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"愛してる"をあなたへ
この世界には、手紙を代筆してくれるという郵便局がある。最初は、王族のみとして扱われていたが、時代は代わり今では下町の者でも頼めば代筆してくれるようになった。
そんな手紙を代筆してくれる女性達を、【Automata Doll】と呼ばれていた。そして、私は幼かったから知らなかった。"あの時"母が、Dドールのアナスタシアと"何を"していたのか……。
*****
木々からほとんど葉が、落ちた季節。少女は、庭にあるベンチに乗ってその手にあるアンティークドールを左右に揺らしながら話しかけていた。
「今日は何して遊ぶ〜?分かんない〜。おままごとは、飽きちゃったもんね〜?ね〜。まだお母さんのお客さん帰んないのかな?ね〜。早く、お母さんのお客さん帰らないかなぁ〜?ね〜」
少女は庭にある椅子の上でそんなことを言っていると、車の音が聞こえ中からまるで人形ような整った顔立ちに服装の女性が出てきた。
「なぁに、あれ?大きなお人形?何だか良くないような気がする……」
(お人形が歩いてきたの。大きな、お人形が。当時の私はそれがとても、良くないものに感じたの……)
少女は、すぐさま家の中に入り階段を勢いよく登っていく。少女を止める家政婦さんの声も気がずに目的の部屋の前に来る頃、中から話し声が聞こえた。
「ーーーーそうは、言うけどね……」
「ーーーー大事な事だよ……」
そう中年の男女が、話していた。そう言われた、ベッドの背もたれにもたれかかっていた女性は、しぶしぶながら答えていた。
「ええ……。でも……」
そこに、急に扉を勢いよく開けて入ったてきた少女が叫んだ。
「お母さん!」
その少女の声に、先程話していた女性達は声がする方を振り向く。ベッドにいる女性は、入ってきた少女に気づき、きつめに言う。
「コラ!アンジェリカ!部屋にはノックしてっていつも言ってるでしょ?」
アンジェリカと呼ばれた少女は、中年の女性と目が合う。中年の女性は、アンジェリカを怯えさせないように、軽く笑ってみせる。それを見たアンジェリカは、思わず持っていたアンティークドールを握りしめる。
ベッドにいる女性は、どうやらアンジェリカの母親クーデリアは少しおどおどしてるアンジェリカに、さらに声をかける。
「それに、ご挨拶」
そう言われたアンジェリカは、ぎこちなさが残るがちゃんとレディのように、スカートを軽くつまみ上げて挨拶する。
「いらっしゃいませ……。失礼しますお母様」
それを見ていた中年の女性は、関心した声をあげる。
「まぁ……」
「よろしい。それでなぁに?」
ベッドの上にいる母親は、アンジェリカに優しく微笑みながら聞く。
それを見たアンジェリカは、嬉しそうにベッドの近くに寄っていく。そんなアンジェリカの楽しそうな顔を見て、母親はさらに尋ねる。
「また不思議な虫でも見つけたの?でも、お母様は虫が苦手だから見せないでね?」
そんな母親とは反対に、アンジェリカは言う。
「ううん!違うの!!虫じゃあ無いの!お人形が歩いてきたの!大きなお人形が!」
「"お人形"?」
「奥様」
そうアンジェリカは興奮した様子で、母親に言う。そんな母親は、頭に?を浮かばせながらオウム返しのように呟いていると、開け放たれていたドアの方から家政婦さんの声がした。
その声に、部屋にいるみなが振り向く。そして家政婦さんは、言葉を続ける。
「お見えになられました」
それを聞いて思い出したのか、母親は手を鳴らして言う。
「ああ、お人形!そう言えば今日だったわね!居間にお通しして」
「かしこましました」
母親は、そう家政婦さんに言う。それを家政婦さんは了承する。そんなやり取りを見ていた中年の女性は、焦った様子で母親に言う。
「ちょっと!私たちの方が先だったのよ!」
「申し訳ありませんけど、続きはまた」
