三十路男のエトセトラ #2

「漢」 という字を 「オトコ」 と読む、女性に財布はあけさせない程度には男でありたいと思い三十数年生きてきた。

  ちょっとした用事を済ませようと、道を歩いているとボーイスカウトであろうか、小学生から高校生の少年少女たちが街頭募金を募っていた。ユニセフかユニチャームかなんだかよくわからないが、そんなことはどうだっていい、無垢な少年少女達がせっかくの休日を費やし、街頭で一所懸命に声を張り上げているのを見て見ぬふりするほど私は狭量な人間ではない。

  リアリスト達はきっとこう言うだろう、『募金なんて無駄!無駄!どうせ誰かの懐に入って、正しく使われてなんかいないよ!』 もしくは 『この偽善者め!!』と罵る人もいるかもしれない。

  ただ私は、その募金がどこにどう使われるなんぞは二の次、三の次、男子たるものポケットに入った少しばかりの小銭を少年が大切そうに抱える募金箱に投げ込むことくらいはしてもいいのではないか、そうすることによってこの少年少女達が肩を落とすことなく家路についてくれればなおさらよいではないかと常日頃から思っている。

  今日もそんなちょっとした男としてのプライドを保つために募金箱に近づいていった、ここで笑顔を作って『偉いね!頑張って』とでも一声かけてあげれば尚よいのであろうが、そんな社交性を持っているならこんな駄文を全世界に向けて発信なぞしていない。

 耳につけたイヤホンもとらずに、少しばかり不機嫌そうな顔をして私は一歩一歩と少年が抱える透明の箱に近づいていく。言わずもがな照れ隠しの不機嫌顔である。

 私と少年の距離が2メートルほどになった時、彼らは気付いたのであろう、視界に映るひょろ長い男が今まさに募金をせんがために自分達に近づいてきていることを。その距離が1メートルに縮まった時、それは確信に変わり、彼らは満面の笑みを浮かべてくれた。あぁ、なんと純粋で無垢な美しい笑顔であろうか   私を取り囲む大人達の濁りきった笑顔とはわけが違う。

  天使のスマイルを浮かべる少年の前に立ち、私はいざ募金をせんがためにジーンズの左のポケットをまさぐった。私の指先に触れるのはタバコのソフトケースと100円ライター、何度まさぐっても金属の感触がない。

  私は常日頃財布を持ち歩かず、小銭はジーンズの左のポケットにいれる。昨日、今日に始まった習慣ではない、つまり左のポケットに小銭がないということは右のポケットにも小銭がないということを意味する。

目の前には今か、今かとクリスマスプレゼントでも貰うかのごとくわくわくした少年、背中に嫌な汗をかきながら私は、万に一の可能性にかけるべく、右のポケットをまさぐるために左のポケットから手を引き抜いたその刹那  『ありがとうございます!!!!』 目の前の少年がそう叫び、右に倣えと横一列に並ぶ6人の少年少女達も 『ありがとうございます!!!!』と声をあげた。  

 やられた!!   「小銭がなかったから仕方がない、私はまごうことなく募金をしようとしていた、ベストは尽くした」  という自分自身へのエクスキューズを唱え、何食わぬ顔でその場を離れるという戦略を失ってしまった。
 
先手必勝とはよくいったもので、この少年が歴戦の軍師に思えてきたところで、私はお尻のポケットをまさぐり、なけなしの千円札を透明の箱に押し込んだ。
『おつりってでないですよね?』 と喉まで出かかったのをぐっと飲み込んだのは内緒である。

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