単位つきの量の四則演算

こんにちは,S𝒾N..です。
今回は,単位つきの量を数学的にどのように扱うか,私なりに考えてみた結果を書き連ねたいと思います。


方針

まずは具体例から……

単位つきの量の加減乗除が満たすべき性質を考えるために,まずは具体例を考えてみましょう。

〈例1〉
$${3\ \mathrm{m} + 5\ \mathrm{m} = 8\ \mathrm{m}}$$

〈例2〉
$${2\ \mathrm{m} × 5\ \mathrm{m} = 10\ \mathrm{m}^2}$$

具体例2つだけから体系をつくるのは難しいですが,〈例1〉の計算が,ベクトルと似ていることに気づくと,線型代数を応用することができそうです。

〈ベクトルのアナロジー〉
$${3 \boldsymbol{v} + 5 \boldsymbol{v} = 8 \boldsymbol{v}}$$

線型代数の復習

以下の説明に必要な部分だけ復習しておきます。

線型代数が対象とする線形空間 [ベクトル空間] は,次の8つの性質を満たす3つ組$${\left(V,\,+,\,\circ\right)}$$($${+:V\times V \to V;\,\left(\boldsymbol{v},\,\boldsymbol{w}\right)\mapsto \boldsymbol{v}+\boldsymbol{u},\ \circ:F\times V\to V;\,\left(a,\,\boldsymbol{v}\right)\mapsto a\circ\boldsymbol{v}}$$)のことを指します(体$${F}$$の元をスカラー,$${V}$$の元をベクトルといいます)。

(ⅰ) $${\left(\boldsymbol{v}+\boldsymbol{w}\right)+\boldsymbol{u} = \boldsymbol{v} + \left(\boldsymbol{w}+\boldsymbol{u}\right)\,\left(\boldsymbol{v},\,\boldsymbol{w},\,\boldsymbol{u}\in V\right)}$$

(ⅱ) $${\boldsymbol{v}+\boldsymbol{w} = \boldsymbol{w} + \boldsymbol{v}\,\left(\boldsymbol{v},\,\boldsymbol{w}\in V\right)}$$

(ⅲ) $${\left(\exists\,\boldsymbol{0}\in V\right)\,\left(\forall\,\boldsymbol{v}\in V\right)\,\left(\boldsymbol{v} + \boldsymbol{0} = \boldsymbol{v}\right)}$$

(ⅳ) $${\left(\forall\,\boldsymbol{v}\in V\right)\left(\exists\,-\boldsymbol{v}\in V\right)\left(\boldsymbol{v}+\left(-\boldsymbol{v}\right)=\boldsymbol{0}\right)}$$

(ⅴ) $${a\circ\left(\boldsymbol{v}+\boldsymbol{w}\right)=a\circ\boldsymbol{v}+a\circ\boldsymbol{w}\,\left(a\in F,\ \boldsymbol{v},\,\boldsymbol{w}\in V\right)}$$

(ⅵ) $${\left(a+b\right)\circ\boldsymbol{v}=a\circ\boldsymbol{v}+b\circ\boldsymbol{v}\,\left(a,\,b\in F,\ \boldsymbol{v}\in V\right)}$$

(ⅶ) $${a\circ\left(b\boldsymbol{v}\right)=\left(ab\right)\circ\boldsymbol{v}\,\left(a,\,b\in F,\ \boldsymbol{v}\in V\right)}$$

(ⅷ) $${1\circ\boldsymbol{v}=\boldsymbol{v}\,\left(\boldsymbol{v}\in V\right)}$$

線型空間には,必ず基底とよばれる$${N}$$個(個数は線型空間ごとに一意に定まる)のベクトルの集合$${B=\left\{\boldsymbol{u}_1,\,\boldsymbol{u}_2,\,…\,…\boldsymbol{u}_N\right\}}$$が存在し,$${V}$$の任意の元$${\boldsymbol{v}}$$を,$${\boldsymbol{v}=\displaystyle\sum_{i=1}^N{a_i \circ \boldsymbol{u}_i}}$$と一意に表せることが知られています。
行列表示すると,
$${\boldsymbol{v}=\begin{bmatrix}\boldsymbol{u}_1&\boldsymbol{u}_2&\cdots&\boldsymbol{v}_N\end{bmatrix}\begin{pmatrix}a_1\\a_2\\\vdots\\a_N\end{pmatrix}}$$
となります。

