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「目的は認証を取得することじゃない」ライフイズテックが目指すインパクト

B Corpの認証を取得した日本企業はここ2年で急増し、2021年の8社から50社になりました(2024年12月現在)。
その1社が、中高生向けのプログラミング教育などを通じ、次世代デジタル人材育成を手掛けるスタートアップ、ライフイズテック株式会社(以降「ライフイズテック」と記載)です。
経済産業省のインパクトスタートアップ育成支援プログラム「J-Startup Impact」にも選定されている同社は、2022年9月に認証を取得。2024年12月には、政府系ファンドのJICベンチャー・グロース・インベストメンツから20億円を調達したことでも話題になりました。
ライフイズテックは、どのようにして認証を取得したのでしょうか。また、インパクトスタートアップとB Corp、それぞれのコミュニティに属していることでどのような価値が生まれているのでしょうか。
取締役CFO兼Impact Officerの石川孔明さんとIR・CFO補佐の金丸健二郎さんに聞きました。

ライフイズテック株式会社 取締役CFO / Impact Officer 石川孔明さん IR/CFO補佐 金丸 健二郎さん 
B Market Builder Japan 共同代表 鳥居 希さん コンテンツ・リード 野田慎也さん
インパクト・エコノミー・ラボ 副所長 戸田 満 SIIF インパクト・オフィサー 田村直子

株主・経営陣はB Corp取得に前向き

野田 ライフイズテックさんは2022年にB Corpになりましたが、具体的にはいつ頃から認証取得に向けて動き出されたのですか?

石川 僕が入社したのは2016年ですが、前職のNPO法人時代にB Corpの方々と交流があったこともあり、入った当時から、いずれは認証を取得したいという想いがありました。
B Labが無料で提供しているオンライン評価ツール「B Impact Assessment(Bインパクトアセスメント)」のことは知っていたので、どんな内容なのか、本格的に動き出す前からB Labのサイトでよく見ていたんです。

※B Impact Assessment:B Corpの認証を取得するために必要な、企業の社会的・環境的パフォーマンスを評価するためのオンライン評価ツール。認証を取得するには、200以上の質問に答え、80点以上に達する必要がある。

具体的に取り組み始めたのは2020年頃。きっかけは、国の調査事業の一環で、サンプルとしてアセスメントを受けてみないかとお声がけいただいたことでした。

野田 その当時から大手上場企業をはじめさまざまな株主から資金調達していますよね。社内でどのように意思決定していったのでしょうか。

石川 ライフイズテックはもともと、株主をはじめすべてのステークホルダーのインパクトを最大化していくことを目指している会社です。
CEOの水野と一緒にニューヨークのB Labオフィスに行ったこともありますし、経営陣は前向きでした。
実際にBインパクトアセスメントを試したところ、認証基準の80点をクリアできたんです。なので、そのまま認証に向けた手続きに入ることもできなくはなかった。
ただ、僕としては早く取得することよりじっくり取り組むことに意味があると考え、その時はアセスメントを試しただけで、取得にはいたりませんでした。

スピードより「じっくり」を優先した理由

戸田 なぜじっくり取り組もうと思ったんですか?

石川 B Corpに対する認知度、つまりライフイズテックがB Corpを取得したということは、社内外問わず、取得したタイミングが最も高くなりますよね。
そう考えた時に、まだそこまで準備できていない段階で取得するよりは、アセスメントの各項目に対して自分たちの現状がどう評価されたのかという話を、経営陣、全社員にしっかりコミュニケーションできるようになったタイミングで取ったほうが、インパクトが出せると考えたからです。

鳥居 その効果はありましたか?

石川 はい。特にどんな点が評価の対象になるのか、どう見られるのかという具体的な点を社内に周知しながら進められたのが大きかったと思います。
例えば、ライフイズテックは従業員や顧客に対する社会的なパフォーマンスの評価がけっこう高いんですけど、環境負荷についてはなかなか点数が取りにくいんです。

田村 具体的にはどんな点で難しいのでしょう?

