しずくだうみ / 美しい人(そわそわRECORDS)

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だうみゃちゃんことしずくだうみさん(以降だうみゃちゃん)の活動を知ったのは、
ある日SoundCloudアプリに関連表示された楽曲のひとつであり、
それは「春は少し」というオフィシャルリリースの作品群に比べて、
SoundCloud上のみでストリーミングできるエレキギターとピアノだけのラフな構成に
まるで四畳半アパートでの生活感を伴なったような至って質素な佳曲だった。

SoundCloudにはまだデータが残されているので知らない方は以下を最初に参考程度に聴いてもらいたい。

数々の歴史的名シンガーソングライター達がガッチガチなプロダクションのオフィシャルリリースの反面で、
ブートレグや遺作としてラフなデモ音源が残されているように、
だうみゃちゃんの「春は少し」についても、僕自身はその曲が彼女の存在を知ったきっかけではあるが、
Ototoyなどの配信サイトで過去作品の履歴を辿っていると、
かなり歌唱スタイルは基本的にアタックが強くガッチリとした作風が大多数を占める事実に気づかされ、
むしろ僕のようなきっかけで彼女の作品に触れることは希少な例ではないかとは思うが、
それからもOtotoyなどの配信サイトにて過去作をまんべんなく試聴したりもしてみたが、
やはりラフな作風はかなり少なく、僕の第一印象とのギャップを埋めるのに時間を要することにはなったが、
ある時の本人の弁でミュージカル「アニー」などの演劇的な歌唱にも影響を受けたということをきいた時に、
作家として劇団への公演のテーマ楽曲の提供も十分に頷けるものがあったし、
睡眠ポップアイドルsommeil sommeill(ソメイユ・ソメーユ) の姉御的存在としてのプロデューサーとしての活動や、
お金大好き!シンガーソングライター社長で有名な里咲りささんとの交流など、
僕自身の携わる音楽界隈とはかなり異種な方向性を感じたので、こうしていつかレビューを書き残してみたいと思っていたのだ。

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去る春のエイプリルフールに発売された最新アルバム「美しい人」はサウンドプロデュースに石田力丸氏を迎え、
アコースティックとエレクトロニックサウンドの丁度良い塩梅をとりながら、
サウンドイメージとしてもこれまでより新鮮なアプローチとなっていたが、
これまでのだうみゃちゃんのイメージである長髪でパッツンといったビジュアル自体も刷新され、
ジャケットのイラストでどこか遠くを見ている女性像と重なるようなショートヘアーと、
プロモーション写真はかつてからの変貌を遂げていた。

そんな「美しい人」の内容は5曲というコンセプチュアルかつコンパクトなミニアルバムとなっているので、
レビューもダイジェスト的にまとめるよりも各曲を紹介していこうと思う。

美しい人(Track01)

アップライトピアノの鍵盤を抑える指の豊かな雑音を伴なったスローバラード的なコード音から、
やや奥まった位置でだうみゃちゃんのかげりあるボーカリゼーションが始まるアルバムタイトル曲。
「すっと伸びた鼻筋」という特徴的な歌詞とメロディーの展開から、
サウンドもだんだんと彩りを極めながら、くっきりとコントラストが強調されて、
人の顔の部位のメーンである「目」、「鼻」、「唇」というワードは歌詞内ですべて提示されるが、
肝心の音楽を聴く「耳」というワードを伏せていることに、
少し深読みは過ぎるかもしれないが、だうみゃ氏の作詞の巧みさを思い知る気がする。

この楽曲のだうみゃちゃんの特徴的な歌詞のワードのひとつに「前歯」というものがあるが、
往々にして女子性というは異性の歯列にフェティシズムを感じることは多々あるので、
とても良いポイントだと感じた。(性別にかぎったことではないかもしれないが。)

タイトル曲をいきなり冒頭に配置しているので出オチ的な感触も与えるかもしれないが、
僕自身はたまに映画を鑑賞する際もそういう作品も好きなほうなので、
映画で言うなれば映像を観終えて作品が訴えたいことを理解するよりは、
このアプローチがありがたい方もいるかもしれない。

記憶違いかもしれないが。
本人のTwitterの弁では「美しい人とはただ美しい人ということです」というような、
ややぶっきらぼうにも感じれるようなコメントを見受けた気もするが、
実際、人間の醜悪さだけに目をとらわれることなく、
ただまっすぐに、かつどことなくぼんやりと醜悪さも含めて人は美しいのだと言い切るような、
頭にすっと入ってくるような感触が一聴してすぐリスナーには得られるのではないだろうか。

