地獄に落ちる(上)
今日に至るまで「色々あったな」の色々の一つ一つを詳らかにしたくてペンを取ってきたわけだが、ここからは違うということを冒頭で宣言しておきたい。
もちろん、この宣言にはちょっとした意味がある。これまでのように自分を慰めるために言葉を綴るのではなく、これを読むあなたに楽しんでもらいたくて自分の人生を語るというところで、文章を書くメンタリティが全く異なるのだ。
ここは1つ、ユーモアたっぷりでお届けしたい。したいだけだけど。
さて、「したいだけだけど」って「しいたけ🍄だけだけど」のアナグラムだと見せかけてそうではないんだよね。字面は似てるけど。もちろん、この話は本編と全く関係がない。ユーモア見せつけてやろうと思ったら全然できなかった。19行目まで来て自分を恥じている。
どうかポップに地獄に落ちるエピソードをスキップでもしながら楽しんでほしい。
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僕は小学生の頃からずっと何かを表現していた。芝居、音楽、小説、喋り、絵、映像...色々やった。ちなみに絵だけはめちゃくちゃ下手。信じられないくらい下手。はいだ しょうこよりずっと下手。二度と描かないと思う。
今回の話は芝居や喋り、映像を集中してやっていた頃の話だ。数年間の濃密な体験をギュッとまとめてご紹介させていただきたい。
僕はインターネットで育った。使う言葉やスキル、礼儀や考え方のほとんどはネットで盗んできたものだ。もちろん、ネットで育ったので人間関係もその例外ではない。今の人間関係の半分くらいはネットだ。
高校時代も例外ではない。色んな人とネットで邂逅してきた。詳しく話すと、当時は音声を投稿したり生の喋りを配信で聞かせたりするアプリで活動して人と交流していた。今回の話はそこから始まる。
余談だが、そのアプリでは運営の審査を受けて合格しなければ活動はさせてもらえない。しかも、僕は運営に大々的に紹介されたことも何度かあった。意外と頑張ってたんだぜ。大した結果は出なかったけどね。
そんな中、ある素敵な女性と巡り会った。彼女の名前は「よん」だ。とにかく喋るのが上手く、特徴的で素敵な声をしていた。正に配信をするために生まれてきたと言っても過言ではないだろう。配信でも僕の倍以上は人を集めていたのを覚えている。そんな彼女に惹かれていた。
今となってはそこに恋心があったのかは分からない。ただ、ひたすらに憧れと尊敬の対象だった。所謂「推し」といつやつなのだろう。
僕は足繁く彼女の配信に通ったのだが、彼女も稀に僕の配信に訪れていた。その度に「よんさん!」と慕った。好きすぎて過呼吸みたいになったりもしたものだ。オタクが過ぎる。
ある日、彼女と何か作れないかと考えた。僕は特別なことができたわけではないが、音声ドラマを作っていたため創作であれば多少は力を発揮することができるのではと思ったのだ。
早速企画を立てた。その企画はよんさんへの愛を凝縮したものになった。良いものが出来たのではないかと思い、彼女のTwitterに飛んだ。すると...
