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桜散らぬ 桃色の里


初めに
東の妖怪を束ねる長の桜鬼(おうき)と
西の妖怪を束ねる長の九鬼(きゅうき)は
長年の争いが絶えぬ者同士、そこに人間の
娘、朱(あかね)が現れた事で状況は一変する

(N)
ここ桃色の里は年中桜が咲き、辺り一面桃色に染まった美しい里
この里の長は、里の名に相応しい桜の鬼、と書いて桜鬼(おうき)と言い、共に暮らす仲間の妖怪にはそれは優しく、家族、兄弟の様に毎日を過ごしていた。
桜鬼は争いは好まず、己が長であるにも関わらず仲間達と畑を耕し、家屋の手入れも一緒に汗を流し気持ちのいい汗だと喜んでいた。

(桜鬼)
ぷは〜、やっぱり汗を流した後の酒は美味いの〜
おお〜! 今日の飯は俺の大好きな芋煮ではないか
畑で皆で採ったヤツか!
ん〜、美味い、 皆の頑張りが味に出ておるわ(笑)
ん? お主大根を引っこ抜く時、尻もちをついておったが、大事ないか?
美味い芋煮で痛みなど飛んでいっただと?
お芋様々だな〜!(笑)

(N)
こんな風に桃色の里はいつも笑いが絶えず、和やかな雰囲気の中で、桜鬼と仲間達は過ごしていた
そんなある日、人間界では食うに困った家で
口減らしを行っているとの話を仲間の妖怪から聞いた桜鬼は、「自らの手で家族の命を絶っている人間は何とおろか」、、だと、肩を落とし屋敷の桜を眺めていた。
東の妖怪達は決して人間には害を加える事はしない、人間達は畑を荒らし、川を汚し、自分達が食うに困るのは、桜鬼達の仕業だと、勝手に思い込んでいた。
そんな時、人間が勝手に作った生贄を差し出す洞穴に1人の娘が連れて来られた、
その娘の名は朱、、
朱は病で親を亡くし、兄弟もなく、天涯孤独であった為生贄として差し出された

(村長)
よいか、朱! 妖怪達の怒りを収めるには、もう、こうするしかないんだ、許せ、、

(朱)
村長さん、いいんですよ、
これで村の人達が助かるのなら、私は喜んで参ります。

(村長)
屋敷に連れて行かれれば、お前はきっと殺されてしまうだろう、、命果てる前に村を救ってくれるよう、頼んでくれまいか?

(朱)
はい、必ずお伝えします。

(妖怪)
桜鬼様! 大変だ〜!
生贄の洞穴に人間の娘が居ます!

(桜鬼)
何だと? 人間は自らの手で身内の命を絶つ事に飽き足らず、生贄まで差し出してくるとは、、
そのままにしておいては、その娘はいずれ死んでしまうだろう、、 よいか、怖がらせる事なくその娘を連れて参れ、、

(N)
屋敷に連れて来られた朱はブルブルと震え、顔を上げる事が出来なかった、 襖をスっと開ける音がし朱の前に誰かが座った、、
低い声でゆっくりと朱に話しはじめた

(桜鬼)
人間の娘よ、怖がる事ない
心配せずとも、我らはそちを食うたり、殺したりはせん

(朱)
ど、どうか! 村を救って下さいませ!
この願い聞き入れて下さるなら、私を今すぐお食べ下さい!

(桜鬼)
恐ろしさの余り、我の声が聞こえてはいなかったか、、
娘よ、下を向いていては話が出来ぬ、
伏せた顔を上げてくれぬか?

(N)
朱は恐る恐る顔を上げ、正面に座る桜鬼を見て驚いた!
これまで想像していた、恐ろしい形相の妖怪とは全く違っており、何とも優しい微笑みを浮かべた1人の男が座っていた為だ、、

(桜鬼)
娘、そちの名を教えてくれぬか?

(朱)
わ、私は朱、、と申します

(桜鬼)
朱か、よい名だな〜、怖がる事はないぞ
先程も申したが、我々は人間を食うたり殺したりせん

(朱)
え? 食べないのですか? 妖怪は人間に悪さをし
生贄は殺され、食べられるものだと言われ育って来たのです、

(桜鬼)
人の子は我らの事をその様に聞き育つのか、、
確かに、他の里の妖怪は人間に悪さをしてると聞いた事はあるが、、
この里の者は人に悪さはしない

(朱)
そうだったのですか?

(桜鬼)
それが分かれば、人の里に戻るがいい

(朱)
あの、、妖怪様! 私はもう里に戻る事は許されぬ身、ここに置いて貰う訳には参りませんか?
何でも致します、洗濯も食事も掃除も、

(桜鬼)
はははっ! 朱、そちは面白い娘だな〜
行き所が無ければここにおれば良い
何もせずとも良い、何も考えず自分の家と思うて過ごせばいい、
あっ! 朱、我は妖怪様でなく、桜鬼と申す
桜鬼と呼んでくれ!