矛盾の海(Track02)

グリッチしたギター音とシンセアルペジオを散りばめた「矛盾の海」は、
歌詞にある「部屋の時間を止めた」の、
「止めた」の「た」のあたりのスタッカートを譜割りでメロディーだけを読んだ人ならば、
きっと歌う上でのリリースをやや伸ばしてしまうのではないだろうか?
作家業としての一面の一方でシンガーとしての妙もここで推してみるが、
発音として「HA」というブレスをあしらったコーラスワークも良いアクセントとなっている。
楽曲の位置づけや内容としても、あくまで通過点的な楽曲として捉えられるので、
良い意味で意外とスムースに聴き流せてしまう。

「さっきはあんなことを断言したのに次の瞬間には行動をもって自分を否定してしまう」
といったような、ちっとも芽吹かない誰かとの関係性の上でも生きること自体は謳歌するようなそんな曲。

しずくだうみという名義と共に詳細な楽曲群のリサーチはしていないが、
名前に含まれる海についての楽曲も多いかもしれないと全曲を通して感じた節はある。

この星では花が咲かない(Track03)

アルバムは折り返し地点に差し掛かり、
一旦休憩というようなベースのアルペジオとソフトリーなピアノのそばで、
フラットマンドリンの軽やかなピッキング伴奏も添えられる。

誰かとの関係の中でまるでこの地球の人間ではないような、
異星人のように思える相手というのは居るのかもしれない。
そんな異星の人から見て、地球上に「本当の花」というものが咲いているのかは果たしてわかりかねるが、
地球の社会の中で異常に虐げられれてしまい、
唯一、「本当の花」と思えたガーベラの花を大事にたずさえることで異星人たちは自分の弱さを大事に守っているのかもしれない。

ほんとうの自由は(Track04)

全体的にシリアスな楽曲群の中でもっとも軽やかなタッチで始まる楽曲であり、
適当にぶらぶら遊んでても「ちゃんと帰ってきてね」というほっとするような安心感と、
不自由さの中にこそ安堵を得られるというテーマも含まれるが、
2バース目の「何も話さないで」というそういった安らぎとは違うニュアンスの冷たい歌い口にも少しドキリとする。
ソフト音源には感じられるが、チェロの弦の軋みなどを強調したオーケストレーションは、
ビートルズでいえばエリナーリグビー的な系譜のアプローチはあり、
ピアノの音色もふんだんにエアー感があり気持ちいい。

永く短いお別れ(Track05)

「船がきたら」という歌いだしで理解できるが、
イントロには船音や港のフィールド録音があしらわれることで、
楽曲自身が歌詞を説明するような展開になっている。

その歌の背後に残響するコーラスと、
サイドギターはリバースエフェクトを挟みながら、
鈍く打ち付けるタムタムがゆるやかに楽曲をガイドしていく。

そんな出だしの別れのワルツが歌うのは「永遠」という難しい概念をそれは短くも永い、
または儚い一方で持続できる物事の強さ、と言ったところかもしれない。

人々が海に還ることはときにひとつの葬列の群れをなすような光景を想起させるが、
そういった今生のお別れなどはけして恐れるべき事態や寂しいものではなく、
さらに豊かな日常を送るためのきっかけに過ぎないのだし、
明日からも冷蔵庫のわずかな残り物でおかずをこしらえるような日々は誰かにはかならず訪れていて、
そんな壮大な海と人の話などきっとたまに思い出すくらいでいいのである。

マスタリングについては基軸はエレクトロニックサウンドでありながらも、
それほどハイファイになりすぎず、高域にややサチューレトした質感の音質は中村宗一郎さんらしい処理だと感じた。

パンデミック下でのアーティスト達の活動例は枚挙に限りはないが、
このアルバムに伴って予定されていた「美しい人」のレコ発ライブも漏れなく配信形式となり、
オフィシャルグッズによるドネーションなどを伴なっていたが、
表情を変えずに後ろ手にまっすぐ構えてスタンドマイクに歌うしずくだうみのその姿は、
新しいショートヘアと藍色主体の印象的なワンピース姿と共に目覚ましく凛々しいものがあり、
まさしく「美しい人」そのものであったと、いま記憶を振り返っている。

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しずくだうみ「美しい人」の購入やご試聴は以下のリンクまで。

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