Blue Through

Blue Through
自分のひとり言で目が覚める、起き上がった半透明な背中の自分、
背中越しに、胸の辺りに刺さった緑色の破片も透けて見える
あたしは横になったまま、その半透明の背中をまぶたごしに見つめている
青白い顔で誰が刺したかも分からないとか見てらんないんだけどと思いつつも
体が重くって触感が徐々に失われていき、景色と同化する、、、、
胸の辺りの生あたたかい噴水が着衣に染み込み体に張り付く感じさえ気にならなくなる頃には
体は横たわったまま、分離した魂のみが地面に沈み込んでゆく感覚、、、嫌いじゃない
いつまでもこのままでいられるかしら?貴女さえよければだって、誰?

Inspired by Blue Through from 永遠が通り過ぎていく A Toda Makoto Film

(暴論2/3)「永遠」はゴンドラである
映画「ゴンドラ」の伊藤智生監督(ドグマ総帥TOHJIRO監督)はドキュメンタリーの人である。
主演の少女は子役ではなく実際に不登校の素人で、夏休みを利用して撮影、製作は原則、順撮りで映画後半になるにつれて笑顔が増え、明るくなってゆく様が克明に記録されている。彼女は2学期から元気に学校に通えるようになったそうだ。
「永遠」もまた、戸田氏の脳内ドキュメンタリーとしての記録であり、中の人(戸田真琴はアバターとして機能)が人間になる過程の思考の記憶であり、ゴンドラの少女と違うのは、監督として(補助はあったとしても)自身で企画、立案、製作した点であろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?