共通の体$${F}$$上の2つの線型空間$${\left(V,\,+,\,\circ\right),\,\left(W,\,+,\,\circ\right)}$$には,テンソル積が定義できます。
ここでは説明の都合上,テンソル積の定義は省略しますが,基底を使うと,$${\boldsymbol{v}\otimes\boldsymbol{w}=\displaystyle\sum_{i,\,j}{v_i w_j \circ \left(\boldsymbol{u}_i\otimes\boldsymbol{x}_j\right)}\,\left(\boldsymbol{v}=\displaystyle\sum_i{v_i\boldsymbol{u}_i},\,\boldsymbol{w}=\displaystyle\sum_j{w_j\boldsymbol{x}_j}\right)}$$と表せる,という知識が重要になります。

単位つきの量の四則演算

さて,ようやく本題。

定義と公理

[公理 2.1] 単位つきの量は,線型位相空間("連続")かつ対称代数(テンソル積が可換)であるような線型空間の元である。

[定義 2.1] 「単位」とは,[公理 2.1]の線型空間の基底である。

[公理 2.2] 単位つきの量の和は,ベクトルとしての和である。

[公理 2.3] 単位つきの量の積は,テンソル積である。

[公理 2.4] 単位の元は,テンソル積における乗法逆元をもつ。 単位つきの量の商は,単位の各元を乗法逆元で置き換え,成分は逆数をとったベクトルとのテンソル積である。

文だけだと分かりにくいので,最初に挙げた〈例1〉,〈例2〉をみてみましょう。

$${3\ \mathrm{m}+5\ \mathrm{m}=8\ \mathrm{m}}$$
$${3\ \mathrm{m}}$$,$${5\ \mathrm{m}}$$,$${8\ \mathrm{m}}$$は,いずれも単位つきの量です。単位として$${\mathrm{m}}$$を採用すれば,行列表示で,
$${\begin{bmatrix}\mathrm{m}\end{bmatrix}\begin{pmatrix}3\end{pmatrix}+\begin{bmatrix}\mathrm{m}\end{bmatrix}\begin{pmatrix}5\end{pmatrix}=\begin{bmatrix}\mathrm{m}\end{bmatrix}\begin{pmatrix}8\end{pmatrix}}$$
と書けます。

$${2\ \mathrm{m}\times5\ \mathrm{m}=10\ \mathrm{m}^2}$$
$${\begin{bmatrix}\mathrm{m}\end{bmatrix}\otimes\begin{bmatrix}\mathrm{m}\end{bmatrix}=\begin{bmatrix}\mathrm{m}^2\end{bmatrix}}$$と定義することにより,行列表示で,
$${\begin{bmatrix}\mathrm{m}\end{bmatrix}\begin{pmatrix}2\end{pmatrix}\otimes\begin{bmatrix}\mathrm{m}\end{bmatrix}\begin{pmatrix}5\end{pmatrix}=\left(\begin{bmatrix}\mathrm{m}\end{bmatrix}\otimes\begin{bmatrix}\mathrm{m}\end{bmatrix}\right)\left(2\times5\right)=\begin{bmatrix}\mathrm{m}^2\end{bmatrix}\begin{pmatrix}10\end{pmatrix}}$$
と書けます。

ついでに,〈例3〉$${10\ \mathrm{m}\,/\,5\ \mathrm{s}=2\ \mathrm{m/s}}$$も確認。
これについても$${\begin{bmatrix}\mathrm{s}\end{bmatrix}\otimes\begin{bmatrix}\mathrm{/s}\end{bmatrix}=1}$$であるような単位の元$${\mathrm{/s}}$$を用意し,$${\begin{bmatrix}\mathrm{m}\end{bmatrix}\otimes\begin{bmatrix}\mathrm{/s}\end{bmatrix}=\begin{bmatrix}\mathrm{m/s}\end{bmatrix}}$$と定義することで,行列表示によって,
$${\begin{bmatrix}\mathrm{m}\end{bmatrix}\begin{pmatrix}10\end{pmatrix}\otimes\begin{bmatrix}\mathrm{/s}\end{bmatrix}\begin{pmatrix}1\,/\,5\end{pmatrix}=\begin{bmatrix}\mathrm{m/s}\end{bmatrix}\begin{pmatrix}2\end{pmatrix}}$$
と書けます。