彼女は、引退宣言をしていた。
思わず笑ってしまった。人はいきなり辛すぎると案外笑う。地獄にでも落ちたような気になっていた。僕は企画書をかなぐり捨ててすぐにメッセージを送った。
「急すぎて驚きました。ずっと大好きだったので悲しさと寂しさでどうにかなってしまいそうです。なってしまいそうというか、なっています。
止めるようなことをする権利などありませんが、もし差し支えなければ少しお話を聞かせてくださいませんか?」
返事が来るのにそう時間はかからなかった。
「そんな風に思っていてくださったなんて本当に嬉しいです。良くしてくださって本当にありがとうございました!沢山の思い出をありがとうございます(´˘`*)」
僕は慌てて返信した。
「ご返信ありがとうございます!今まで関わった配信者の中で本当に一番尊敬してます...。これからはもう完全に活動はやめてしまうんですか?」
「尊敬しているだなんてそんな...!これからはYouTubeで遊ぼうと思ってます!」
「そうなんですね!もし良ければこの先のお名前をお聞きしたいな〜って思うんですが...!」
「ごめんなさい!ちょっと規約的に言えなくて...」
規約...それが何を意味するかはすぐに分かった。スカウトだ。何かしらの企業が契約書を作り、彼女はそれに従っているという状況なのだろう。Twitterを消すのも契約の1つのはずだ。僕と彼女の立っている舞台は端から違ったというわけだ。正直、悔しくなかったと言えば嘘になる。
「そうなんですね!余計なことを聞いてしまったようで申し訳ないです...!」
「とんでもないです!」
「よんさんのこれからの活動、応援してます!どうかお身体にはお気を付けてください!」
「ありがとうございます!私も活動応援してます!その素敵な声を沢山の人に聞いてもらってください!」
「照れます、笑」
「可愛いですね!ちなみに、私の最近の推しは”夜桜たま”です!」
夜桜たま...知らない名前だった。調べてみてもそれらしい情報はほとんど出てこない。急に推しの名前を出したりして、意図が読めなかったため、会話はなんとなく終わってしまった。
それから半年以上が経った。喪失感を抱きつつも、何度も歌って、何度も演じて、何度も作って、何度も喋って...そんなのことの繰り返しだった。成果は相変わらず出てはいなかったけど。
ある日、YouTubeを見ていた。しょうもないゲーム実況だった気がする。普段は色々考えて創作をしていたため、何も考えずに閲覧できる動画を好んで見ていた。そして、次の動画に飛んだときに電流が走った。
「...よんさんだ。」
しかし、画面に浮かぶ文字は「夜桜たま」であった。
つまり、彼女は「推し」と言いつつ次の活動の先を暗に伝えていたわけだ。正直、その時点で数万の数字を得ていたため、たかが数十人のファンのうちの一人に伝える必要などあるはずもなかった。恐らく粋な計らいというやつであり、愛と言っても過言ではないだろう。いや、それは過言かもしれないけども。
もう一度彼女に会いたいと、話がしたいと思った。見たところによると、彼女はVtuberというジャンルにいるらしい。自分の目や口や顔、体の動きに合わせてイラストや3Dモデルを動かす技術を使い、まるで生きているかのように見せるエンターテインメントだ。
当時やっていたことがVtuberに応用できそうだというのもあり、僕はVtuberとして活動することを決心した。推しとコンタクトを取りたいという一心で。オタクも大概にしろ。
すぐさま準備に取り掛かった。貯金は全て活動のために使った。映像の勉強もした。動画の構成や台本もよく練った。全ての力を注いだ。その甲斐あってか、動画は最高で1万回弱の再生数を叩き出した。正直、この数字は普通では出せない。何故ならVtuber業界は女性至上主義で、可愛いは正義と言われるからには可愛くなければ悪なのだ。そんな中、僕のような可愛げの「か」の字もないような野郎がこれだけの数字を出すのは珍しいことではあった。
しかし、そんなものでは足りるはずがないのだ。よんさんはその何十倍の数字を出し、日が経つにつれて彼女との距離は開いていった。それでも良いものを作ればいつかはきっと報われると信じて、1日何時間もデスクに食らいついて制作をしていた。
ここだけの話、編集に長時間取り組むとよく分からないが「おえぇ」と吐く真似をしたくなる。実際強烈な吐き気があるわけではないのだが、そうすることで少し楽になる気がする。そうなってくると誰かと同じ部屋で編集作業をすることは恐らく困難だろう。野郎が編集による苦痛で嘔吐く声を聞きたい物好きはいない。多分いないと思う。いないんじゃないかな。まあ、ちょっと覚悟はしておこう。(なんの?)
