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プロ雑用の失敗4・間違えたチャレンジ

こんにちわ!プロ雑用です。
失敗シリーズ第四段!
シリーズ全7回の予定を半分すぎました。

第三弾での失敗のあと、2010年のお話です。

その頃のプロ雑用は

2010年。
リーマンショックのアオリをうけて不景気と言われていた頃。
世間では、長時間労働と、それに伴う病気退職、過労死などが大きな問題として話題になり、いまでいう「働き方改革」が、ようやく話題になりはじめたころです。

そのため、会社としても長時間労働を少なくする運動が始まっていました。(その当時の標語は「まずみんなで法律を守ろう!」笑)
なお、その頃まで、その会社は「30過ぎたら卒業」する人がほとんど。起業する人だけではなく、単に加齢に伴う体力低下、が理由の人も少なくありません。

私は、その時30歳。第三弾の失敗の後、働き方はガラリと変わりましたが、それでも今に比べれば、まだまだ労働時間は長かった。
(以前は平均100時間超、その頃は平均50時間程度)

25に入社してから、あっという間に5年が過ぎていました。
第三弾の失敗による鬱病後、当然ながら私も自身の体力低下は、身にしみてわかっていたので、そろそろ転職するか、と考えていました。

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しかし、先に書いたとおり世間はリーマンショックの不景気。
出版印刷業界も、他の業界以上に厳しい情勢が続いていました。
(不景気になると、まず最初に切られるのが広告費)
また、同じころ、同じ住宅領域のマンション事業部が、SUUMOという新ブランドでサービスをリニューアルしたタイミング。
雑誌は、すでに部数が伸びづらい情勢になっていましたので、このまま業界はシュリンクしていくんだろうなと。わたしは、印刷物が好きで、印刷会社に入り編集出版広告の業界で働いていたわけなのですが、この業界で働き続けていくのは、そろそろ限界かなと感じていました。

では、WEBの仕事をしたいのか?と考えると、当時の私は、あまり仕事としてWEBには関わりたくないなぁと考えていました。
学生時代にHTMLを覚え、初期のCSSやJS(今よりもはるかに簡単)を触っていたこともありWEBの知識はそれなりに明るかったのですが、正直、これを自分のBusinessにする気は全然ありませんでした。なんというか、仕事としてやるには、当時はまだ業界全体が未成熟だなと。

それじゃぁ、何しようかな?と考えながら転職情報を見ていたのですが、リーマンショックの余波が続く時期でしたので、求人は全体的に多くはありません。なので、いっそのこと、全然違うことやろうかな、と考えました。

どんな失敗をして、何を思ったか。

そこで思いついたのが、ちょうど世の中は家電芸人とよばれるジャンルが生まれ始めた時期で、自分自身も家電が好きで、それなりに明るかったので、家電量販店で働いてみるのはどうだろうか??と、某大手量販店が募集していたので応募してみたところ、トントン拍子に選考が進み、無事に転職先が決まりました。

この時は、新しい環境へのチャレンジに心躍っていたのですが、この転職そのものが今回の失敗です。もちろん学びがなかったわけではないのですが、それ以上に「やめとけば良かったな」と感じたのでした。

就業開始は2010年の1月。

初日から、とても雰囲気が良くなかったことを覚えています。
端的に言うと、非常に人当たりが強い。高圧的。
あれですかね、普段お客さんに頭を下げてる反動なのかなと思うのと、あと終始トップダウンかつ、トップがダブスタなので、ああいう環境にいると、あれが基本だと刷り込まれるんだろうな、と今にしてみると思います。

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あのー、なんというんだろうか。
誤解を恐れずに言えば、品の良さに欠けるというか。
なんというか、一緒に働いてる人たちに、品性があまり感じられなかった。
悪い人たちでありませんでしたが、品がなかった。

風邪やインフルエンザ、病気は「自己責任」として、病欠を責める風潮があるところなども、微妙だなぁと思います。

環境が完全に肌にあわないな、と確信したのはしばらく立ってから。

新しい環境になった直後って、誰しも緊張するじゃないですか。
でも、しばらく立っても緊張がなくならないんですよね。

で、ある時気づきました。
あ、これストレスだわって。
心地よくないんですよ緊張感が。

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ピークのときには、手汗が止まらず、しまいには手のひらの皮がベロベロにむけるほどストレスを受けていました。

それに気づいたとき、いやーこの転職は失敗だったなと確信しました。

確信したので、さっさと辞めました。
何ヶ月?
半年未満。
1月に入って、春過ぎには辞めました。

どんな教訓、学びを得たのか

店員をしていたときの学びはとても多かったです。

・いろんなお客さんがいるが、概ね人間は自分勝手。
 →クレーマーは必ず「自分はこの店の、商品のファン」と言う笑
・見た目が全ては本当。身につけてるものの質が、その人の質。
・中国籍の店員は中国人のお客が大嫌い笑(当時は爆買ブーム)
・万引きは毎時いる。
・販売システムはシステム化されているが、それ以外はアナログ。
・店員の知識は企業の教育ではなく、個人の努力に過ぎない。
・接客のレベルが揃わないのは教育ではなく資質に頼っているから。

働いていてよかった部分も、たくさんあります。たとえば、

・クレーマーの対応は個々には任せず、マネージャー以上が対応
・値下げ要求にはシステムで対応する
・在庫状況などは全店舗情報を端末からすぐに把握できる

など。
仕組みの部分では、さすがだなと思うところも多く学びがありました。

ただ、職場としては、時代遅れな点は否めず、改善点すべきポイントは多いと感じました。ビジネスと言うより作業の面が強いこともあって、私には合わなかったというだけなのですが。

以前に鬱で死にかけてなければ、逃げずに我慢したかもしれません。
あの経験があったから、さっさと逃げ出せたのだと思います。
そういう意味では良い経験だったな。

しかし、転職そのものは大失敗だったと思います。
あまりに異業種、異環境過ぎた。

家電量販店は、お客として訪れていたころは好きだったのですが、裏を知ってしまったことで、この後しばらく近づくのを避けるようになりました笑
(今は普通に訪れます)

働き方変えようと思ったのに、もっとブラックに行っちゃった。
そういう失敗のお話でした。

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まぁ、世の中もっとブラックもたくさんあるよ!っていう意見もあるかと思いますが、もっとブラックがあろうがなんだろうがブラックはダメだろ、というのが私の意見です。自分より下と比べて、安心しないでください笑

というわけで、失敗シリーズ第4弾。
間違えたチャレンジの話、でした。

それじゃ、また。

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