愛しいひと-完-

こんな言説は在り来たり過ぎて市井の人々の心の裡に偏く浸透している故に、今更、殊更に言及する必要は全くないのだけれど、当然、世界は僕を中心に回っている。
モチのロンあなたを中心に回ってもいる。当然のことながらひとりびとりが主人公で、これまた当然のことながらひとりびとりに素敵なドラマがある。
だから僕は人のドラマを聞くのが好きなんです。


僕の物語においてあなたはダブルキャストの主人公のひとりかもしれないし、重要な脇役もしくはただの脇役かもしれない。はたまたクレジットにて劇団某で一括りにされてしまうその多大勢のmobかもしれないし、なんなら僕の物語には登場しない人なのかもしれない。逆もまた然りで、僕は大勢の主人公にとって大概が登場すらしない存在のない存在でもある。

自分が死んでしまったその時に、世界は、宇宙は終わる。消滅するのである。

だから、なるべくならばトゥルーエンド。他人の興味が失せる程のハッピーエンドを迎える為に、真摯に直向きに主人公らしい生活態度を心がけたいと常々思うものである。








僕の愛しいひととのお付き合いがはじまって一ヶ月が経った。数えてみると、30日の間、20日も会っていた。生活圏の違う30歳を過ぎた者同士の恋愛では考えられないようなペースで親睦している。
最近気づいたのだけれど、3日全く会わないと、次第に手足などの末端がブルブルと震えはじめて、コップに入った水を飲もうとしても中身の半分は床にぶちまけちゃうような状態なのです。歌の中だけではなくって、会いたくて会いたくて震えるのは本当にある現象なのだと実感。




金曜日。仕事終わりの彼女の家にお邪魔して、ご飯を一緒に作り食む。
僕は小学生の頃の調理実習以外ではハンバーグを作ったことがないのだけれど、ハンバーグを作ってみた。
これがまた非常に上手く出来て非常に美味くて、ちょっとビビる。ハンバーグ自体も大層美味だったけど、ソースのケチャップとめんつゆと焼き肉のタレ甘口を混ぜて煮詰めたものがまたハンバーグにもご飯にも合う。説明が面倒なので省くけど色々と奇跡が重なって、チェーン店ではないお店で出てくるレベルのものが完成してしまった。

僕の母親はかなり料理が上手なのだけれど、その母親が作ったハンバーグよりも大分美味で、そう言おうとしたら彼女が「私のママが作ったハンバーグよりも美味しい!」と言ったのです。述べようとする感想すら似通って来た。

付き合って一ヶ月記念ということで家を出る前に細やかながらも便箋三枚ほど彼女への手紙をしたためた。
手渡すと彼女はすぐさま封を開けようとしたので、目の前でラブレターを読まれることほど恥ずかしいことはなくこれを制止。彼女は手紙をすぐに読みたがって気も漫ろ。手紙を掲げて顔をベッドに突っ伏して微動だにしなくなり、会話が成立しなくなってしまった。
渡すタイミングを完全に誤ってしまった。食後すぐにではなく僕が風呂に入る直前に渡せば良かった。

おあずけを喰らったわんちゃんのように涎がだらだらと溢れている様を不憫に思い、タイミングを誤った僕が悪いので、じゃあ読んでいいよというと瞳をキラキラさせながら黙って読みはじめた。しばらく僕は羞恥にまみれてテレビ番組などを眺めていたけど、大した内容のない手紙を読むのに随分と長いこと時間が経過しているのでチラッと彼女の方を見ると、なんと2周め、なんなら3周めに突入していて呆れる。
こんなに喜んでくれるのならば、常日頃デートなどした際に手紙をこっそりと彼女の鞄に忍ばせてやろうかしらむ。
彼女は彼女で、一ヶ月記念としてチーズケーキを焼いていてくれた。あまり美味しくないんだけどとの言い訳と共に少し赤面しながら切り分けてくれた。
ハハハ。甘くないどころか何の味もしなかった。
でも、元来欧米ではチーズケーキってこういうモンだからね、欧米では甘くないのがチーズケーキだからねと嘯いてハチミツをかけて食す。するととても美味で、チーズケーキの控えめすぎる甘味は彼女の性格を表しているようでとても好感が持てた。とても美味しかった。彼女の魅力を引き出すハチミツのような存在になりたいななどと思った。






