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マイルチャンピオンシップ 新馬先生はこう見る〜親愛

プロローグ

学生時代に片思いしていた女の子から、
4年半ぶりの電話がかかってきた。
仮に名前をMとしよう。

ディスプレイに表示された名前にまずビックリしたが、通話ボタンをタップすると、もっとビックリした。Mは鼻をズルズル啜って泣いていた。
大の男が困惑しているのが悟られないように、ただ泣いている理由がわからず、

「大丈夫?」

と僕は声をかけることしかできなかった。
電話越しでも、ピシッと乾いた冬の空気みたいに、お互いが張り詰めているのがわかる。
ふぅーっと呼吸を整えているのが
耳元から聴こえた。
1分もしない内に、
その声は、いつもの凛とした覇気を取り戻す。
さっきまでの弱気を感じさせなくなった声は、当たり障りのない世間話を2、3かわしたのち、

「下の子供のスイミングスクールの送り迎えがあるから切るね。」

と言って、僕らの54カ月ぶりになる会話は3分と少しで途切れた。
たぶん、彼女がかけて欲しい言葉を言えなかったのであろう自分の機転のなさがとても嫌になった。

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20年前のマイルチャンピオンシップ、ゼンノエルシドがフランスの名手ペリエを背に淀のマイルでG1を買った日、人気薄で3着に入ったタイキトレジャーとのワイドは3700円の配当がついた。2週間前、大学の同級生だったMにフラれた腹いせに穴馬を買った馬券が、1ヶ月のバイト代をゆうに超えた収入になった。

祝勝金で、初めて女性にご飯を奢った。でもなぜか、僕が新宿で寿司をおごったのは、Mだった。確かフラれたおかげで儲かったから、好きなものを奢るとでも言ったんだと思う。もう、今となっては誘った理由も覚えてはいない。
回転寿司だったけど、その日食べた鮪はとても美味しかった。

次の年、彼女はバスケサークルのイケメンな代表と付き合いはじめたと友達づてに聞いた。
不思議と悲しくはなかった。
その年の有馬記念を買ったのは、シンボリクリスエス。

ダービーという大事な冠を逃したことで、逆にこの馬へ妙に肩入れしたくなった。馬連は万馬券で的中だったけど、渋谷のカウンターで1人食う寿司の味は、ガリのやたら効いたクセのある渋味以外、何も感じなかった。12月22日の夜、街のクリスマス風情が、僕を悲しい気持ちにさせたのは、たぶん、大好きな馬が4着だったからじゃない。


大学最後の年、シンボリクリスエスは有馬記念を連覇した。僕は4月に大学院へ進むことが決まっていたから、高い参考書を買うためのお金が必要なのに、やっぱりその年のダービーを勝てなかったゼンノロブロイとの馬連1点で勝負し、結果、懐も心も寂しい年の瀬になった。ゼンノロブロイは3着で、ワイドを買っていたなら当たっていたのに、やっぱり欲目をかいて外れたのは、Mが卒業したら、地元に帰ると聞いて焦っていたからではないと思う。いや、思いたい。

翌年の桜花賞、青鹿毛で綺麗なダンスインザムードが武豊を背に駆け抜け、桜の冠を手にした日に、Mは地元に帰っていった。
僕のお金は、桜の花びらと一緒にやっぱり散っていった。
前の年に出た、ケツメイシの『さくら』で流れる「ヒュルリーラ」が頭の中で無限にループしていた。
僕は抜け殻みたいになって、大学院の修士課程1年目は『さくら』のMVに出ていた鈴木えみ似の学部生を大学の図書館で探し歩いたが、そもそも僕は萩原聖人じゃなかったし、本当に心から求めていたのが、それでないことに、どっかで気付いていた。空虚だった。

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舞台が阪神になるだけで、
エリザベス女王杯とJCの間で開催されるマイルCSは20年前と変わらない。
前段が長くはなったが、それでは予想に入ろう。

