見出し画像

渤海国異聞(5)


J.N(元三井金属資源開発株式会社)

-吉林省の地質構造と鉱物資源 -

<吉林省の鉱業概況>


 吉林省は多様な鉱物資源に恵まれている。石炭、石油、天然ガス、油母頁岩などのエネルギー資源、Cu,Ni,Mo,Pb,Znなどの非鉄金属資源、Au、Agなどの貴金属、鉄鉱石の他、石灰岩、珪灰石、ベントナイト、グラファイト、珪藻土などの非金属資源を賦存する。なかでも油母頁岩、珪灰石、珪藻土などの非金属9鉱種では、今だ開発は本格的ではないが、埋蔵鉱量で全国1位を占めている。
 吉林省における金属鉱床の分布は、中南部と東部に偏在する。重要なものは、磐石樺甸地区のCuNi,Mo,Au,運河通化地区の鉄鉱石、延辺地区のAuなどである。非鉄金属鉱床の開発状況は、開発・操業中のもの39鉱山、終掘したもの19鉱山、途中開発を中止したもの14鉱山、未開発のもの59鉱床となっている。
 本地域の鉱業は、満鉄時代以後、100年近い歴史を有するが、いずれの鉱床も規模または品位あるいは採掘条件などに課題をかかえており、原材料供給の役割を十分はたしていない。石炭、石油、鉄鉱石、アルミナ、銅などの産業活動に必要な主要鉱物資源は、いずれも省内の産出だけではまかなえず、他省からの移入に頼っている。

<吉林省の地質構造単元>

 吉林省及びその周辺地域の地質構造は3つの単元に区分される(図4,図5)。各々、形成時期、形成環境、構成岩種、賦存する鉱床タイプ及び鉱種などに顕著な特徴と差異がある。


1)始生代〜原生代(35億年〜6億年)に形成された中朝準地台
吉林省の南部を構成し、西方の遼寧省南方の北朝鮮へ連続する。構成岩種は、片麻岩変粒岩、角閃岩、珪岩、大理石、粘板岩などの変成岩類である。2)古生代〜中生代(6億年〜7千万年前)の変動帯
本帯は吉林省の中央部から東部にかけて分布する。古生界や中生界は、主として陸成の砕屑岩類と火山岩類からなるが、本変動帯は、カレドニア期(約4億年前)からバリスカン期(約2.3億年前)、印支期(約2億年前)を経て燕山期(約0.7億年前)の各造山期に、火成岩類の大規模な貫入が繰り返された。本帯の古生界は、著しく破断・変形し、花崗岩類中のルーフペンダント状を呈している。
3)中生代後期〜新生代の堆積盆
白亜紀(約1億年前)以後、現在の大慶から通遼を中心に北東方向に延びる広大な堆積盆が生じ、石油を含む黒色泥岩の厚層が堆積した。本堆積盆は、伊蘭伊通深断層の北西側、長春以西の広大な平原からなり、吉林省の北西部を占める。

<地質構造線>

 吉林省の地質構造は極めて複雑で、まだ未解明の問題が多いが、上述した地質構造上の3単元の分布を規制しているのが、次の3系統の地質構造線であると考えられる(図5)。

1)NE系の伊蘭伊通深断層及び密山撫順深断層
両深断層は、南西は渤海を横断し長江南岸の九江市付近まで、北東はロシア沿海州を横断してアムール川河口付近まで、延長4000kmにわたって追跡できる大地質構造線であり、大規模な左ずれ断層である。両断層とも幅10〜20kmの地溝帯を伴い、地溝内には中生界ジュラ系及び白亜系が帯状に分布し、後者は第四紀の火山活動を伴っている。本深断層系は中生代以降(印支期以後)の比較的新しい断裂であり、新生代の堆積盆と古生代〜中生代の変動帯の分布を分けている。
2)NW系構造線
本構造線は前記NE系深断層に切断され、断片的に発達する(両江断層など)。本構造帯中にはカレドニア期の花崗岩類が貫入しており、古生界を巻き込んでおり、古生代以前から活動した比較的古い時期の断裂であると推察される。

