マリーアの左耳

~プロローグ~

「彼」は今の人生を、ある会社に勤める男性として生きています。
妻と、まだ幼稚園に通う子供のいる、ごく普通のサラリーマンお父さんです。

「彼」の左の耳朶には、小さな傷跡。
その傷跡には、「彼」の魂の壮大な物語がありました……。


~第1章~

その人生で「彼」は、マリーアという名の、ある土地の領主の娘でした。
3人の兄のいる末の妹で、両親も兄達も、たいそう彼女を可愛がっていました。

それは領地争いも多く、戦争の絶えない時代と土地での出来事でした。
しかし、マリーアの父親の領土は、それなりの広さと豊かさを兼ね備えていたのです。

そのため、彼女は苦労らしい苦労も知らず、飢えることも渇くことも知らず、ぜいたくとは言わないまでも領主の娘らしく着飾る楽しみもある程度は知り、教養を身に着ける機会も得て、すくすくと成長してゆきました。

父親が、彼女を自分と同じような立場の領主の家に嫁がせていれば、何も起こらなかったかもしれません。
しかし、父親が彼女の夫として選んだ相手は、父親に雇われて領地に滞在していた傭兵団の団長だったのです。

争いと、戦いの絶えない時代でした。
父親としては、腕の立つ傭兵団を自分の婿として領土に留めておきたかった……という理由は、大きかったでしょう。
また、戦乱の絶えない時代と土地でしたから、いざという時に武力をもって自分自身を守る力を持っている者の方が、最終的には生存できると考えたというのも、あったことでしょう。

傭兵団は、父親の領土の最北の地を預かる形で、領主代理としてその地の城へ赴任し。
マリーアは領主代理の妻として、それに伴いました。

マリーアにとって不運だったのは、夫となった傭兵団の団長がかなり年上で、見た目もひどく無骨で、口数も多くはなく、優しさや洗練とはあまり縁がなかったということでした。
まだ若く、あまり苦労も知らず、父親や兄達のようにある程度女性に柔らかい物腰のとれる男達しか身近にいなかったマリーアにとって、はじめは夫の存在は未知なる恐怖でした。

おそらく、夫となった傭兵団長にとっても、似たようなものだったことでしょう。
それは最初から、悲劇の火種を孕んだ結婚だったのかもしれません。

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