石川 オフィスが自社ビルではないので、エネルギーに関してはほぼコントロールできません。オフィスだけでなく、サーバーに使われる電気を環境負荷の低いものに切り替えたくても、アクションが取りづらい。
アセスメントを受けたことで、環境に関しては点数が低くなってしまうけれど、まずは自分たちがコントロールできる範囲で改善しようという話ができるようになりました。

CxOがコミットしないと「血肉にならない」

野田 認証取得に向けたチーム体制について教えてください。

石川 当初は僕ともう1人のメンバーで、週に1回、15〜30分程度の定例ミーティングを開きながら取得の準備を進めました。
ボードメンバーでないと答えるのが難しい項目がかなりあったので、基本は僕が答え、もう1人のメンバーが必要な情報やデータを社内から収集してくるという形ですね。あとは先方からのフィードバックをどう解釈すべきか分からないところは、2人で調べて対応したりもしました。
その後、B Labの担当者がついてオンライン面談が始まった頃から、英語の堪能なIR・CFO補佐の金丸に入ってもらって彼が最後締めてくれたという感じです。社内の経営会議では都度進捗を共有していました。

田村 スタートアップは人員も含めてリソースが限られていることが多く、そうした状況でB Corp認証を取得するのはかなりハードルが高いと聞きます。チーム体制に関してほかのスタートアップに何かアドバイスはありますか?

石川 まず言えるのは、CxOレベルのコミットメントが必要だということです。あとは、社内のデータをしっかり拾い、ファクトを集められる人たちで時間を出し合って進めれば、何とか対応できると思います。

鳥居 CxOレベルの人がチームに入ることは非常に重要ですね。取得を目指している最中であっても、その人を通してB Corpのアセスメントの視点を会社の意思決定に反映できることがたくさんありますから。

石川 その通りですね。アセスメントの設問は自分で答えましたが、そのくらいコミットしないと血肉になりにくい。振り返ってみると、僕自身が色々と悩んだプロセスが大事だったと思います。

英語力に自信がなくてもB Corpになれる

田村 アメリカのB Labの担当者とやり取りしなければならないことを考えると、英語力も必要になりますね。

石川 はい。ライフイズテックの場合は僕が少しできるのと、金丸がネイティブに近い英語力なので対応できましたが、そうでない企業の場合は、他社のアセスメントをサポートした経験のあるコンサルタントに協力を仰ぐほうが現実的かもしれません。
言語だけでなく、アセスメントの項目の意図を理解する上で、海外の文脈理解が必須なものがあるからです。

金丸 日本の商習慣的にこの質問の意図がどうしても分からない、日本の企業の場合はどう答えれば適切なのかといったことです。先方も丁寧に答えてくれたので、一つひとつ意図を確認しながら進めることができたと思います。
認証をすでに取得した企業にはそうした情報が蓄積されているので、取得を目指している企業はB Corpに一度ヒアリングしてみるといいかもしれません。

インパクトや労務に関するデューデリを行う投資家が増加

野田 ライフイズテックさんは、収益だけでなく社会的なインパクトを重視する企業としての新規株式公開「ソーシャルIPO」を目指しているスタートアップとしても知られています。B Corpの認証を取得したことで、ほかのスタートアップから何か反応はありましたか?

石川 スタートアップ界隈にはB Corpの認証取得に挑戦しようとしている企業が多く、問い合わせがたくさんありました。また、B Corpになることの難しさを知っている企業も多いため、B Corp認証を取得しているなら社会的インパクトに対してもしっかりした取り組みをしているのだろうと見られている。そんな目線を感じます。

野田 投資家からはいかがですか?

石川 既存の株主の皆さんは、ライフイズテックがインパクトを重視していることを理解して投資してくださっているので、 B Corp認証取得に関して特別な反応はありませんでした。
一方で、インパクトや労務、雇用の要件を厳しく見る投資家が増えてはいます。未上場企業であっても、B Corpのアセスメントにあるような項目が、投資する際に重視されるようになっていると感じます。

金丸 シンガポールのVCに聞いたところによると、海外ではインパクト・デューデリジェンスの際にB Corpであることが1つのフィルターになっている面があるそうです。第三者認証を取得しているという点で、VC内で話を通しやすいと。

石川 日本でも今後そうなっていくと思います。

「ガバナンスに効く」B Corpのアセスメント

戸田 B Corpであり、インパクトスタートアップでもあるという点についてはどう捉えていますか?