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データ

今年阪神開催の秋のG1レースはコース傾向や、レースの隊列のデータを取るには、参考にするデータが少ない。その上で顕著に出ているポイントだけまとめる。

①牡馬/牝馬
過去10年で連対した牝馬はただの1頭。昨年のグランアレグリアのみ。3着以内も2頭のみ。
つまり、牡馬圧倒的有利。牝馬が2頭以上、3着以内に入ったレースは過去10年間ない。

②年齢
4歳が圧倒的に強い。瞬発力が問われるので若馬が強い傾向が出ている。
過去10年、3着以内に入った馬の年齢
4歳馬 14/30 46%
3歳馬 3/30 10%
5歳馬 10/30 33%
6歳馬 3/30 10%

ただし、3歳馬は世代によって勝つ場合があり、2017年はペルシアンナイト1着、サングレーザー3着など確率を無視する傾向がある。逆に6歳馬は過去5年で見ると1回も3着以内に来ていない。

③前走
G1 連対率 19%
G2 連対率 9%
G3 連対率 11%
それ以外で前走オープン特別以下で3着馬はいない。

着順も面白く、前走8着以下で3着以内に入った馬はいない。

これをまとめるとこうだ。

3.4.5歳牡馬で栗東所属
G3以上の重賞8着以内の馬は切れない

該当馬は カテドラル,グラナディアガーズ、ダノンザキッド、ダーリントンホール、ホウオウアマゾンとなった。


調教

阪神外回り1600mで開催されるマイルチャピオンシップ。外回りコースは直線が少し長く、ゴール前に坂が待っている。
よって、調教で評価したいポイントは2つ
・坂路時計、特にラスト2Fの時計が早い
・CWは6F調教があるか(特に距離延長組)
・坂路とウッド両方をこなしているか

調教評価1位 グレナディアガーズ

CW2本、坂路5本。量は足りていて、池添騎手が乗った1週前調教が秀逸。直線に入りスッとエンジンが加速。併走馬を突き放した。
京成杯が緩めに見えたので、上昇して見える。
この馬、前走からなんとなくそうじゃないかなと思っていたのだが、とにかく、周りの馬を気にしない。併走馬を毎回気にしてる素振りが見えないのだ。なので、調教の結果がレースに反映しやすいタイプなのだと思う。

調教評価第2位 カテドラル

坂路7本 CW 1本
坂路中心に仕上げた組の中では1番高い評価にした。元々坂路中心に仕上げる馬だが、1週前に強めでCWで終いの早い時計。最終に坂路。前走に比べると4Fで1.6、ラストで0.5を縮めてる。
しかも、2Fからさらに加速して早い時計。力は発揮できる状態だと見える。

調教評価第3位 サリオス

坂路5本、ウッド5本
ブリンカーを着けて走った1週前追い切りの走りが凄かった。というか、ブリンカーが効きすぎていたのかもしれない。坂路は調整程度、最終も輸送かねて軽めだけれど、量、質共に十分な状態と言える。本番のブリンカーがどう出るかだが、仕上げてきたと感じられた。

調教評価第4位 ホウオウアマゾン

中2週組の中で、1番いいなと思ったのが当馬。距離延長に対して、メンバー内唯一の7F調教をしていた。間隔が短い中で、この調教が出来たのは調子のいい証左だと思う。
今回見ていて気付いたのだが、後脚が本当によく動いている。矢作調教師の仕上げはさすがだと思う。


調教評価第5位 ダノンザキッド

力は出せる状態。中2週で、1週前も最終もCW6Fで走っていた。短距離仕様になってきた所でCWを2本重ねたがラスト1Fで早い時計が出せている。力関係が気になるが、前走よりは上昇している。