母親は、中年の女性にやんわりと断りを入れるとすぐさまベッドから降りた。話をはぐらかされた中年の女性は、引き留めようとする。
「ちょっと!続きは、またって!?この屋敷どうするの!?」
母親は、階段降りて行って中年の女性達を玄関先に誘導する。そして、中年の女性は玄関先に来てもなおも問い詰める。
「あの娘が一人で住むには、この屋敷は大き過ぎるわ……!だから私たちがっ!」
母親は、後ろにいるアンジェリカを隠すように中年の女性達を追い出そうとしていた。
「ですから、今日のところは……お引き取り下さい」
そう言うと、中年の女性達はしぶしぶアンジェリカ達がいる屋敷を出ていた。アンジェリカは、居間で外を見ていた人形と言った女性を陰ながら見ていた。そんなアンジェリカの後ろから優しく頭を撫でる母親が来た。
「アンジェリカ、良い子にしていてね?」
母親はそう言うと、先程まで外を見ていた人形のような女性に声をかけながら近づいて行く。そんな母親の少し後ろをアンジェリカは追う。
「お待たせしてしまって、ごめんなさい。遠いところ、来てくれてありがとう!」
母親は、嬉しそうに女性に言う。そんな母親の言葉に、女性は表情変えずに答える。
「問題ありません」
アンジェリカは、驚きながらその女性に小さく呟く。
「……喋った!」
そんなアンジェリカに目もくれず、女性は荷物を置いて挨拶する。
「お客様がお望みならばどこでも、お伺いします。手紙を代筆するサービスAutomataDoll……」
「ほら、ね!お人形!!」
アンジェリカは、そう叫んでいた。母親は、アンジェリカを止める。
「アンジェリカ!ごめんなさいね」
母親はすぐさま、アンジェリカの代わりに謝罪をする。そんなことを気にせずに女性は続きを言う。
「いいえ。それでは改めまして、当店をご利用して頂きありがとうございます。お客様の担当をする、アナスタシア・ブーゲンビリアです」
アナスタシアと名乗った女性は、先程アンジェリカがしたようにスカートのを両手で持ち上げ、優雅にお辞儀をする。アナスタシアが、顔を上げたタイミングで話す。
「さぁ、今お茶が入りますからこちらでかけていらして」
クーデリアは、近くにある椅子を指してアナスタシアを椅子があるところに誘導する。そしてお茶を取りに向かった。そんな、椅子に座るアンジェリカは、物陰からアナスタシアの様子を見ていた。
やがて、クーデリアが茶菓子と紅茶を持って来て、お茶をアナスタシアに勧める。
「お口に合うといいのだけれど……。どうぞ」
「頂戴します」
そう言って、アナスタシアは勧められた紅茶を口にはこぶ。その様子をずっとクーデリアが座る横で見ていたアンジェリカは、驚く。
「飲んだ!お人形がお茶を飲んだ!!飲んだ紅茶は、どこにいくの?」
アンジェリカは、そうアナスタシアに問う。アナスタシアは、飲んでいた紅茶をテーブルに置き答える。
「飲んだ紅茶は、体内から排出されやがて大地に流れていきます」
「へぇー………」
アンジェリカは、そんな声を上げながら関心していると、クーデリアがアンジェリカを優しく叱った。
「アンジェリカ!失礼ですよ!」
叱られたアンジェリカは、頬を仏頂面で顔を背ける。そんな様子を見ながら、クーデリアにアナスタシアは声をかける。
「クーデリア様そろそろ、始めますか?私の貸出期間は、7日間と承っています」
「そうね……。すぐに始めたいわ」
「かしこましました。作業はどこで、致しますか?」
「そうね……、明るい中庭にあるテーブルでお願いするわ」
クーデリアはアナスタシアにそう言いながら、立ち上がる。すると、アンジェリカがクーデリアに尋ねる。
「何をするの?」
「お手紙を書くのを、手伝って貰うのよ」
「お手紙なら、私が書いてあげるのに……!」
そうアンジェリカは、クーデリアに言う。そんなアンジェリカを、クーデリアは優しく諭す。
「アンジェリカには、まだ難しい言葉は無理でしょ?」
「無理じゃない!手伝うもん!!」
