三十路男のエトセトラ #3

 チャットGPTが世間を賑わせている。AIは賢くなっていく一方だが、その賢さに果た して我々人間は追いついているのか? そもそも我々が必要としているものはそういった無機質な賢さなのか?  

 爽やかな風に頬を撫でられ、小鳥の鳴き声とレースのカーテンの隙間から差し込む陽光によって目覚める。『おはよう』と隣で眠る愛しいワイフに声をかけ、額にキスをする。

 もちろん、そんな朝の目覚めなぞは映画の中のお話で、今日も腰と首の痛みに耐え兼ね得て私は目が覚めた。30歳からいくつか数えた男の朝の目覚めなどは大抵がそんなものである。頬を撫でるのは爽やかな風ではなく、自らのよだれが乾燥したあのなんとも言えない匂いであり、聞こえてくるのはスマートフォンの無機質で冷徹なアラーム音だ。
 
 起きねばならぬ、起きねばならぬ、ただひたすらに南無阿弥陀を唱えるがごとく、起きねばならぬと呟きながら、スマートフォンの時計のアイコンをまだ力の入らぬ指先で撫でつけ、ほんの数秒前に目を開けたとは思えぬすばやさで、7時30分から7時45分へとスクロールし、また目を瞑る。

 スマートフォンという名に恥じないこの四角形のマシンは絶対に間違いを起こさない。

 つまり、次に私を起こさんがためにこいつが声をあげるのは7時50分でも7時40分でもなく、7時45分なのである。幼きころ、母は8時に起こしてくれと言えば必ず、7時30分に   鬼の形相で 『起きなさい!!』 と叫んでいた、幼かった私は あと、30分寝られるではないか 私の母は私のことが憎くて、毎朝、毎朝私に嫌がらせをしているのではないか と子供心に悩んだものだ。
 
 それから約四半世紀を数えた今、私を起こすのは母ではなく絶対に間違いを犯さないスマートなこいつ、現代科学の粋を集めて作られた私の相棒は7時45分ぴったりに私を起こさんがために、15分前と同じアラーム音を鳴らす。
 
 起きねばならぬ、起きねばならぬ、ここで起きねば男がすたる、腹にエイッと力を込めて、やっと起きたかと安心した眼差しを私にむけるスマートな相棒の右側面の出っ張りを力強く押し込み、私は目を閉じた。意識を失いそうになる直前に私は悟った。幼き頃、私は母に疎まれていたのではない、私は愛されていたのだ  と。そう母は知っていたのだ、睡眠というものの恐ろしさと私という人間を。  
 
 世間を賑わすAIとやらの開発者に伝えたい、スマートなのはもう十二分にわかった。だけどスマートなだけでは私の、いや全人類の問題は解決されない。開発すべきは、母のような厳しくも優しいマシーンなのではないだろうか?

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?