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埼玉西武ライオンズから考える、マテリアルズ・インフォマティクスが目指すべき未来


今回は、埼玉西武ライオンズの最近の試みについてのニュースを元に、自分の仕事であるマテリアルズ・インフォマティクスで目指すべき姿について考えてみた、と言うお話です。

埼玉西武ライオンズとは

埼玉西武ライオンズは、埼玉県所沢市のベルーナドームを本拠地とする日本プロ野球機構に所属するチームです。

 1978年に創立、1980〜1990年代前半にかけてはリーグ5連覇・日本シリーズ3連覇など、無類の強さを誇りました。
 その後は、フリーエージェント(FA)制度に伴う相次ぐ主力選手の流出、親会社の経営不振など様々な要因があり、2008年に日本一に輝いて以降は、日本シリーズに出ることすらできないシーズンが続いています。

埼玉西武ライオンズから何を学んだか?

 結果は必ずしも芳しくないライオンズですが、先日注目すべき動きを見せました。
 2024年1月31日、他チームが続々とキャンプインに向かう中、ライオンズは監督・コーチ以下全スタッフが集合した研修を敢行しました。内容はコーチング・トレーニング理論など多岐に渡り、何と7時間半。受ける方も開く方もエネルギーが必要な一大イベントです。これをわざわざ他球団のキャンプインのタイミングでやる辺りに、球団の強い意志を感じます。

ライオンズのねらい=大事な人材が確実に結果を出せる体制?

 このニュースが気になったので、私なりに色々想像してみました。
 ライオンズは、FAで有力選手を取られる一方で取れることはほとんどない、と言う弱点を抱えています。このシーズンオフも、長年4番を張っていた選手が流出しました。これは戦力を維持する上で大いに痛手になります。
 一方で結果として、残ってくれた選手に対するファンの想いがとても強くなる、と言うことにつながっています。特に、先日2000本安打を達成した栗山巧選手、500本塁打が近づいている中村剛也選手。この二人は「ライオンズの骨と牙」と言われ、文字通り神のように崇められている、と言っても過言ではありません。

 さらには、WBC優勝に貢献した源田壮亮主将、侍Japanの経験もあるユーティリティプレーヤーの外崎修汰選手リリーフエースとして194セーブを挙げている増田達至選手らも、その系譜に連なりつつあります。
 そんな彼らもいつかは引退し、指導者になるでしょう。球団としては、FAでの他球団移籍を選ばずライオンズを選んでくれた貴重な彼らには、何としても指導者として成功してもらわねばなりません。万が一失敗するようなことがあれば、ファンの絶大な支持を集める貴重なアイコンが失われてしまうのです。
 一方で、彼らが指導者として結果を残すことが出来ればどうでしょう?伝説の選手が引退後も指導者として活躍しファンから愛される…このような姿は、多くの野球人にとって理想的な姿でしょう。「縁あって活躍した選手の多くが理想的な姿を体現している」という流れを球団として確立できれば、とてつもない強みとなります。おそらくは、有力な選手の入団を後押ししてくれるはずです。そして彼らが新たなレジェンドとしてチームの伝統を受け継いでいくでしょう。そしてチームは、長く安定した愛される存在になっていくはずです。
 コーチングは、指導の理論としてかなり体系化・確立されています。そのほかのトレーニング理論も含めてきちんと学んで実践すれば、誰でも最低限必要な成果は出せるようになります。そこに現役時代の経験や個性がプラスされれば、指導者として十分な結果を残せる確率は飛躍的に高まります。ライオンズがOBであるスタッフ全員に研修を受けさせたねらいは、彼らの経験を確実に引き出し、指導者として確実に成功させるための下地作りではないか、と感じています。
 FA補強は短期的なチーム力の強化には適していますが、長期的に見ると、獲得に要する金額が割高になりやすい・獲得した選手の分若手選手の枠が減り育成に歪みをもたらしかねない、などの弊害もあります。ライオンズは、資金が潤沢でなくFA補強に積極的ではないですが、その代わりに育成力を徹底的に体系化・強化し、貢献してくれた選手が確実に成功するシステムを作ることによって、ファンも含めて関わった人誰もが幸せになるチームを作ろうとしているのではないでしょうか。

マテリアルズ・インフォマティクスにどう活かせるのか?