アンジェリカは、頑なに言う。そんなアンジェリカをなだめるように、クーデリアはアンジェリカの頭を撫でらが言う。
「それにね、アナスタシアさんはお手紙を書くのが上手な、有名な方なのよ」
「……誰に書くの?」
アンジェリカは、控えめに聞く。するとクーデリアは、とても遠くを見て答える。
「そうね……、とっても遠くにいる人によ」
「遠く?」
「そう……。とても大切なお手紙なの。だから、中庭には入ってきちゃダメよ?さぁ、行きましょうかアナスタシアさん」
「かしこましました」
クーデリアはそう言って、アナスタシアと一緒に中庭へと向かって行った。
その様子を、アンジェリカは不満顔で黙って見送った。
*****
クーデリアとアナスタシアは、中庭にあるテーブルに着いた。そして、アナスタシアはテーブルにある物を置いた。
「こちらが持参した、タイプレイターです。こちらで大丈夫でしょうか?」
「えぇ……それで、大丈夫よ」
「かしこましました」
そんな二人の様子を、中庭にある窓からアンジェリカは見ていた。そして、そばに置いてあるアンティークドールに言う。
「やっぱり、良くないものだったわ!」
さらに、アンジェリカは二人の様子を見ていると、アナスタシアは着けていた手袋を外すところだった。するとそこにあらわれたのは、鉄で出来た義手だった。それを見て、アンジェリカは思わず呟く。
「やっぱり、お人形だった……」
アンジェリカが二人の様子をうかがっていると、クーデリアが倒れるところを見てしまった。
「あっ……!」
アンジェリカは、すぐさまソファから降りてクーデリア達がいる中庭に急いで向かう。中庭に続くドアを勢いよく開けて、アンジェリカはクーデリアに近づいて行くのだった。
*****
クーデリアはアナスタシアと家政婦さんのレイスに支えられながら、寝室に戻った。クーデリアはベッドに横になった。そんなベッドの傍らに、アンジェリカは心配そうな顔をしながら、クーデリアに言う。
「お母さん……大丈夫?」
クーデリアは、アンジェリカの前髪を上げながら答える。
「大丈夫よ……。すぐ良くなるから」
「本当に……?」
「本当に……」
クーデリアは、アンジェリカのおでこに親愛を意味するキスをする。そんな様子を、悲しげに見つめるレイスが二人を見守っていたのだった。
アンジェリカは何かを思いついたかのように、明るくクーデリアに提案する。
「そうだ!私、子守唄歌ってあげる!」
だがしかし、またもやクーデリアにやんわりと断りを入れる。
「うふふ、ありがとう……。でも、お母さんは大人だから大丈夫よ」
「………じゃあ、一緒に寝ても良い?」
「まぁ?もうお昼寝は卒業したでしょ?」
「今日はいいの……!」
アンジェリカは、不満げな顔をしながらそう答える。そんなアンジェリカの機嫌を治すかのように、クーデリアはアンジェリカに言う。
「そんな事より、アンジェリカ。お客様のお相手をして差し上げて?」
アンジェリカは、不満げに答える。
「お客様は、嫌い。私からお母さんを奪うだもの……」
この時、クーデリアは自分の病弱さに不満を感じながら手を握りしめる。そしてクーデリアは再度アンジェリカに頼む。
「ごめんね……。でも、お願いよ。お母さんを困らせないで……」
アンジェリカは、少し泣きそうな顔をしながら頷く。そしてアンジェリカは、アナスタシアが待つ場所へと向かった。
*****
アナスタシアは、最初に通された居間のソファに座っていた。そして、アンジェリカの足音を聞いてアンジェリカの方を振り向く。
そんなアナスタシアに、アンジェリカはクーデリアの様子を伝える。
「……お母様は、少しお休みになるんですって」
「左様ですか」
アンジェリカは、アナスタシアから顔を背けながら続ける。
「ちょっと眠いだけですって。……その間、私があなたの相手をしてあげる」
アンジェリカは、持っているアンティークドールの顔を見ながらアナスタシアに言う。そして言い終えると、一度アンティークドールから顔をそらしてアナスタシアの顔をちらっと見る。