ここでみたように,単位の元$${\mathrm{u}_1,\,\mathrm{u}_2}$$のテンソル積は$${\mathrm{u}_1\mathrm{u}_2}$$とし,単位の元$${\mathrm{u}}$$の乗法逆元は$${\mathrm{/u}}$$または$${\mathrm{1/u}}$$,あるいは$${\mathrm{u}^{-1}}$$とする記法を採用しておくと,楽です。
現在の国際単位系(後述)では,この記法が採用されています。

単位つきの量の線形空間がもつ性質と異単位量の足し算

[定理 3.1] 単位つきの量の線型空間は無限次元である。
これは単位の元どうしのテンソル積によって新たな単位がいくらでもつくれることから導かれます。

[定理 3.2] 単位つきの量の線型空間には,部分空間が存在する。
証明は略しますが,上の〈例1〉でも,元$${\mathrm{m}}$$のみの空間を考えているので,厳密には単位つきの量の線型空間の部分空間を扱っていることになります。

[定義 3.1] 単位の元として,$${1,\,\mathrm{m},\,\mathrm{kg},\,\mathrm{s},\,\mathrm{A},\,\mathrm{mol},\,\mathrm{K},\,\mathrm{cd}}$$を採用した表示を「国際単位系」という(それぞれの単位の定義については割愛)。

[定理 3.3] 単位の元には,固有の次元 ($${1\left(=\dim{\left\{1\right\}}\right)\mathrm{L}\left(=\dim{\left\{\mathrm{m}\right\}}\right),\,\mathrm{M}\left(=\dim{\left\{\mathrm{kg}\right\}}\right),\,\mathrm{T}\left(=\dim{\left\{\mathrm{s}\right\}}\right),\,\mathrm{I}\left(=\dim{\left\{\mathrm{A}\right\}}\right)}$$など)が存在する。

[公理 3.1] 同一の次元をもつ単位の元に限り,基底変換が可能である。
例えば,$${\mathrm{in}}$$(インチ)と$${\mathrm{m}}$$は同じ次元$${\mathrm{L}}$$をもつので,$${\begin{bmatrix}\mathrm{in}\end{bmatrix}=\begin{bmatrix}\mathrm{m}\end{bmatrix}\begin{pmatrix}0.0254\end{pmatrix}}$$のように基底変換ができます。

ここで,このnoteの定義では,$${2\ \mathrm{m}+5\ \mathrm{kg}}$$のような,異なる次元をもつ単位つきの量の和を考えてもよいことに注意しましょう(物理的意味はないと思いますが)。

[公理 3.2] 単位の元の和の次元は,単位の元の次元の和となる。
例えば,$${\dim{\left\{\mathrm{m}+\mathrm{kg}\right\}=\mathrm{L}+\mathrm{M}}}$$です。

[公理 3.3] 単位の元の積の次元は,単位の元の次元の積となる。
例えば,$${\dim{\left\{\mathrm{m}^2\right\}}=\mathrm{L}^2}$$で,$${\dim{\left\{\mathrm{m/s}\right\}}=\mathrm{L}\,\mathrm{T}^{-1}}$$です。

[定義 3.2] 単位つきの量の次元は,単位の元の次元である。

[定理 3.4] 国際単位系における単位の元$${1}$$によって張られる部分空間に限り,ノルム空間である。
証明は省略します。

[定義 3.3] 単位つきの量の線型空間を定義域とする関数は,単位つきの量$${Q}$$に関する冪級数$${a_1Q^0+a_2 Q^1 +\cdots\,\cdots}$$,またはその逆関数によって定義される(注:冪級数だけでなく,有理数乗の級数もあり得る気がしますが……)。
例えば,実数(あるいは複素数)の関数である$${\exp{\left(x\right)}}$$は,単位つきの量$${Q}$$の関数としては$${\exp{\left(Q\right)}=\displaystyle\sum_{k=0}^\infty{\dfrac{Q^k}{k!}}}$$と定義されるのですが,[定理 3.4]から,この関数は単位つきの量の次元が$${1}$$であるときにしか厳密に定義できません(俗にいう"指数関数の引数は無次元"に対応します)。このことから,次の定理が成り立ちます。

[定理 3.5] 無限冪級数の引数となるのは,単位の元$${1}$$によって張られる部分空間の元のみである。

ついでなので言っておくと,$${\ln{\left(Q\right)}}$$は$${\exp{\left(Q\right)}}$$の逆関数ですが,$${\exp{\left(Q\right)}}$$に次元をもたせることが可能なので(単位つきの量をかけてしまえばよい),対数関数の引数はどの次元の量でも構いません(もちろん,返り値は無次元量ですが)。

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