翌日の土曜日。
下北沢のカレーフェスに出掛けようとしていたけれど生憎の雨。一日中雨。寝坊して起きたふたりは昨日のチーズケーキの残りをブランチがわりに食みながら、以前僕が持ってきて置いておいた一番泣いた映画のDVDである『マンチェスターバイザシー』を鑑賞。
僕はもう何度見ただろうか、なのにやはり終盤で涙を流してしまう。彼女も涙をポロポロ流していた。
彼女は結構物語に没入してしまう性質で、物語を見たあとしばらくぐったりとしてしまう。最初の頃は眠くなってしまったりつまらなかったりしたのかな?と思っていたけど、単に没入してしまう性質だと最近は気づいた。ぐったりしてのろのろした動きになっているのをいいことに僕は存分に彼女のほっぺをむにむにしたり、鼻をつんつんしたり、歯の裏側をなめたりした。

駅前のカフェーでお茶でもしたのちスーパーなマーケットで晩飯を考えながら買い物しようと出かける。
あまり広くないカフェーが雨で満席。一旦諦める。近頃寒くなってきたので彼女の家には僕の衣類が半袖短パンしかないのでホームセンターでパジャマらしいパジャマを購入。
もう一度カフェーを外から見やるとまだ満席で、先に食材を買おうとスーパーなマーケットへ。
昨日のハンバーグの余剰があるから、簡単にロコモコ丼にしようと決定。

ハンバーグの他にも何か入れようよとなり、チキンステーキ用のもも肉、ツナ缶、アボガドなどを購買。それと焼きたてだという食パンの薫りにつられ一斤購入。
彼女の家にはツナ缶の備蓄が大量にあり、店内を彷徨きながら「そういえば家にツナ缶あったよね、ツナマヨにして乗っけようよ」というと、今まで僕の提案や我儘に頑強な難色を示したことのない彼女の顔が曇り「…え?…まあ、うん…。え、いくつ使うの?」と怪訝な様子。ひとつ使うかなと答えると、じゃあ買い足さないと!と缶詰コーナーへ駆け足。普段ぽわんとしておしとやかで女性らしい女性なのに、ツナ缶のことになると異常なまでの執着を見せる。普段は大人しい飼い猫がマグロの刺身のことになると途端に凶暴になるのに似てる。
ひとつ使うと言ったのにツナ缶を3つ買っていた。家に帰って確認したら備蓄は5つあった。おそろしい執着です。食パンも買ったので、多めに作って明日の朝パンにツナマヨ塗って食べようと提案し2缶あけると、この世の終わりみたいな顔をしていた。ツナ缶への謎の執着は笑えると同時に愛しい。


僕がチキンステーキを焼いている間、彼女の実家ならではの味付けがあるというのでアボカドの調理を彼女がした。正直僕はアボカドよりもトマトを乗っけたかったんだけどいつの間にかアボカドに押しきられていた。
アボカド別に嫌いじゃないけど、格別に好きかと問われたら世の中から消え失せてもあまり困らない食材くらいの価値しか僕にはなかった。しかしその評価は一変。彼女の味付けは、アボカドをサイコロ状に切り、ゆず胡椒を白だしで溶いたもので和えるというもので、これが超絶美味だった。しかもご飯にも合う。1/3くらい調理中のつまみ食いでなくなった。

色々と材料が揃い、丼に飯を盛り、その上にサラダ。アボカドの美味いやつにツナマヨ、チキンステーキにハンバーグ、昨日のソースに最後に目玉焼きを乗っけてロコモコ丼完成。

これがまた滅茶に苦茶に美味くてちょっと今すぐキッチンカー出店出来るレベルというか、悶絶。特にアボカドが利いててそれぞれの具材との相性もグンバツ。

幸せな気分の持続時間が半端ない程に美味しく、明日は晴れるといいなあと願いながら就寝。





日曜日。またまた少し遅めに起きると外は晴れていて小躍り。朝食のあと早速出かける。

カレーフェスに出撃する前に、新宿から小田急線で下北沢から3つ先の豪徳寺駅で降りて予てより望んでいた招き猫を買いに行く。

駅を降りたらすぐ大きめの招き猫のオブジェがあるんだけど、元気いっぱいカップルの女性の方がはちゃめちゃWピースの満面笑顔で写真を撮っており、こちらまで幸福な気持ちになる。