「……お客様は嫌いだけど、あなたはお人形だから……」
そんなアンティークドールの腕を動かしながらアンジェリカが言うと、アナスタシアが声をかけてきた。
「何をするのですか?」
急な質問に、アンジェリカは困りながら答える。
「うっ!?……そうね!お話するとか?何かして……遊ぶとか……」
アンジェリカは、またしてもアナスタシアの顔をちらっと見ながら言う。そんなアンジェリカに、アナスタシアは表情変えずに答える。
「それは私の担当外です。……ですが、少しの間でしたら……」
アンジェリカは、まさかそう返ってくるとは知らず驚いた顔をする。そして、嬉しそうにアナスタシアの隣に座る。
「じゃあ、お人形遊びをするから!」
「はい」
アンジェリカは持っていたアンティークドールを、アナスタシアに渡す。するとアナスタシアはそのアンティークドールをアンジェリカから受け取ると、アンジェリカが笑い出した。
「うふふふふ!お人形がお人形で遊ぶなんて、可笑しいでしょ?」
アナスタシアは、渡されたアンティークドールの扱いを笑っているアンジェリカに聞く。アンジェリカそう聞かれ、アナスタシアに答える。
「これで何をすれば?」
「お話をしたり、お世話をするに決まっているじゃない!まずは、挨拶してみなさいよ?」
アナスタシアはそう言われたが、アンティークドールの顔を見るだけだった。そして、アンジェリカはアナスタシアにやり方を教える。
「ほら、こんにちは!」
「こんにちは」
アナスタシアは、アンジェリカの真似をしてアンティークドールに挨拶をする。すると、隣からまたアンジェリカが挨拶をする。
「『あら?こんにちは!』」
「………」
アンジェリカはアナスタシアと目が合って、誤魔化すように答える。
「っ!?今のは、このお人形が言ったの!」
アナスタシアは不思議そうに、アンティークドールに視線を戻しながら呟く。すると、アンジェリカが分かったように言う。
「なるほど、理解しました」
「分かった!!あなた遊ばれた事はあっても、遊んた事は無いのね!」
「いえ……。私は……」
「良いわ!私が、おままごとを教えてあげる!お庭にテーブルもあるのよ!?行きましょう!!」
そんな勘違いを正そうとしているアナスタシアの言葉も聞かず、アンジェリカ続けざまに言う。すると、アナスタシアにレイスが声をかける。
「あの……、お部屋のご用意が出来ましたのでご案内致します」
「はい。それでは、お嬢様」
アナスタシアは持っていたアンティークドールを、アンジェリカに返す。するとアンジェリカは、少し悲しそうな顔をする。そんなアンジェリカの心を知らずか、アナスタシアはレイスに言われるままついて行く。
「お部屋は、2階のお部屋でごさいます」
「………」
そんな二人の背中にアンジェリカは、子供ななりにあっかんべーをしたのだった。
*****
アンジェリカは、またしても中庭が見える窓からクーデリアとアナスタシアの様子を見ていた。クーデリアの声は聞こえないが、笑いながら話しているのが見えた。そんな様子に、アンジェリカは疑問を呟く。
「何話してるのかな?あ、レイス私が持ってくわ!」
「おっと!?これはわたくしの仕事でございますから、取らないでくださいまし」
クーデリア達に紅茶を持って行こうとしたレイスにそうアンジェリカは、言う。だか、アンジェリカはレイスに優しく断られた。レイスはそのまま、クーデリア達がいる中庭へと向かった。そんなアンジェリカは、アンティークドールをぎゅっと握りしめて不満を口にしながら、ソファにドンと座る。
「もう!何で人生なんてこうなのかしら!」
それでもクーデリアとアナスタシアが気になるのか、再び二人の様子をうかがう。すると、クーデリアがアナスタシアの書いた手紙を確認している様子がうかがえた。しばらくすると、手紙を読んでいたクーデリアが涙を流した。