 さて、ここまで読んでいただいた考え方・哲学が、全く異なる分野であるマテリアルズ・インフォマティクスにも通じるものがある、と感じました。以下に考え方を述べたいと思います。

そもそもマテリアルズ・インフォマティクスとは

 マテリアルズ・インフォマティクスとは、材料科学と情報科学の融合によって新たに生まれた学問・技術分野です。材料の特性や性能をデータベース化し、情報技術を駆使して解析・活用することで、新たな材料の開発や材料デザインを行うことを指します。2011年ごろにアメリカでMaterial Genome Initiativeというプロジェクトが始まったのが一つのきっかけで、日本を含む世界中で盛んに行われるようになりました。

 この手法により、従来の勘や経験に頼った材料開発の手法と比べ、開発に要する時間・コストを大幅に削減できると期待されます。実際、材料科学のみならず、エネルギー・電子デバイス・医療・環境など、あらゆる産業や領域で効果が出始めています。

マテリアルズ・インフォマティクス=勝たせたい人を勝たせるツール?

 この技術が普及すると、どんなことになるでしょうか?
 素朴には、AI・情報科学に強い天才的なエンジニアが従来の研究者を駆逐する、と言う将来が想像されます。実際、研究黎明期にはそんな声がよく聞かれました。担当者として関わりつつ、そういう世界はあまり面白くないな、と感じたものでした(自分が天才ではないから…orz)。しかし、この技術で成果を出そうとすると、一つ大きな壁があります。それは、技術のアウトプットとして得られる新しい材料の組成・作り方(言うならば「材料のレシピ」)は、実証されて初めて意味をなすのですが、この十章はAIエンジニアと材料研究者が連携しないとスムーズにいかないのです。結果として、マテリアルズ・インフォマティクスに基づいた開発は、着実に普及しつつあるものの爆発的な速度には至っていない、というふうに感じます。

 一方で、技術は年々使いやすくなっています。例えば、情報技術の中でも重要なパーツと言える機械学習。10年前は、論文を読み解いて自分で実装する必要がありました。5年前には、環境を構築し必要なライブラリをインストールすれば、すぐに使えるようになりました。今は、使いやすいwebアプリケーションもたくさん開発され、さらには、ChatGPTにデータを入れればレポート作成まで含めてやってくれるようになりました。5年後にはさらに便利になっているでしょう。どんどん「誰でも使えるようになっていく」と思われます。

 その結果何が起こるのでしょうか?技術力そのものでは差がつかなくなります。であれば、あとは使う人の個性が勝敗を分けるようになるでしょう。材料科学という物理科学の法則に従った分野での話ですので、その分野で長年やってきた人がハードルなく使えるようになれば、経験と相まって技術の威力は大いに増し、良いレシピを得られるようになるでしょう。そして自身が研究者なので、レシピのトライアルも容易にできるはずです。

 結局、このマテリアルズ・インフォマティクスにきちんと取り組んだ組織は、誰が取り組んでも最低限の成果を確実に残せるようになることに加え、経験豊富な自社の技術者の能力と掛け合わせて最大限に成果が得られるようになっていくでしょう。

 この流れは、先ほど述べたようなライオンズが目指している(と私が思っている)「個人の経験・人間力 x 標準化された技術 ー> 唯一無二の指導者」に通じるところがあります。マテリアルズ・インフォマティクスに限らず、DXなどの新しい技術は、個人の卓越した個性と掛け合わせることで大きな成果につながるのではないでしょうか?

終わりに

 初めてライオンズの試合を見に行ったのは、1990年9月23日です。

 この日、ライオンズは、シーズンの優勝を決めました。初回にスリーランで先行される苦しい展開でしたが、秋山のグランドスラム・清原とデストラーデのダブルスチール(何ともレアなプレー)・そして仕上げの清原弾! 先発工藤は立ち直って8回まで投げて試合を作り、最後は潮崎がゲッツーで締める…今だったらビール10杯くらい飲めそうな試合でした。それ以来西武を応援しています。
 この頃の西武はあまりに強く、日本シリーズは秋晴れの狭山丘陵の紅葉を背景に行うのが当たり前、という感じになっていました。今は残念ながら王者と言うには少々苦しいポジションになっている感はあります。それでも、人材を大事にして、最新の技術や理論を貪欲に取り組みながら新しい試みに挑戦する今の姿は、私にとってはやはり憧れの対象です。このライオンズの試みは、そう遠くない将来に必ずや実を結ぶでしょう。
 いや既に今シーズン。リーグ屈指の強力投手陣に甲斐野という素晴らしい選手が加わり、強力な助っ人コンビに佐藤龍世ら新しい戦力の台頭も計算できる打撃陣も楽しみです。やる獅かない!

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