これ以外にも、シュネルマイスター、ダーリントンホール、ケイデンスコールなどはよく見えた。全体的に出来が良い馬が多い。

最後にグランアレグリアについて。

よく出来ている。前走が叩きだったんじゃないかと思うくらい、よく動いている。
けど、これは俺の知ってる藤沢和雄厩舎の調教に感じられなかった。よく言えば、勝ちに来た。なんとなく最後ガッツリこなして見えたが、いつもの調教と比較がしにくい。とにかく、中2週で坂路7本は凄まじい。そして、美浦ウッド6Fで80.3。
評価を迷わせる最終追い切りだった。

エピローグ

その後、8年の歳月が経って、招待状が届いた。
Mの結婚式に大学の友人として呼ばれたのだ。
彼女のお腹の中には新しい生命が宿っているのも、少し前に本人から聞いた。

招待状を開けると、小さくて横に長い長方形の紙が封入されており、


「誠に恐れ入りますが 当日 披露宴での余興をお願いしたく 何卒よろしくお願いいたします。」

と印字されていた。

「残酷なことするよな…」
思わず、ボソッと呟いた。

当日、ウルフルズの「バンザイ」を余興で熱唱した前後のことは、もうあまり覚えていない。
実際に頭の中で流れていた音楽はオフコースの「さよなら」で、Mの両親と2人の姉から、お礼を言われて、ビールをお酌された後からは間違いなく記憶がない。朝気付いたら、地方のビジネスホテルでチェックアウトを知らせるフロントからの内線を重い鈍痛が頭に残ったまま聞いた。


けど、2日酔いの中、天皇賞・秋をスピルバーグが勝ったことはよく覚えている。
前乗りで入ったビジネスホテルで見た映画が、
スティーブン・スピルバーグ監督の
『インディジョーンズ スカルの王国』
だったから。

それから、またしばらく時間が経って、藤沢調教師がレイデオロで念願のダービーを勝った頃だったと思う。夜にMから着信を知らせる通知が携帯の画面を明るく照らした。
折り返しの電話をかけてみると、スマホから聞こえたのは女性の声ではなく、少し遠くから聞こえる男性の怒号だった。

「お前が浮……………々、許さ……………だぞ」

途切れ途切れだが、力強い声が響いた。


「ごめんね」

と今度は聞き覚えのある声がかすかに聞こえたあと、スマホの画面は暗くなった。

それ以降、僕はMに年賀状を送ることも、LINEを送るのもやめた。

ちょうどその頃、健康診断の2次検査で僕の肺に重篤な疾患が見つかった。
病院と借家の行き来が増えて、これからの残りの生活をどう組み立てていこうか悩んでいた頃だったし、もう人との会話や接触が億劫になった。

それが僕と彼女との20年にわたる記憶の全てだ。

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Mとの記憶を遡る時、思い出すのはその週末で激走していた馬の記憶だ。

競馬を始めた頃、僕の師匠が初めて教えくれたのは、

マイルの藤沢和雄厩舎は黙って買え


と言う格言。

Mからの連絡。

"Mile"からの連絡

マイルからの知らせ。

28年前の11月21日、今年のマイルチャンピオンシップと同じ日。
藤沢和雄厩舎が初めてG1を勝ったレースは
マイルチャンピオンシップ
シンコウラブリイはやっぱり牝馬だった。

この物語に出てくる全ての馬を育てた
藤沢和雄調教師に敬意を表して。


2021年 11月21日
マイルチャンピオンシップ
僕の本命馬は
グランアレグリア

「大喝采」を意味するその馬が、
偉大なる調教師の勇退と
自身のラストランを送る。
万感のフィナーレとなることを信じて。

買い目はグランアレグリアから
3連単1着固定、2着固定の6頭流し

カテドラル,グラナディアガーズ、ダノンザキッド、ダーリントンホール、ホウオウアマゾン、
そして2014年に藤沢和雄調教師が8年ぶりにG1を制したスピルバーグに絡めて、インディチャンプを加えました。

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