そんなクーデリアの姿に、子供ながらアンジェリカは胸が締めつけられるような感じを覚えた。
*****
そして、今日の分の手紙を書き終えたアナスタシアの部屋のドアをノックする音が聞こえた。
コンコン
「はい」
「私、アンジェリカよ」
「お入りください」
アナスタシアの部屋のドアをノックしたのがアンジェリカと分かったのか、アナスタシアはドアの向こうにいるアンジェリカにそう声をかける。すると、アンジェリカはドアを開けて入ってきた。
そんなアンジェリカに、アナスタシアは尋ねる。
「どうかしましたか?」
「……何してるの?」
逆にそう質問されたので、アナスタシアは1度義手の調整作業の手を止めて、アンジェリカに答える。
「手を調整していたのです」
「調整?」
「はい。ちゃんと動くように」
「じゃあ、明日もお手紙書くの?」
「はい」
「じゃあ、その次の日にも?」
「はい」
「7日だから……、その次の日もその次の日も書くの?」
アンジェリカは、少しイライラした感じアナスタシアに詰め寄りながら聞く。しかしアナスタシアはそんなアンジェリカに対し、表情変えずに次々と答えてゆく。そしてアンジェリカは、先程と違う質問をする。
「はい」
「誰に書くの?」
「それは、お教え出来ません」
「どうして!?」
「私には、守秘義務がございますので」
「しゅひ……?難しい言葉ばかり使わないで!!」
「申し訳ありません」
痺れを切らしたのか、アンジェリカはアナスタシアに怒鳴る。そんなアンジェリカにアナスタシアは素直に謝る。そして、またアンジェリカはアナスタシアに質問するのを考えながら言う。
「お父様……じゃないわよね……。だって、お父様はもういないし……。私が小さい頃、事故で亡くなったですって……。ねぇ……誰にお手紙書いてるの?」
アンジェリカはまたしても、そう言う。しかし、アナスタシアはその話からそらそうと違う話題をアンジェリカに言う。
「お嬢様、何かご用意があっていらしたのでは?」
「何かって……。レイスは帰っちゃったし、お母さんはもうお休みになってるし……」
アンジェリカはそう、持っていたアンティークドールの腕をいじりながら答える。するとアナスタシアは、アンジェリカに言う。
「それではお嬢様、もうお休みになられては?」
「どうして!」
「夜更かしは、女性の天敵ですので。クラウディア様がそう言っていました」
「誰?」
そうアンジェリカが聞くと、アナスタシアは答える。
「当店の、別のドールです」
「えっ!?別の!?」
「はい。他にも、マリア様やカレン様がいらっしゃいます」
アンジェリカはアナスタシアの話に興味を持ったのか、興奮気味に言う。
「すごーい!そんなに、動くお人形がいるの!?」
「はい……」
アナスタシアがアンジェリカの家に来て3日はたったその日、今まで表情一つ変えずにいたアナスタシアはこの時、初めて笑った顔をした。そんなアナスタシアの笑った顔が照れくさかったのか、アンジェリカはアナスタシアから視線を逸らす。
視線を逸らしたまま黙り込んでしまったアンジェリカにアナスタシアは声をかける。
「お嬢様」
「分かったてるわ!寝るわよっ!あなたも寝ないと、お母さんに怒られるだからね!!それに寝ないと、いけないオバケが出るんだからね!………」
そんな捨て台詞みたいな事を言いながら、アンジェリカはドアに手をかけながら言う。他に何か言いたげだったが、アナスタシアは分からずにアンジェリカに言う。
「お休みなさいませ、お嬢様」
「おやすみ!」
アンジェリカはそうぶっきらぼうに言って、アナスタシアのドアを閉めて自室に戻っていたのだった。
*****
アンジェリカはアナスタシアに慣れてきたのか、クーデリアとの手紙の作業の間に一緒にいることが増えてきていた。今日も休憩の合間に、アナスタシアに絵本を読んでもらっていた。
「『………そして、その泥棒はうわぁ!と驚いて逃げて行ったのです』」
「っ!?……あなた、なかなか本を読むのが上手じゃない!」