3)E-W系構造線吉林省の西方には、大規模な陸塊縫合線の存在が推定される。

<地質構造と鉱床タイプの関係>

 吉林省には多鉱種、多様な鉱床が賦存するが、これらの鉱床は各地区の地質構造と密接な関連を有して生成している。
1)地台地区(吉林省南部)
(1)始生界上部(約24億年前)の縞状鉄鉱層(堆積型):赤鉄鉱と石英が互層する縞状鉄鉱層は、品位が低く、Fe30%を越えることはない。通化市、白山市、樺甸市などに断続的に分布する。西隣りの遼寧省には鞍山、本渓、大孤山など大規模な鉄鉱床が集中している。
(2)原生界下部(約18億年前)の石灰質泥岩中の銅コバルト鉱床、鉛・亜鉛鉱床及び金・銅黄鉄鉱鉱床:最近の調査で、白山市や臨江市など北朝鮮との国境地帯にその分布が知られるようになった層準規制型堆積鉱床であり、海底火山活動〜海底噴気活動に起因する鉱床と思われる。大規模であるが品位が低いので、将来の開発課題として期待されよう。
(3)地台上の石炭系及び二畳系中の石炭層:小規模であるがコークス用の良質の石炭を賦存する。
2)変動帯地区(吉林省中東部)
(1)カレドニア期〜バリスカン期の塩基性岩〜超塩基性岩中のマグマ分離型ニッケル・銅鉱床:鉱床母岩の塩基性岩〜超塩基性岩は、多数の小岩体からなり、吉林省全体で47グループ、1080岩体が知られている。鉱床は母岩中に鉱染状〜脈状〜不規則塊状を呈する。樺甸西方の紅旗令Ni・Cu鉱床は、NW系構造帯中に貫入したバリスカン期の斑れい岩中に胚胎する。
(2)両江断層付近の金鉱床:NW系の両江断層付近には、峡皮溝、両江鎮などのAu鉱床が集中しているが、これらの鉱床は変質破砕型〜石英不整脈型で、カレドニア期、バリスカン期または燕山期の花崗岩類の活動に関連するものと推定される。
(3)燕山期の花崗斑岩に関係するポーフィリー型モリブデン鉱床吉林市永吉南方約30kmの大黒山Mo鉱床はMo金属量100万を超える超大型鉱床である。
(4)バリスカン期〜燕山期の火成活動または火山活動に起因する熱水性〜鉱脈型の銅鉱床、鉛・亜鉛鉱床及び金鉱床延辺地区の天宝山Cu・PbZn鉱床、琿春のAu鉱床などがこれに相当する。
(5)変動帯上に小規模に発達した中生代〜新生代の堆積盆:中生界中に石油(延辺州)または石炭(遼原市、舒蘭市など)が、新生界中には褐炭(延辺州)が賦存する。
3)中生代後期〜新生代の堆積盆地区(吉林省北西部)
本地区では中生代ジュラ紀以降、大規模な堆積盆が生じ、黒色泥岩の厚層が堆積し、これに伴って石油、天然ガス、油母頁岩などが形成された。

<鉱物資源のポテンシャル>

 吉林省の金属鉱業の国内総生産(GDP)に占める比率は、1.1%で高くない。これに石油・石炭を加えた鉱業全体の比率でも6.1%である。しかし、地域経済的にみれば、鉱業は付加価値率が大きく、原料供給により加工業の発展をもたらし、波及効果が大きいのが特徴といえる。資源の賦存条件に見合った鉱業の健全な発展を重視したい。
 今回の調査は聞き取り調査が主体となると予想されたので、「調査表・評価表」による調査を行った。これは、十分なデータが得られなくとも、プロジェクトごとのデータの質・量に変動があっても、全体的に客観的な評価結果が得られるよう工夫したものである。
 個別項目の簡単な配点を集計することにより、個別プロジェクトは、次の4グループに区分された。
(1)品位が高く、採算性の高いAグループ。
(2)品位鉱質、採算性、技術開発課題は低いが、埋蔵鉱量、ポテンシャル、経済効果に優れれたA"グループ。
(3)品位鉱質、ポテンシャル、採算性などが中位のBグループ。
(4)埋蔵鉱量、品位、ポテンシャル、採算性などが低位のCグループ。Aグループは、高い採算性が予測され、直ちに開発可能なプロジェクトで、四平市の龍王Ag鉱(開発中)、吉林市の紅旗NiCu鉱(操業中)などがこれに分類される。A”グループに区分されるものとしては白山市のCoCuプロジェクト、吉林市の大黒山Mo鉱(操業中、拡張計画)などがある。これらは、現時点では開発のリスクが大きいが、開発が実現すれば経済効果が極めて大きなプロジェクトとなろう。Bグループは、開発には様々な困難が予想されるプロジェクトであり、精査の継続を必要とする。Cグループの開発には更なる基礎的調査・研究を必要とする。

