天下茶屋からの帰路

神戸でのセッションライブを終えて、
阪急電車を乗り換え、
そこから御堂筋線、南海電車とどうにせよ深夜帯であれ、
関西の交通網は何かしら連結されており、
これについて迷ったり、終電を逃したりすることはもうないという実感は、
既に8年にわたる京都市郊外での生活を経ていたからか?
いや、それにしては四条河原町などで遊び終えたあとは、
何かと地元駅への乗り換えを失っていた。
南海電車の駅ホームには区間急行しか取り急ぎの車体が無く、
これに乗ってしまうとローカル駅である帝塚山にはたどり着けまいと思いながら、
身体の疲れには負けてしまい、しばらく車内と車外を行き来していたものの、
座席に腰を落ち着かせてしまう。
区間急行だが、天下茶屋あたりは知れている土地なので
しばし車内で休息を得て、そこから歩いて帰れば良いと思ったのだ。
向かいの座席に少し肌を露出気味のふくよかな女性が居たが、
髪は白銀に染め上げ、妙に顔立ちが整っていて、
その両目がなにやら菩薩のようなシャープさだったので、
僕はエレキギターのソフトケースに目を伏せながら、
まるでこちらの心情は見透かしているよと言うような、
しかし何気なくこちらに向けられるその鋭い目線に耐えかねるところであったのだ。
天下茶屋ではマスクを外したカップルが僕が下りる扉際で短い別れを告げて、
降車のタイミングのせいで、女性側のほうと階段を両並びに降りていたので、
僕はわざと急ぎ足にして、天下茶屋の改札を抜ける。
そして馴染みの飲み屋の光景や各社コンビニの配置などにはやはり親近感を覚えたので、
ここからはやはり歩いて帰れるのだと安堵しながら、
神戸に居る間にいつのまにか大阪市内では少しだけ雨が降っていたようで、
濡れたアスファルトに街灯があわく照り返していた。
先月だってこの天下茶屋のライブバーで演奏をしたのだし、
まずはマックスバリューをめがけて歩いていたのだが、袋小路に入ってしまった。
この時点で「明るく楽しい店」という名称のスナックを既に3件も見かけている。
どれも閉まっているのだが、けして同一の実店舗などではなく、
「明るい店」「明るく楽しい店」「明るい楽しい店」と微妙にニュアンスが違う店名3件を確かに見かけた。
そこから狭い路地を離れようと思い、遠くのオレンジ色に照らされた大通りの街路樹に見覚えがあると思うたびに、
どうやらますます道を間違えている。

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