しばらくすると、アナスタシアが休憩時間になる度にアンジェリカから声をかけるようになったのだった。そして、クーデリアの体調が日に日に悪くなっていってるのか、今日はクーデリアの寝室で作業をしていた。
「……いかがでしょう?」
「えぇ……。とっても良いわ」
「それではーーーー」
アンジェリカは、そっとドアを開けて中をうかがっていると、クーデリアが急に苦しみ出したのを見て、アンジェリカは思わず声を上げた。
「ーーーーこの印象で続けます」
「ありがとう……。っ!?はぁ……はぁ……!」
「っ!?」
ドアの方から、ガタッと聞こえ、クーデリアはアンジェリカに気づく。
「アンジェリカ!?」
隠れていたももの結局クーデリアに見つかってしまい、アンジェリカは誤魔化すように言う。
「ち、違うの……!その……あの……アナスタシアに、リボンを結んでもらおうとしたの……」
「分かったわ。でも、後でね?」
クーデリアがアンジェリカにそう言うと、先程まで黙っていたアナスタシアがクーデリアに声をかけた。
「クーデリア様、少し休憩を頂いてもよろしいでしょうか?」
「え……?」
「お嬢様は、今がよろしいんでしょう?」
アナスタシアは、アンジェリカに向かって言った。そして、アンジェリカ達は、いつもの居間のソファに座り、アンジェリカにアナスタシアはリボンを付けてあげた。
「終わりましたよ、お嬢様」
アンジェリカはアナスタシアにリボンをつけてもらうと、いつも持ち歩いているアンティークドールを抱きしめて本当の事を告げた。
「……本当は、アナスタシアにリボンをつけて欲しかったわけじゃないの……」
「はい」
「本当は、お母さんにしてもらいたかったの……!」
「はい」
「お人形遊びも、おままごとも絵本を読んでもらいたいのも……。虫は……お母さん苦手だから無理だけど……。……っ!お母さんと私の時間を取らないで、アナスタシア!」
アンジェリカはそう、アナスタシアに言う。しかし、アナスタシアは誤魔化すように言う。そんな、アナスタシアにアンジェリカは続けざまに言う。
「あと数日です」
「じゃあ、お手紙を書いている間私もそばにいても良いか?聞いて!お母さんのそばにいたいの!手をぎゅっと握るだけよ!!お願い!」
「申し訳ありません。承りしかねます」
「どうして!?」
「申し訳ありません、お嬢様。そろそろ戻る時間ですので。失礼します」
そう言って、アナスタシアはクーデリアのもとへ戻って行ったのだった。そしていつも通り中庭でアナスタシアが、今日の分の手紙を確認してもらうように、クーデリアに渡す様子を、アンジェリカは窓から見ていた。
いつも通りならクーデリアが確認して、手紙をアナスタシアに返すのだが、今日は違っていた。アナスタシアがクーデリアに手紙を渡そうとしたその時、クーデリアが倒れたのだ。
「あっ!!」
アンジェリカは、急いでクーデリア達がいる中庭に走っていった。そして中庭にまでのドアを開けて中に入っていった。
「もうやめて!もうやめてよ!!お母さん!!」
アンジェリカは、叫びながらクーデリアに抱きつく。そしてクーデリアは、自分の身体から少しアンジェリカを話してから言う。
「アンジェリカ……。大丈夫だから……お願いだから、向こうへ行っててちょうだい……?とても、大切な手紙なの……」
それを聞いたアンジェリカは、涙を流して叫ぶ。
「どうして!?どうして、手紙を書くの!?誰に、書くの!?お父さんはもういないのに!」
「大事な手紙なの……」
「私の知らない誰かなんでしょ!そうなんでしょ!?お見舞いにも来ない、誰かよ!!お母さんを本当に心配してくれてる、人なんて知らないくせに!」
クーデリアは、アンジェリカに優しく微笑む。それを見たアンジェリカは、小さく問う。
「私よりも大切なものなの……?」
「アンジェリカよりも大切なものなんて無いわ……」
アンジェリカは、スカートを握りしめながら言う。
「…そんなの嘘だよ」
