の中に残った。ブリキの玩具の動力は、ねじ回しのゼンマイで、職人の手作り感が感じられる。強い記憶として残っているのも、このぬくもり感が郷愁を誘うからなのだろう。


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