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振り子時計の音

昔はどこの家にも振り子時計があった。時間になるとその数だけボーンボーンという音が鳴り、半にはボーンと一度鳴る。夜、寝静まるとシーンとした暗闇を伝わって、振り子時計のカチッカチッという音が聞こえるのだが、眠れない夜には神経を刺激し、カッチカッチという音がますます気になり、眠りを妨げた。

夜中の12時半にボーンとなり、うとうとしていると1時にボーンとなる。眠れない時が流れ、またボーンとなる。この3回続くボーンの音が厭だと母が言ったことがある。時間の流れから見放され、放り出されたような心細さになるからだろう。

振り子時計の定時に鳴る音の理由を知りたい。何故、時を知らせることがあるのか。それは、時計が庶民にはなかった時代に、要所要所に置かれた時の鐘が、庶民に時を知らせていた。振り子時計は、支配者に管理されていた時を庶民の物にすることを可能にした。時の鐘の代わりに家の中でその役割を果たさなければならない。無音では駄目だったのだろう。振り子時計が音がするのは、そんな理由があるのだろう、と思う。

毎日、ネジを巻かなければならなかった。巻かないと2日ほどで止まってしまった。止まる時には力が抜けた生き物のように哀れな音を出した。時の知らせの主が振り子時計である間は、健気にネジを巻き続けた。

次第にネジを巻くのが大変だと思うようになった。振り子時計が動かなくても、電池式の時計が机にある。テレビも正確な時間を知らせてくれる。
「動いていないと、近所の人が見て、『この時計止まっているわ』と言うからね」と母が悩んだ。
「骨董品と書いておけばいいんじゃない」
母は、その言葉が気に入ったみたいで、骨董品と書いた紙が時計に貼られた。その日から振り子時計は、ネジが巻かれることがなくなり、静かに数十年の役割を終えた。

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