「嘘じゃないわ……」
アンジェリカは、アンジェリカの肩に置いていたクーデリアの腕をはじきて一歩後ろへと下がる。そしてアンジェリカはクーデリアに言う。
「だって……お母さんすぐに、病気良くなるって言ったくせに……!」
「そうよ……」
「っ!……私、知ってるだからね!お母さんの病気が治らないのも!お母さんがいなくなったら、私が一人になるってことも!!」
「……っ!?……!」
それを聞いたクーデリアは、堪えられなかった涙を流す。アンジェリカは、それでも続ける。
「ねぇ、いつまでなの!?いつまで私はお母さんと、一緒にいられるの!?お母さんがいなくなって、この屋敷で一人になるぐらいなら手紙なんか書かないで、私と一緒にいてよ!!」
「お嬢様……」
クーデリアは声を抑えて泣き続けた。アンジェリカは、泣きながらクーデリアに近づいて行ことするが、アナスタシアがそれを止める。それを見ていたレイスも泣いていた。
アンジェリカは、クーデリアの泣いてる姿を見ているのがつらくなったのか外へ飛び出して行った。アンジェリカは、街に続く道を走り続けた。途中転んでいたが、それでも立ち上がり走り続けた。やがて疲れてきたのか、アンジェリカは走るのをやめてその場に泣き崩れる。アナスタシアは、泣き崩れてるアンジェリカの背中に声をかける。
「お嬢様……、お嬢様とのお時間を私が消費しているのには、わけがあるのです。なので、どうかクーデリア様に対してお怒りにならないで下さい」
「だって……ひっく……だって……!ひっく……ひっく……」
アナスタシアは、さらにアンジェリカに近づく。
「お嬢様が今お辛いのも、分かります。その小さなお姿で、クーデリア様のご病気を受けとめていらしゃいます。あなたは、とても立派です」
「……ひっく、違う!違うもん!ひっく、ひっく!……立派じゃない!」
アンジェリカは、そう言いながら立ち上がってアナスタシアの方を向く。
「うぅ……ひっく、ひっく、違う……!私、立派じゃない……!お母さんを、お母さんを、泣かせちゃったぁぁぁぁ!」
「いいえ、そんな事はありません。お嬢様はお優しい方です」
「違うぅぅ!!」
「いいえ……」
「違うぅぅぅ!違う、違うぅぅぅ!」
アンジェリカはそう泣きながら、子供がただをこねるようにアナスタシアを殴り続ける。しかし、アナスタシアは素直にそれを受け止める。
「違う、違うの!私がいい子じゃないから、お母さんが病気になちゃったんだ!」
「いいえ、違います」
「違わない!違わない!うわゎゎゎん!!」
「もう……どうにもならないことなのです。私の腕もあなたの腕のように、柔らかい肌ならないということも……」
そこで一度アンジェリカは、殴っていた手を緩める。アンジェリカは、アナスタシアの鉄の義手を見て手を止める。アナスタシアは、アンジェリカに言いかせるように言う。
「どうにもならないのです……」
アンジェリカは、アナスタシアの顔を見上げてようやく子供らしさで泣いた。そんなアンジェリカをアナスタシアは静かに抱きしめる。
「うわゎゎゎん!お母さん……お母さんぁぁぁぁ……!ひっく、えくっ……。どうして……ねぇ、どうして手紙を書くの……?」
「人には、伝えたい思いがあるのです」
「そんなの……!届かなくていい!」
「届かなくていい手紙なんて……、ありませんよお嬢様……」
そして、アンジェリカはしばらくアナスタシアの腕の中で泣いていたのだった。
*****
そして、アナスタシアが手紙を書き終えて帰る日がやって来た。
「今までありがとう、アナスタシアさん。なんとか期限までに終えることが出来たわ」
「いいえ。私は仕事をしたまで、ですので。それでは」
アナスタシアはそう言ったあと、クーデリアたちにお礼をして歩き出した。
そんなアナスタシアの姿を、少しうしろで見ていたアンジェリカに優しく微笑むクーデリア。アンジェリカは、戸惑い気味にクーデリアの隣に行く。そして、クーデリア、レイスそしてアンジェリカはアナスタシアを見送っていた。