(朱)
桜鬼、、様 ありがとうございます

(桜鬼)
皆よく聞け! 今日よりこの朱は我らが家族となった!
暖かく迎え入れ共に楽しい日々を過ごそうぞっ!

(N)
こうして朱は、桃色の里の家族となった
朱は妖怪達との楽しい日々を過ごし、その心は癒されていった、
小さな子達の面倒を見たり、皆の食事を作ったり
掃除に洗濯、時に喧嘩が始まれば小さな菓子を手にし、その者達に「皆で一緒に食べましょう」と優しく声を掛ければ、喧嘩をしていた事も忘れてしまう程に、妖怪達は皆朱の暖かい笑顔に見惚れていた
そんな暮らしが1年経った頃、桃色の里ではいつもと同じ和やかな空気が流れ、桜の木の下で皆が朱を囲み話をしていた、
そこに門番をしていた1人の妖怪が、軒下で皆の様子を眺めていた桜鬼の元へ駆け寄ってきた!

(妖怪)
桜鬼様! 大変でございます
たった今、門にこの矢文が飛んで参りました!

(桜鬼)
矢文だと? どれ拝見しよう、、

(N)
桜鬼は矢文を広げ、そこに書かれていた事を読み上げ、肩を小刻みに震わせ大きな声で笑った!

(桜鬼)
はははっ! 皆の者、何とも面白い事が書いておるわっ、 聞かせてやろう、側に来るがいい

(N)
桜鬼がそう言うと、妖怪達と朱は桜鬼の前に集まり、どんな話かとワクワクしながら皆その場に座り込んだ

(妖怪)
桜鬼様! その文には一体どんな面白い事が書かれているのですか?

(桜鬼)
ふふっ、聞かせてやろう
「ワシは西の長 九鬼! 最近面白い話を聞いた、東の里には人間の娘がおるそうな その娘は大層美しく歌うその声は、誰もが真っ先に惚れてしまう程に、 ワシは決めた! その娘をワシの嫁とする! 10日後にその娘を西の里に差し出せ! もし拒むなら東の里に攻撃をかけ、娘を奪いに行く!」

(N)
桜鬼が文を読み上げた後、妖怪達は皆腹を押さえ笑い転げた

(妖怪)
はははっ〜! 何と面白いっ、この里の桜の花びら1枚も奪う事も出来ぬ者が、我らが家族の朱を奪いに来るなどと、これを聞いて笑わずにおれましょうか!(笑)

(妖怪)
桜鬼様、何やら面白い事になって参りましたな、
何か策がございますかな?

(桜鬼)
そうだな〜、まずは九鬼に文を出そう、元より朱は我らが家族にて差し出すつもりは毛頭ないと、
そして、そこに付け加えておこう、
朱はすでに我の妻なのだとな!

(N)
桜鬼は後ろの方で座っていた朱を見て微笑んだ、
そこには、顔を真っ赤にし、手で顔をおおい
恥ずかしそうにしている朱の姿があった
それから5日後、ここは西の妖怪達が住む九鬼の屋敷、その日は朝から大騒動だった!
桜鬼からの文を見た九鬼は、怒りで我を失い
屋敷の中で暴れ、他の妖怪に危害を加えんとする
勢いだった!
妖怪達は皆怯え、九鬼の怒りが静まるのを待った

(九鬼)
おのれ桜鬼! ワシの花嫁を奪いおって!
見ておれ、明日にでも攻撃を仕掛け娘を奪い、お前の屋敷に火をかけ仲間もろとも燃やしてやるわっ!
よいかお前達! 明日の攻撃の準備をせよ!
逃げ出した者は、ワシに食われると覚悟せいっ!

(妖怪)
九鬼様、、何と恐ろしいお顔だ
逃げずとも、今にも食われてしまいそうじゃ、、

(妖怪)
オイラは逃げるよ、何処にって? 東の里だ
あそこでは皆が毎日楽しく暮らしてるそうだよ、
もう怯える毎日には疲れたよ、、
皆が騒がしいのに紛れてオイラは行くよ、、

(N)
妖怪の1人はそう言って屋敷の裏口から、足音を立てずにぴょんぴょんと跳ねながら出て行った

そして翌日、桜鬼の屋敷前に九鬼と仲間達が、勢揃いし今にも門を蹴破らんとしようとした、その時
静かに門が開いた

九鬼達は少し驚いた様子で、屋敷の中へと歩を進めた、
そこには、いつもと変わらぬ姿でくつろいでいる
桜鬼が居た、 そして桜鬼の後ろには前日、九鬼の元から逃げて来た妖怪が震えながら、桜鬼の着物にしがみついていた、

(九鬼)
貴様〜! 何処へ逃げたかと思えば、こんな所に逃げ込みやがって!
おいっ、桜鬼! ソイツはワシの物だ、返してもらおうっ、

(桜鬼)
ふふっ、そいつは無理だ、この子はすでに我の家族となったのだ、お主に渡す事は出来んよ、

(九鬼)
はははっ〜! 何が家族だっ、妖怪に家族の繋がりなぞ、要らぬわ!
里の長がそヤツらを手足のごとく、自由に扱い
好きなだけ命令すればいいんだ!

