一流の女

昨日、テレビをつけていたら、ニュース番組で緊急事態宣言が解除された街の様子は?という感じで六本木を取材していた。


つうか関係ないんだけど手越君の何が悪いのか全くわからないんだけど。ちゃんと説明出来る人います?
ただ酒飲んでただけじゃないの?イメージが良くないのは分かるけど、それを何か、さも轢き逃げしたくらいの勢いで報道してるから何か気持ち悪くてすぐテレビ消しちゃった。

まあ、そのニュースから六本木の様子のニュースになったんだけど、いやテレビ消してないじゃん!のツッコミはおよしよ。とにかく、それを見ていたら昔、六本木でバイトしてた時の事を思い出した。



僕が24歳くらいの頃、六本木駅から東京タワーに向かってしばらく歩いた、飯倉片町にある高級レストランでアルバイトをしていた。
三階建てで、地下がレストラン、一階がカフェー、二階がバー、三階が控え室みたいな一軒家というか、そういう感じの建物でこぢんまりとしているけど、高級感のある店だった。

ふたりで来て、コース頼んでちょっといいワイン飲んだら10万円越えちゃうような店で、もちろんサービス料を10%とるような店だし、もちろんお冷やも無料じゃない。
「お水ください」と言われたらガス入りか抜きかを聞かなければいけないのだ。ガス入りならライムも。ガス抜きの場合も軟水・硬水とあり、当時は何だそりゃ!?と驚いたものである。


そんな店だから著名人がたくさん来た。スポーツ選手から芸能人から政治家や財界の大物やフィクサーまで。
いつもツケで飲み食いするおっちゃんがいて、服装も貧相でその辺のパチンコ屋にいる感じのおっちゃんなのに、たまに深夜ふらっと来てツケを払っていくんだけど、何でもない紙袋に無造作に札束がゴッソリ入っていたりしてビビる。


レストランは22時くらいで閉店して、深夜はカフェーが4時くらいまでやっている。
ある日、僕がカフェーでカップを磨いていると見たことある顔の人がやってきた。
男は、小説家でもあり過去に長野県知事をやっていたような人で、ベロベロに酔っぱらっていた。仮にヤスとする。顔が真っ赤になり浮腫んでいて醜怪だった。ひとりで来た訳ではなく、きらびやかなドレスに身を包んだエグい美女とふたりできた。20代後半くらいの、どこかの一流ホステスなのだろうと思わせる風格があった。

席に案内して、社員の人がオーダーをとり、ワインなど出したりしていた。
で、一瞬空白の時間というか、一階のカフェーには僕とヤスと女性しかいないみたいな時間が訪れた。
するとヤスが「んあっ!?なんだぁ?」と変な声を出し「ちょっとちょっと」と僕を呼んだ。

その店は本当に高級店だし、カフェーもまあ値段が高い。ということはどういうことかと言うと、来るお客さんも社会的に成功している人が多い訳で、何故そんなことになってしまったのか、誰がやったのかは全く不明なのだけど、何とヤスのスーツにガムがついていたのだ。
どういう事かと言うと、ヤスが座っていた椅子の裏のとこにガムが張り付けてあり、それがスーツにひっついて、膝裏のちょっと下あたりでビヨヨヨヨーン、ねっちゃああああとなってしまっていたのである。
僕は超焦った。ヤスは大層不機嫌である。しかも完全に出来上がってる。これどうしてくれんだ?どうなってんだこの店?ちゃんと掃除してんのか?と言ってきた。言い分は尤だし、そんな事が起こる訳がない店というか、起こったこともなかったし、でもそんなとこにガムがあった訳で、申し開きも出来ずただただオロオロするしかない僕。社員は地下のワイン庫から全然戻ってこなかった。衣服に詳しくない僕が見ても仕立ての良い高そうなスーツだった。

するとそんな僕を見かねた女性が「ほらほら、こんなの大したことないじゃない。お兄さんおしぼり持ってきてもらえる?」と笑いながらあたかも何でもないことかのように優しい口調で言いスーツについたガムをとりはじめた。膝裏のちょっと下あたりである。密着した体勢での女性とのボディタッチにヤスが脂下がる。エヘヘと助平そうに笑っていた。何か立ち去るタイミングを逃し、僕はもう無能極まる顔でその場に立ち尽くすしかなかった。

しばらくするとヤスが機嫌治ってきて「いや、いいよいいよ。最初からそんな気にしてないからさ」みたいなことを言いはじめた。女性が献身的にガムをとろうとするも、ちゃんと綺麗にはとれなかった。
すると女性は「じゃあ、いつも来ていただいてるし、今度私がスーツプレゼントしますから。それでいいでしょう?」みたいなことを言ってて、もうヤスはでろでろ。目がハートマークみたいになってた。そのタイミングで女性は僕に目配せして、ニコッと笑っておしぼりを寄越し「これありがとう」と言って、そこから離れるチャンスを与えてくれた。


スゲー。もうただただスゲー。


で、じゃあそろそろ帰ろうかなとなり、会計も終わり、ヤスと女性が店を出る時、女性が僕にポツリと「ホントはあんな人じゃないのよ」と言いながらニコッとして店を出て行った。



エエッッ!?マジでッッ!?凄すぎるんだけどッ!!


ハッキリ言ってまず10割店が悪い。なのに彼女は、僕みたいな何でもない小僧のフォローをしただけでなくヤスの機嫌を十二分にとり、そして!!最後に今後僕がヤスの悪評をたてぬようにさりげなくヤスのフォローまでしたのである。

一流だ。一流すぎる。言葉が出なかった。
ただでさえとんでもない美女なのに、綺麗に着飾り、さらにここまで縦横無尽な気遣い。プロ中のプロである。感動するしかなかった。

俺その一件で感動しすぎて、次の日、関係ないけどヤスの著書買って読んだもん。



まあ10年以上前だからあの女性が今でもそういう仕事をしているかわからないけど、そういう仕事はこの時局もうね、とんでもなく大変だと思う。
なのでニュース見た時に、ちょっと夜の店を非難する口調というか、へらへらしながら小馬鹿にしたような感じで路上のキャッチの兄ちゃんに詰め寄るリポーターを見て、嫌な気持ちになり、テレビを消した。


今度はちゃんと消した。






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