グルファ

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あらすじ

家族から蔑まれ続けた醜い少年は、家を飛び出し、死に場所を求めてゴミ溜めのような街をさまよう。
愛されなかった少年は何を糧に生きていくのか。

本文

『グルファ』 作:細谷

最初の記憶は、母からの怒号だった。

名前を呼ばれた事など無かった。
グズ、ゴミ、カス、人を罵るための言葉は、俺の名前の代わりだった。
だから、俺は自分の名前を知らない。

向けられた包丁に映り込む自分の姿。
明かりに照らされて反射する包丁の切っ先。
唇を噛んで睨んでくる母。
髪を掴まれ、散々引き摺られた後。
そのまま引っ張られ無理やり立たされる。
全部日常だった。
この仕打ちの理由を母に尋ねたことがある。
帰ってきた言葉は『お前が醜いからだ』だった。
そして『お願いだから、早く死んでくれ』と何度も懇願された。

逆らっても、逆らわなくても結果が同じなら。
逆らわない方が体力が温存できる分、いくらかマシだった。

それが気に食わなかったのか、ある日、耳を焼かれそうになった。

「ろくに話も聞けない耳なんか要らないよな」

その言葉とともに、タバコが灰を落としながら近づいてくる。

暴れれば暴れるほど強く掴まれる腕。
食い込む爪で破れる皮膚。
耳がじりじりと熱くなってくる。

耐えきれなくなった俺は、思いっ切り母の腹を蹴った。
短いうめき声を上げて床にうずくまる母。
顔だけこちらに向けて、恨めしそうに俺を見ている。
その姿に心臓がはねた。

怖い。
殺されるかもしれないという純粋な恐怖。
俺は近くにあった布団をとっさに手に取り、母を力いっぱい押さえつけた。
母が動物のような叫び声を上げる。
その叫び声の合間に聞こえてくる、『殺してやる』という言葉。
怖い怖い怖い怖い怖い。
俺は泣きながら謝る。母を力いっぱい押さえつけながら。

そのうち母の動きが止まった。
叫び声は、俺に許しを請う声に変わった。
泣いているような声だった。

惨めだと思った。この人も、俺も。

この人を殺す勇気のなかった俺は、逃げるように家を飛び出した。

どこにも行けず、どこにも帰れない俺は、ふらふらと街をさまよっていた。

まるでゴミ箱をひっくり返したような薄汚れたこの街は。
いつだって雑然としている。

俺の足は自然と路地裏に向く。
どうせ死ぬなら比較的、迷惑の掛からない場所で。
これが間違いだった。

都合が良さそうな、よりいっそう暗い路地裏に入り込んだ俺は。
すぐに後悔した。

やけに大きな麻袋。
それを取り囲む男たち。
手には鉄パイプが握られていて。
男たちは躊躇なくその麻袋に鉄パイプを振り下ろす。
その度に麻袋の中からうめき声のようなものが聞こえる。
心無しか、麻袋から血が滲んでいるように見えた。

すぐに逃げればよかったのに。
目の前に広がる惨憺たる光景に、俺は足がすくんで動けなかった。

麻袋から一際大きなうめき声が上がった時、俺は思わず小さく悲鳴を上げてしまった。

その時、男の一人がこちらを振り向いた。
それを皮切りに男たちが次々に振り向く。

動けない。

獲物を狩るような、それをどこか楽しんでいるような目が俺を捕える。

俺は、瞬きすら出来ず固まっていた。

男たちが近寄ってくる。ニタニタと笑っている。

『ここは滅多に人が来ないんだが』
『客とは珍しいな』
『また処分しなきゃいけないものが増えた』
『どっちからやるか』
物騒な言葉が飛び交う。
身体中の血液が凍っていくような感覚に襲われる。

『ここは危ないから入っちゃいけないって、母ちゃんから教わらなかったか?』

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