<おわりに>


(1)中国軍のある将軍は、「日本軍は戦術は傑出しているが、戦略は時代おくれである」と評したという。20世紀前半、関東軍を先兵とする満州侵略は、泥沼の日中戦争から「1億玉砕」の太平洋戦争へと拡大一途となった。第一次世界大戦後の世界規模の経済不況に直面して、日本政府は有効な対応策を見失い、軍部の独走が始まるのであるが、その侵略政策はあまりに独善的、直線的で柔軟性に欠けていた。いわばブレーキもハンドルも操作不能となり、戦略を転換し再構築する能力を失っていた。1939年のノモンハン事件で完敗した関東軍は、軍事戦力近代化の世界の趨勢に目をつぶり、そこから教訓を得ようとしなかった。植民地の領有・経営が、また他国民の支配抑圧が、反発と反抗を呼び起こし、いかに高価に付き、引き合わぬものであるかは、既に1921年、石橋湛山が満蒙放棄論で指摘したとおりである。
(2)旧満州、中国東北地区の中央に位置する吉林省の経済は、農業と重化学工業で支えられている。しかし、農業は過大な農村人口を抱えており、その生産性向上には限界がある。重化学工業は、設備の老朽化が進むとともに、市場経済への適応に立ち遅れている。重工業を支える石炭鉱業は、資源の枯渇と採掘条件の悪化に直面し、過剰労働力に悩んでいる。近年の吉林省では、高速道路や通信網の建設・整備、都市の住環境や経済開発区の整備・開発、発電所の増設、鉄道の電化計画など生産と物流を支えるインフラが急速に整備されている。東北地区の産業と経済の動脈は、北のハルピンから吉林長春、瀋陽を経て大連に至る南北軸である。延辺州豆満江周辺の国際開発は、南北軸に対して、東西軸の構築を実現する上で期待が大きい。しかし、豆満江プロジェクトは、ロシア、北朝鮮、中国間で国際的調整を要する事柄であるので、長期的視点での国際協力の試金石となろう。いずれにせよ、吉林省では、中央指令のモノカルチャー的経済から、産業構造の多様化と高度化が一段と進むことが期待される。
(3)吉林省の金属鉱床は、埋蔵鉱量が十分でないものや低品位の鉱床が多く、採掘条件が悪化し、採算性に問題を抱える鉱山が多い。鉱床の生成年代は古いものが多く、大陸の複雑な地質構造中に胚胎する。満鉄時代、日本の技術陣は大慶油田地域で、2度にわたって本格的な調査を実施したが、油田発見に至らなかった。永吉の大型モリブデン鉱床は、日本敗戦後、ソ連が発見したなど反省材料も多い。地質構造と鉱床成因の研究を通して、有望地区と有望構造を抽出し、重点的な調査探鉱を実施すべきであろう。低品位鉱床の大規模開発のための研究技術開発も重要であろう。
(4)過去数回の中国訪問を通じて、何時も感ずるのは、中国の長い歴史と文化の伝統からくる中国社会の特異性である。中国は、21世紀に、間違いなく、世界の大国として国際舞台に登場しよう。中国との友好関係の維持発展は、今後益々重要となる。そのためには、中国社会の「深み」にはまり込んで、身動きできない状況に陥ってはならないと思う。本稿の一部に、中国の社会、経済、文化についての一項を加えたのはこのためである。関東軍を先兵とする侵略と残虐行為のエスカレートは、「対立の深み」に日本軍がのめり込んで行った構図とみることもできよう。日本には「日本人のものさし」があるように、中国には「中国人のものさし」がある。「中国人のものさし」を理解することが、中国との好ましい関係を構築し、永続させるための第1歩であると思う。

