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偽りの何百人より、たったひとりの存在


ふと、周りを見渡すと誰もいなかった。
だぁれも残ってなかった。



孤独が恐くて
繕って生きてたけど
結局それが、ほんとうの孤独をうみだす。



恐れが動機か
喜びが動機か。



自分の奥底の底の底の底のほうにある神聖なところ。対話した。何度も何度も。
ここ数ヶ月外へ向かう意識はほとんど興味がなくなり、別人になった?と思うぐらい変化した。
変化とゆうよりも、生きながらにしてウマレカワル。そんな感じ。



本当は、どうしたい?
そう寄り添い問いかけて見続けたところ
自分が望んでる生き方や在り方は
全然これまでとは違うって気づく。
気づいてしまった。



SNSも含めて様々なところから様々な情報を
気づいてないところからも
沢山わたしたちは受けとり生きている。
本当にそれあなたの声なのかな?
誰かの声じゃない?
誰かの声を、自分の声だと勘違いしたり
ごちゃごちゃになったり、迷走したり
そんなことを繰り返してきたから
やっと、ここへ辿りついた。
これまで自分が息させてもらってきた道とは全然違う。その道の歩み方も全然変わってくる。
戸惑いはあったけれど、それよりも偽りの自分でこのまま息続けるほうが苦しいとおもった。
自分に失礼だとおもった。



このまま生きてしまったら孤独とゆう穴は、
さらに深く深く虫喰むように掘られていくと思った。だから自分との決断をたくさんしてきた数ヶ月。



そのおかげで見事にのこるものは、笑っちゃうぐらい少なかった。全捨離。全てにありがとうする。



胸がね、きゅーってなった。
やっぱり独りになることはこわいなって思った。だけどね、そうでもしてわたしはわたしのまんま息てみたいと思った。そっちの方がワクワクするって純粋に思った。



そして、何百人と外へ外へと広げ続けてきた人達よりもたった一人、わたしがわたしのまんま生きても隣にいてくれる人がいた。




そのパワーは果てしない。
たった一人いればよかった。無理になにかをしようとしなくてもよかった。無理に繋がろうとする必要もなかった。
本当に自分を愛し大切に生きること。
そうやって生きることを体現しながら今日を生きさせてもらってる。それをわざわざ誰かに見せることもなくなったし見せたいとも思わなくなった。人生が大きく変わる時は、外へ向くよりも内へ向くエネルギーがつよくなる。
そうやって生きていく先に、繋がる人、残る人、再び巡り合う人がいてくれたらうれしいし、いなかったとしても自分が自分と繋がって生きられているから、大丈夫だって本心からおもえてる。



今までありがとうね。
ほんとうに感謝してる。
わたし自身にも、登場してくれた人達にも。




ありがとうございます🥰