一度来たことあるにもかかわらず豪徳寺とは反対方向に進んでしまい少し迷子。

豪徳寺に着くと大変に賑わっており、昔来た時は僕の他には2、3人くらいしかいなかったのになあと、そのバンド売れる前から知ってましたけど?という痛いアンフーのイキフンを出してしまった。

途中途中、彼女が写真を撮ってくれたんだけど、オラついた顔で写るという遊びが流行ってしまい、あとで見返すと全くの意味不明の写真達で、ふたりで笑ったもののその面白さは謎で誰にも説明出来ない類いのその場のノリだけのものであり、普通の笑顔で写れば良かったなあと思った。写真は普通に写る。これは真理である。
その他にもお墓があるとすぐに「ホラ墓だよ」と教えてくる墓だよオジサンのキャラが流行してしまい、それ以降街を歩いていても墓を探しながら歩いてしまうという奇行。

そうそう豪徳寺で招き猫と共におみくじも購入した。大吉だった。そりゃそうだろうよと思った。こんな素敵な女性とお付き合い出来ている僕の運勢が悪い訳がない。




下北沢に移動すると時刻は15時半くらいでランチとディナーの合間で開いてる店があんまりないという、すごく中途半端な時間になってしまった。
なので夕まで時間を潰そうと思い、カレーフェスではスイーツとかもあるのでカレーのクリームソーダを出してる店があったのでそこに向かおうとすると地図があるのに読めなくて迷子。迷ってると『農民カフェ』という古民家を改造した洒脱なカフェーがあり、カレーフェス参加店で尚且つ営業していたのでそこに入る。
店内のイキフンもえげつなく良く、気づいたら僕はカレーを食べに下北沢まで来てしかもカレーフェスに参加しているというのに、農民カフェのランチの精進野菜プレートなるものを誂えていた。
その内容物は、ボルシチみたいなスープ、かき揚げ、何かの野菜の唐揚げ、サラダ、冷奴、高野豆腐の酢豚みたいな味付けのやつ、お新香とか他にもいくつかオカズがあり真ん中にライスと全て野菜で構成された定食で、これが見た目も良いし、なにより美味しくて、食後にちゃんと美味いコーヒーまで付いてきて1280円なのでマジでいい店見つけてしまったと思った。夜は一品もあり、お酒も提供しているので例えばデートとかでここに女の子を連れてきたら「この旦はん、いい店知ってはりますわ」と京都美人も口説けるようなお店だと感じる。
でも僕の周りの知人達はもう妻帯者多数で、かつ肉が苦手な田邊さんくらいしかこのお店を紹介出来そうな人がいない。
みたいな会話を彼女としていたら「でもデートでこの店に連れてこられたら、他の女の子と来たのかなーとか、いつも女の子ここに連れてきてるのかなーとか思っちゃうな」と言っていた。なるほど塩梅が難しいところですな。しかし、料理も美味しくリーズナブルで店の雰囲気も大変に良いので本当にオススメのお店ですね。

彼女はカレーの方を食べたのだけど、どちらにも同じ謎の野菜が入っていてコレ何だろうね?となる。

僕は最初鶏肉か?と思ったけど野菜のお店なので肉はないので、これは芋か?大根か?キノコか?それとも…と唸っていると、彼女は同じものを食べて自信満々な顔つきで「茗荷じゃない?」と言ってきた。ハッキリ言って茗荷感は零である。あんなに特徴的な茗荷の味が欠片もないのに「茗荷じゃない?」と自信満々である。
僕は茗荷以外の野菜なら全ての可能性はあるなとは思っていた。ただ茗荷だけは絶対にないと思っていた。なのに彼女は「イッヤー茗荷だと思うなあ小生。茗荷でしょ。茗荷って熱加えると意外とホクホクするのよ」みたいな茗荷説推し一辺倒で、そうそう彼女はこういうところあんのよ、と思った。ふんわりとした空気を纏っているのに意外と頑固で、まあ、そこが可愛いんだけど、絶対に茗荷ではないのだ絶対にな。

