二匹の招き猫の謎


突然だが、うちには招き猫が二体いる。
1つは、うちの父さんが商売繁盛のために買ってきた、招き猫。うちの父さんは、パン屋をしているのだが、最近はなかなかパンが売れず、困っているようだ。だから、この招き猫が役に立っているのかはわからない。
この招き猫は、ところどころハゲてきてはいるが、まだ白い色の猫だから、そんなに時間が経っているわけではない。15年くらいだろうか。
もう一つ、謎に満ちた招き猫がある。これはじいちゃんが若いころからあるらしい。
じいちゃんは、兵隊さんで、満州にいたこともあった。命からがら生き延びてきた時に、この招き猫を持って帰ってきたらしい。
この猫は、もう白くはない。塗装がハゲていて、中から黒い色が見えている。少なく見積もっても、60年は経っているだろう。
僕は、ふと気になった。この招き猫を買った、じいちゃんはどういう気持ちだったのだろうか。僕は、戦争がどういうものなのかも聞いてみたかった。
「父ちゃん、ちょっと俺、じいちゃんのところに行ってくるわ。」
「どうしたんだ、カンジ。まあ行ってきてもいいけど、気をつけろよ。」
「わかった。」
じいちゃんの家は、電車で3駅くらいのところにある。そんなに遠くはないので、ちょくちょく顔を出したりしている。
じいちゃんも、ばあちゃんもまだ健在だ。でも、じいちゃんは最近、ボケが始まってきているらしい。今のうちに、聞けることは聞いておきたかった。
中野駅を降りて、徒歩10分のところに、じいちゃんの家はある。
「じいちゃん、カンジだよ。元気してる?」
じいちゃん、ばあちゃんが玄関まで来てくれた。
「おお、カンジか。でかくなったな。今何歳だ?」
「15歳になったよ。じいちゃん。」
ばあちゃんがいう。
「ちょっと待ってね。カンジくん。お茶を出すから。」
「ありがとう、ばあちゃん。」
じいちゃんは、もう80歳近い。ばあちゃんの方が、4歳若い。
「はい、カンジくん。」
ばあちゃんが、お茶を出してくれた。じいちゃんと二人で、お茶をすする。
「じいちゃん、うちにさ、招き猫が2体あるだろ?」
「うん?そうじゃったな。わしが買ってきたのと、コウジが買ってきたのと。」
僕の父ちゃんは、コウジという。
「じいちゃんはさ、なんであの招き猫を買ってきたの?」
じいちゃんは、遠い目になった。少し、苦しそうな目でもあった。
「あれは、わしが18歳のころじゃった・・。」
じいちゃんは、語り始めた。
じいちゃん、ケンジは18歳の頃、兵隊になった。それからすぐ、満州に渡った。満州は、その時は日本の領土だったが、今は中国の一部である。日本が植民地としていたところだ。
満州には、日本人街という、日本人がたくさん住んでいる街があったらしい。
日本人がたくさんいたので、言葉で苦労することはなかったらしいが、時々、中国人からすごい目つきで睨まれることもあったと、じいちゃんは言った。
「その時はつらかったぞ。わしも、彼らの気持ちがわかるからな。」
おじいちゃんは言った。
「わしは、来る日も来る日も、訓練に励んでおった。コントロールが良かったからな。手榴弾と言えばケンジだ、なんて言われたこともあったよ。」
でも、じいちゃんは争いごとが好きではなかった。
「わしは、商売がしたかった。わしの両親は本土で酒屋をしておってな。その店を継ぎたかったんじゃ。」
本土というのは、今の日本のことである。
じいちゃんは、訓練を毎日しながらも。安らぎを求めていた。だから、たまの休みのとき、日本人街を一人でぶらぶらしていたそうだ。
じいちゃんは、ある日、日本人街の中で、骨とう品を扱っている店を見つけた。そんな店はあまりなかったので、じいちゃんはその店に入った。
「その時、あの招き猫を見つけたんじゃ。」
招き猫を見かけたじいちゃんは、一目みて、その招き猫が気に入ったらしい。その時は、白くてピカピカの招き猫だったそうだ。
じいちゃんは、店主と話をする。
「うちも、こういう感じで商売をしてますからね。招き猫を置いてみたんですよ。お客さん、気に入りましたか?」
「店主、私は本土で商売がしたいんです。」
「そうですか。早く平和な世の中になると良いですよね。」
じいちゃんは、戦争なんてしたくなかったそうだ。日本はみんな、戦争に沸いていたが、中には店主やじいちゃんのような人もいたらしい。
じいちゃんは、その招き猫を買った。そして、自分は絶対に生き残って、本土で商売をするんだという決心をした。
そうこうしている間、日本は太平洋戦争の真っただ中だった。
1944年、東京が空襲にあったということを、じいちゃんは新聞から知った。
じいちゃんの実家は、東京にあった。じいちゃんの家は大丈夫だろうかと、じいちゃんは気が気でなかったそうだ。
じいちゃんは、訓練から帰ると、招き猫を磨いた。実家が空襲で焼けていませんように、家族が無事でありますように。との願いを込めて。
1945年、日本に原爆が落とされた。広島と長崎に立て続けに。
そして、日本は敗北宣言を出した。
じいちゃんの周りには、亡くなった友人などもいたらしい。じいちゃんが生き残ったのは、運が良かったに過ぎないと、じいちゃんは言った。
そして、じいちゃんは本土に帰ることになった。じいちゃんの家は、奇跡的に無事だった。しかし、じいちゃんのおじさんは、空襲の爆弾で亡くなった。
「わしは、両親と、兄弟と合わせて5人家族じゃった。おじさんは残念じゃったが、うちの家族が無事でいたことに感謝した。もしかしたら、招き猫がうちの家族を守ってくれたのかもしれんと思うとる。」
その後、カンジの父親、コウジが生まれ、残念ながら、じいちゃんの実家である、酒屋はつぶれてしまった。しかし、じいちゃんは縁起がいいものとして、コウジに招き猫を大切にするよう言ったらしい。
コウジは、商売では苦労しているが、病気はなく、いたって健康だ。じいちゃんは言った。「うちにとって、招き猫は商売繁盛には向いていないかもしれんが、うちのことを守ってくれている、守り神のようなものだと思うとる。だからカンジ、父ちゃんが買ってきた招き猫も、わしが買ってきた招き猫も、大切にしておくれ。」
僕は、うんと頷いた。
そのことがあってから、もう15年が経った。僕、カンジは30歳になっている。じいちゃんは、5年前に亡くなった。
でも、父親、コウジはまだパン屋を続けられているし、僕も、パンの仕込みなどで父親を手伝っている。招き猫は、まだそのままだ。

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