<後記>

 満州の歴史は、日本人にとって、思い出したくない苦い歴史である。しかし、決して忘れてはならない多くの貴重な教訓を含んでいる。「満州」に関しては、できるだけ忠実に史実をたどり、現状との関連性を書き留めるよう配慮した。5回の連載は大へん長く感じたが、終ってみると、書き落したこと、書き残したことが多かったと思う。中国に関して、御理解願う端緒となれば幸いと思う。

<参考文献>


 本稿執筆に当たっては、多くの文献資料を参照参考し、引用した。そのうち、主要な文献・書籍を列記しておく。
A.統計年鑑類
・中国統計年鑑(1996)
・中国地質鉱産年鑑(1994)
・吉林省統計年鑑(1996)
・有色金属工業年鑑(1995)
・吉林省区域地質誌(1982)
・中国煤炭工業年鑑(1995)
・中国綜合地図集(1990)
・中国鋼鉄工業年鑑(1994)
B.歴史、満州関連
・貝塚茂樹『中国の歴史』岩波新書(1970)
・上田雄『渤海国の謎』講談社、現代新書(1992)・中西・安田『謎の王国・渤海』角川書店(1992)
・金両基、他『図説、韓国の歴史』河出書房新社(1988)・太平洋戦争研究会『図説、満州帝国』河出書房新社(1996)・西沢泰彦『図説、満州都市物語』河出書房新社(1996)・集英社編『満州の記録』集英社(1995)
・松本・香内・水上『満州、昨日今日』新潮社(1985)・原田勝正監修『日露戦争の事典』三省堂(1986)
・井上勇一『鉄道ゲージが変えた現代史』中公新書(1990)
・小林秀夫『満鉄、知の集団の誕生と死』吉川弘文館(1996)
・野々村一夫『回想満鉄調査部』頸草書房(1986)
・H.シュネー『満州国見聞記』新人物往来社(1988)
・賈英華『愛新覚羅溥儀』時事通信社(1995)
・池内孫『ラストエンペラー夫人婉容』毎日新聞社(1990)
C.中国関連
・環日本海経済研究所『北東アジア、21世紀のフロンティア』毎日新聞社(1996)
・金田一郎『環日本海経済圏』日本放送出版協会(1997)
・大久保・今井『中国経済Q&A100』亜紀書房(1995)
・莫邦富『中国ハンドブック』三省堂(1996)
・毛里和子『中国とソ連』岩波新書(1989)
・若林敬子『中国人口超大国のゆくえ』岩波新書(1992)
・莫邦富『独生子女』河出書房新社(1992)
・産経新聞外信部監訳『中国人の交渉術(CIA秘密研究)』文芸春秋社(1995)
・L.W.Pye『中国人の交渉スタイル』大修館書店(1993)
・中嶋嶺雄『中国の悲劇』講談社(1989)
・中嶋嶺雄『中国はこうなる!』講談社(1995)
・小島朋之『中国共産党の選択』中公新書(1991)
・朱栄『江沢民の中国』中公新書(1994)
D.中国一般
・譚路美『素顔の中国人』PHP研究所(1993)
・邱永漢『中国人と日本人』中央公論社(1993)・中村治編集『日本と中国、ここが違う』徳間書房(1994)
・山口・鈴木・五味編『中国の歴史散歩』山川出版社(1993)
・村山孚『中国人のものさし、日本人のものさし』草思社(1995)
・和田一夫『ヤオハン、中国で勝つ戦略』厚徳社(1995)
・吉原進『実感!中国』東洋出版(1997)
・長谷川・中島『解体する中国』東洋経済新報社(1993)
・長谷川谷沢『繁栄の法則』PHP研究所(1994)
・長谷川慶太郎『世界はこう変わる』徳間書房(1994)

ぼなんざ 1997.11

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?