「アナスタシア!」
その時、アンジェリカは急に走ってアナスタシアを呼び止める。呼び止められたアナスタシアは、アンジェリカたちの方を向く。そして、アンジェリカはアナスタシアを自分の目線ぐらいになるようにさせる。アンジェリカは、アナスタシアの頬に愛情、思いやりとの意味を込めたキスをする。
「お嬢様」
「あれ?」
アンジェリカは、そう驚いた声をかげた。そしてそれを確かめるように、アナスタシアの頬に触れる。そこでアンジェリカはようやく、アナスタシアが人形では無いことに気づく。
「あったかい……。あっ、もしかして……!」
アナスタシアは、アンジェリカの言葉を肯定するように頷く。
「それじゃ、飲んだ紅茶は?」
「ですから飲んだ紅茶は、体内から排出されやがて大地に流れていきます」
そこでようやく、アンジェリカはあの時自分が恥ずかしい質問をしたと自覚して赤くなったのだった。そして、アナスタシアはアンジェリカとの話を終え本当に去っていった。そんなアナスタシアのうしろ姿にアンジェリカは手を振って見送った。
*****
(それは、お人形じゃなかったの。それから、良く無いものでもなかったわ!それはとっても優しくて、綺麗な女の人……。私、あの人の書いた手紙読んでみたかったなぁ……。一体誰への手紙だったんだろ……?)
*****
アンジェリカは、そんなこと思っているとクーデリアの声がした。
「アンジェリカ、お茶にしましょ」
クーデリアは、そう微笑んでアンジェリカに言った。それを聞いたアンジェリカは、嬉しそうにクーデリアの元に走って行く。アンジェリカは、クーデリアに色んなこと言う。
「お母さん!おままごとしましょ!それからね、ご本を読んで!それから、それから!」
「あらあら」
クーデリアは、少し困った顔をしながら笑ったのだった。
*****
アナスタシアが、返ってからいつかの季節が過ぎていった。春から夏へ夏から秋へ秋から冬へとアンジェリカは、クーデリアと過ごした。そして、何回目かの梅雨が来た時、母クーデリアは安らかに眠ったのだった。
アンジェリカは、クーデリアが亡くなって初めての誕生日を迎えた。そして、アンジェリカのもとに一通の手紙が届いた。その手紙は、母クーデリアからだった。
*****
『アンジェリカへ
アンジェリカ、八歳の誕生日おめでとう!これから、悲しい事が沢山あるかもしれない。頑張っていても、挫けているかも。でも、負けないで……。寂しくて、泣いちゃう時もあるかもしれないけど、忘れないでお母さんはいつでもアンジェリカを見守っているわ』
その手紙は、アンジェリカが誕生日を向けえる度に届けられた。
『アンジェリカへ
アンジェリカ、十歳の誕生日おめでとう!背も伸びて、もう十分背が伸びたでしょ……。でも、まだ本を読むことと踊るのは好きでしょ?なぞなぞと虫取りは卒業したかしら?』
アンジェリカが十八歳の誕生日を迎えても、その手紙は届き続けた。
『アンジェリカへ
アンジェリカ、十八歳の誕生日おめでとう!もう立派な大人のレディね!!好きな人は、出来たかしら?恋の相談には乗れないけど、きっとあなたが選んだ方だわ。きっと素敵な人ね』
アンジェリカは、昔クーデリアとアナスタシアが手紙を書いていた中庭のテーブルで手紙がを読んでいた。そして、アルバイトをしている時に告白を受けた彼と結婚し、以前クーデリアと過ごしていた屋敷で子供と暮らしていた。
『アンジェリカへ
誕生日おめでとう。二十年は生きたのね……。すごいわ!大人になっても、たまには弱音を吐いていいのよ?あなたが不安になっても、私がいるわ……。だからアンジェリカ、私ずっとあなたを愛してるわ……』
*****
クーデリアのからの手紙は、アンジェリカが五十歳の誕生日まで届けられたのだった。
END
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