こうして2年の月日が流れた。彼女との差は開く一方で、遂に夜桜たまは本を出し(買った)、インターネット流行語大賞の16番目に載り、彼女の所属している事務所はインターネット流行語大賞の2番目に躍り出た。物凄い勢いだったと思う。
その頃一方、僕はひたすら伸び悩んでいた。どれだけ良いと思う動画を作ってもそれらはほとんど再生されなかった。今思えば当然だ。Vtuberの視聴者層はほとんど男性であるため、必然的に女性のVtuberが伸びやすい。僕がやっていたのは、ミスコンの舞台に青髭で筋骨隆々の女装野郎がすべらない話1本で乗り込んでいくような無謀だった。
その日も動画を作っていた。なんだかもうよく分からなかった。「良い」ってなんだ。「面白い」ってなんだ。自分のやりたいことはこれだったのか。自問自答の末に行き着く結論はいつも「よんさんに会いたい」だった。
活動に関することばかりでろくに掃除もしていない部屋の隅にある茶色く変色した汚らしいベッドに横たわった。
ため息をついてTwitterを開いた。しばらくスクロールすると、夜桜たまのツイートが目に入ったが、様子がおかしかった。
何の話だ。いきなりどうした。脈絡もなくこのツイートだ。いや、大したことはないはずだと思いたいが...。
率直な感想を言うと、状況が全く見えてこなくて意味がわからないというところだった。「みんな」とは誰を指すのか。ファンなのか、それとも事務所の同期達なのか。そのツイートの直後、彼女は生放送を開始した。
僕の推しは、号泣していた。
途中から見たのでわけが分からなかった。僕は思わず放送を閉じた。多分だけどこんな顔をしていた。
胸に張り付いた不可解を引き剝がしたくて編集作業に戻ったが気が気じゃなかった。動揺を行動で掻き消すことはそう簡単ではない。
そして、その日を境に彼女の活動の更新は途絶えた。それでも帰ってくるんじゃないかと思っていた。ただ願って待った。
絶叫。と言いたいところだが、人が本当に絶望するときは案外声は出ない。静かに目をそらして一点を見つめるのだ。何かを考えているようで何も考えていない。そのとき、僕は虚ろだった。
気が付けば夜が明けていた。眠ってしまったわけではないのが確かで、その数時間の間はただ死んでいないだけだった。
僕は、地獄に落ちた気になった。
生きた心地がしないまま僕は学校で時間が過ぎるのを待った。捧げた二年間の結末と過程が頭の中を飽和していた。人は言葉で地獄にでも落とせるのだと知ってはいたが、まさかの方向から叩きつけられた。流石に喰らった。
次の日、制作仲間とこの一件について話していた。活動する意義を失ったがそれでも待ってくれている人はいること、よんさんだけが全てではないこと、彼女にはまたどこかで出会えるかもしれないこと、それらは全くの詭弁であること。
通夜とも言えるような雰囲気の中、僕はTwitterを何気なく開いた。様々なツイートが流れたが、視線は文字の上を滑るだけだ。
────────「よん」という名前のアカウントが流れていった。
彼女が前に使っていた名前はそう珍しくもないということだろう。よんさんはたった一人しか存在しないのに。
…いや、何か違和感があった。白い背景に黒い文字で長文を書いていた。重要事項をフォロワーに伝えるためにありがちな手法だ。それに、自分のアカウントに流れてくるということはVtuberに関連したことであることが多い。しかも、そのツイートの内容はよんさん本人の主張であるように見える。僕は過去のツイートを遡った。
本人である可能性が出てきた。
フォロワーの数、発言内容、ペットの写真…どれもよんさん本人に紐づいている。今なら、声が届くかもしれない。DMは解放されている。もちろん、なりすましの可能性もある。しかし、この機を逃せば一生…
僕は二年前と同じように、同じ気持ち、同じアカウント、同じアイコン、同じ名前でDMを送った。
深夜3時、その旨を制作仲間に話した。
「よんさんに、届くかもしれないんです」
「どうなんだ…。凄いフォロワーの数だし、それにこの知名度、この影響力…。凄い数のメッセージが来てるに違いない。あまり期待しない方が良いんじゃ…」
「せめて、目に入りませんかね。見てさえもらえればそれで良いんです。最愛の人に言葉が届いたなら、それでこの二年間に終止符を打ちます。」
「そうは言ってもな…。確かめようもないというか…。Twitterの仕様上、既読を付けない設定にもできるし、もっと言うと既読を付ける設定にするメリットが…」
「えっ。」
「知らなかったの?多分だけど左側の設定からそういう風にできると思うから見て…」
「返事、来ました」
「…マジ?」
褒められたら続く。
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