石川 ライフイズテックは、教育や学びをより良いものにしていく会社です。この領域にイノベーションを起こし、受益者をはじめとしたステークホルダーへのベネフィットを広げていきたい。そして、願わくばシステミックチェンジを起こしたいと思っています。
それが結果として、インパクトスタートアップやB Corpアセスメントなどの評価に現れてくるという感覚で捉えています。

戸田 B Corpやインパクトスタートアップであることそれ自体が目的ではないということですね。

石川 はい。とはいえ、B Corpのアセスメントが企業のガバナンスとして参考になる面はあります。グローバルで一定認められている客観的な評価尺度として、社内ポリシーの策定や意思決定に役立っていると思います。

鳥居 評価する物差しが属人的ではないということですよね。例えば会議である意見が出た時、意識的であれ無意識的であれ、周りは感情や個人的な価値観が入っていると感じてしまい、素直に受け止められないこともある。でも、B Corpの基準そのものは、人間ではないですし、特定の少人数が決めたものでもないので、少し距離を持って受け止めることができたりしますよね。

石川 そうなんです。世間のトレンドとかオピニオンリーダーが言っているからとかではなく、グローバルで合意が取れている物差しだということが公益性の上では重要。それを経営陣が節目節目で意識するので、結果としてガバナンスに効いているという感覚です。

鳥居 見逃していたことに気づけることも結構ありますね。

石川 本当に。例えば、性別や国籍などマジョリティではない人たちの管理職の比率といったものだけでなく、最も給与の多い社員と最も低い社員の差がどのくらいあるかなど、グローバルではそうしたことも評価の対象になるのかと気づかされました。

システムチェンジを起こすために

田村 最後に、石川さんからBMBJさんやSIIFに期待したいことがあれば教えてください。

石川 海外展開を進めていく際には、グローバルなB Corpコミュニティのリソースを活用しながら、インパクトを出していくビジョンが描けると良いと思っています。

鳥居 グローバルのB Corpと接するようになって驚いたのは、B Corpはアメリカで生まれ、ムーブメントの広がりは欧米で進んで来たにもかかわらず、日本のB Corpムーブメントに非常に関心が高いということです。日本の文化や歴史的な背景をリスペクトしてくれる人たちがとても多く、日本のB Corpと良い関係性を構築し、その意見を活かしたいと思っているのです。
日本にはまだまだ課題も多いのですが、グローバルの基準やシステミックチェンジのところに日本のバリューをもっと入れていきたい。そこをご一緒したいと思います。

石川 その意味でも、BMBJさんには今後も引き続き、骨太の議論の場をつくってほしいと思っています。
日本におけるインパクトの議論は、インパクト投資が起点となって議論が盛り上がってきた経緯からか、評価やコミュニケーションの議論が多いように感じています。
一方、B Corpのコミュニティではオーセンティックに、社会のベネフィットとは何か?それをどう生み出すか?といった議論がされている印象があります。そうした議論を通じて、さらに学びと実践を深めていきたいと思っています。

鳥居 ありがとうございます。今後もそうした場をつくる企画を練っているので、ぜひ参加してください。

田村 SIIFに対してはいかがでしょう?

石川 SIIFさんはすでに長年システムチェンジメーカーの起点になって活動されているので、特に要望することはありませんが、あえて言うとしたらIPOに関することでしょうか。
IPOはライフイズテックが目指しているものや、その取り組みをマーケットやステークホルダーに示すいい機会です。その時はぜひSIIFさんが蓄積したノウハウを共有いただきながら、ステップを進めていきたいですね。

戸田 そうですね。SIIFが事務局を務めているGSG Impact JAPANが2024年にインパクトに関する情報開示のためのガイダンスをまとめましたが、そこで得たノウハウや知見もあります。
ライフイズテックさんが今後、グローバルでインパクトやシステムチェンジを起こしていくことを期待していますし、SIIFも何らかの形でサポートすることができたらいいなと思います。

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