埒が明かぬので店員のお兄さんにコレは何かと聞くと「まこもだけですね。竹の一種です」との解答にふたり爆笑。
「もしかして違ってたらすいません、たけのこを茗荷と言い張っていた方ですか?」と街頭インタビュー形式でからかっていると「いえ、違いますねえ。心当たりがありませんねえ」と赤面しながらカレーを掻き込む彼女はそれはそれは愛しかった。
茗荷今度食べさせてあげるねと言うと「食べたことある上で茗荷って言ってるから!」と鼻息荒く、その鼻息を全部吸い込みたいと思った。


このあとぷらぷら散歩しながらアイスクリームの花椒ショコラータとか食べたり、バナナの皮で蒸し焼きにしたカレー食べたりラムチャイ飲んだり、普通のカレー食べたりして結果4店舗も。
最後の店は少し行列が出来てて、行列に並んでいる時の会話の話題の話になった。
彼女は友達とかと行列に並んでいる時に会話が続かなかったりするという。例えば彼女が話題を何か提供しても相手は「へえ~」で終わってしまうことが多いと言う。そんなことある?

まあ、これはお笑いをやってた、やってる、やろうと思っている人は皆そうだけど、会話なんてものは笑わさなくていいなら無限に出来る。その中で面白い、興味深い会話にしていくのが腕の見せ所である。
例えばどんな話題があるの?と彼女に聞くと、そのどれもが興味深いし面白そうなトークテーマだったので、普通に話が膨らんでしまったので止めて、ゲームをする。
相手より、いかに面白くないトークテーマを提供して相手が「へえ~」しか言えなくした方の勝ちというゲームを開始。これは楽しいゲームで、つまらなければつまらないほどいい訳で、絶妙なつまらない話題を提供しなければならず、つまらなすぎても逆に話が膨らんでしまうのでいい塩梅のところを見つけなければならない。

このゲームは楽しく時間はあっという間に過ぎ、いつの間にか席に案内されていたし、店員さんが俺らのオーダー通すの忘れるというポカをして二組分先に他のお客のカレー先に来てるのも気づかず盛り上がり、サービスでドリンクを一杯くれてラッキーだった。


このあと駅ビルのスタバで彼女が珈琲を奢ってくれた。
また明日から仕事だけど、月曜日はテレワークなんで在宅ッスと言うので、僕は一旦家に帰って自転車で彼女の家に向かいお泊まり。

この数日はふたりとも何だか疲れていてすぐ眠ってしまったり、お風呂入ってる間に眠ってしまったりしていたので、ベッドに入りお喋り。すると、ここで思いがけず彼女のドラマが飛び出した。
付き合って一ヶ月だし、少し振り返ったりしてて、付き合うまでの自分の気持ちや行動や流れは当然分かるじゃないですか。でも相手の気持ちや行動や流れはわからないので、それを聞くのが僕は好きで、聞いたらとってもロマンチックでドラマチックな出来事があり、その詳細を書くとまた長くなるので省くけど、いつか話す機会があれば披露したい。

とにかく幸福な気持ちになって夜更かし。



月曜日。今日ですね。
午前中、彼女は家で仕事して午後は在宅の時に行きつけのカフェーがあるという。
仕事の邪魔しないから、と午前中僕は仕事をする彼女を横目にベッドでスヤスヤ眠り、午後家に帰って、じゃあ晩飯を今日も一緒に食べようと約束。あー、アア、あッあー、もうーッ幸せだナーッッ!!





これにて、読んだら必ず目が腐ると言われている惚気話100%の『愛しいひと』は終わり。調子こいて5回も書いてしまった。
なんか、付き合う前の『可愛いひと』もそうだけど、このタイトルはもう相応しくないような気がした。
なぜなら、どちらも僕から見た彼女の感想だからである。可愛いひとだなあ、愛しいひとだなあと思っているのは、何か彼女に対して失礼な気がした。
どういうことかというと、これはもう彼女と俺の話である。今は俺が好き好き好きーってなってる段階ではなくて、ふたりで愛を育んでいっている段階なのである。

なので、これからの惚気話は『育むひとら』としてふたりの物語を書いていこうかなあと思っています。

上手に育めたらいいなあ。




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