(桜鬼)
仲間を大事にせぬから、お主の里は荒れ、笑い声の1つも、花も咲かぬ里になるのだぞ?

(九鬼)
だまれ! ワシら妖怪に笑い声も花も要らぬわっ
人間を怖がらせれば、奴らはワシが望む食い物を幾らでも差し出す、 こんな楽な事なら、これからも
人間やワシの手下共にも恐れを与え続けてやるわ!

(桜鬼)
はぁ〜、九鬼よ、お主はほんに変わらぬの〜、、

(N)
桜鬼はその場に静かに立ち、九鬼の仲間の妖怪達を見て優しい声で話し始めた、、

(桜鬼)
お前達に聞こう、皆と楽しく笑いたくないか?
綺麗な花を見ながら、その下で酒を呑みたくないか?
日々、長に怯える事なく過ごしたくないか?

(N)
妖怪達は桜鬼の言葉に、胸の前で手を合わせその目をキラキラさせながら、ウンウンと頷き聞いていた、

(九鬼)
桜鬼! ワシの手下を惑わすな!
お前が何と言おうと、ワシは変わらんぞ!

(桜鬼)
、、では九鬼、こう言うのはどうだ?
お主の望むものを与える条件として、お主の里に種を植え、花を咲かせ、誰もが笑い過ごせるようにすると言うのは、、

(九鬼)
ほう、、ワシが本当に望むものをくれると言うなら、その条件のんでやらん事もないが、
して、桜鬼はワシに何をくれると言うのだ?

(N)
桜鬼は、ふふっと笑みを浮かべ側に座っていた朱の手を引いて、九鬼の前へ連れて行った、
桜鬼の行動に桜鬼の仲間達は皆驚いた!

驚くのも無理はない、自分の妻だと皆に伝え、日々優しく楽しく過ごしてきた朱を、こうもあっさりと
九鬼に差し出したのだから、
仲間達はポカーンと口を開け、中には腰を抜かしその場に座り込む者も居た、

(桜鬼)
よいか九鬼! 先程も申したが朱を連れて行くなら、この朱が日々怯える暮らしをする事は決して許されん、安心出来る花が咲く里にすると約束出来るか?

(N)
九鬼は朱の姿を見て、その美しさに言葉を失った
先程までのつり上がった目は優しく垂れ下がり、握りしめていた妖刀を落とし、九鬼は桜鬼にこう言った、、

(九鬼)
や、や約束する、 この娘が望む暮らしを与えてやる、花を咲かせ屋敷も綺麗にし、手下を怯えさせる事はもうしない、、
勿論人間にも悪さをしない、ここの様に和やかに暮らせる里にすると約束しよう、、

(N)
それから数日後、桜鬼の屋敷では大広間にて桜鬼を囲み皆で酒を呑む、見慣れた光景があった

(妖怪)
いや〜! しかしあれには流石に驚きました!
桜鬼様が朱を差し出した時には、腰を抜かし一瞬でも桜鬼様を憎みましたぞ〜?

(桜鬼)
ふふっ、皆には悪い事をした、許せよ、
だが、朱の美しさに九鬼があそこまで改心するとは
思わなんだが、今では西の里では笑い声も聞こえ始め、花も咲き出したと言うではないか、めでたいの〜、

(朱)
桜鬼様、新しいお酒をお持ちしました

(妖怪)
おお〜 朱! そなたもこっち座って皆で呑もう!
おっとと、、もう朱とは呼べませんな、
桜鬼様の奥方様なのだから、朱様とお呼びしなければ、、

(朱)
ふふっ、今まで通り朱でいいのですよ、
朱様なんて呼んでもお返事しませんよ(笑)

(妖怪)
こりゃ参りましたな〜! はははっ

(N)
ここで1つ種明かしと参りましょう
現在、西の里にも東の里にも朱が居る?
朱が2人居るとは、何と不思議な事と思われるでしょうが、、
これこそが、滅多に見せない桜鬼の持つ妖術なのだ 1度触れた事のある者を、もう1人作る事が出来る妖術! 話し方も感情も考え方も本人と全く同じである
桜鬼は九鬼からの文を受け取った時から、この策を講じていた、
おかげで誰1人失う事もなく、皆が幸せに暮らせている
人間であった朱も仲間達と毎日同じ食事をするこで、寿命と言うものを気にせずに、永遠に皆と過ごせるようになったとの事

人と妖怪の共存、繋がり、悪い事ばかりではない
と、現世まで語り尽くされる事を信じて、、

桃色の心を忘れるなかれ





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