見出し画像

ヘルスケア・ニューフロンディア・ファンドインパクトレポート2020公開これまでの3年と今後の社会動向を考える


SIIFが全面的に制作支援をしている『ヘルスケア・ニューフロンティア・ファンド』のインパクトレポートはこのたびVol.3を公開しました。同ファンドを立ち上げた㈱キャピタルメディカ・ベンチャーズの青木武士・代表取締役をお招きし、SIIFのインパクト・オフィサー小笠原由佳とともに、改めてこれまでの3年間を振り返るとともに、今後の社会動向などを語ります。

画像1

左)株式会社キャピタルメディカ・ベンチャーズ 代表取締役 青木 武士氏
右)一般財団法人社会変革推進財団 インパクト・オフィサー 小笠原 由佳

当初の「まあやってみるか」から「すごくいいじゃん」の3年目

小笠原:HNFのインパクトレポートの発行も3回目になりました。まず1年目の頃を振り返っていただき、当初と現在でこのレポートに対する印象の変化など伺えればと思います。

青木:当初はインパクト評価というものに懐疑的でした。「社会的に良いことをするんだ!」と、かけ声を上げる人たちの中には気持ちだけが先行して、実際には何も社会実装されていないみたいなケースを散見することがあります。すでに社会実装されているサービスやプロダクトは営利企業が、需要があって社会に必要とされているからこそ消費者は対価を払っても欲しいと思ってもらえるものばかりです。そうしたものと比べたときに、「社会的に良いことをしよう」という気持ちだけをベースにつくるものが、現実にどれだけ影響を及ぼすことができるのか。収益を上げる意識や対価を支払う人を想定しないと本当に社会に良いことをする行為が実現できないと思いました。
私の投資領域であるヘルスケア領域は、基本的に社会に良いことしか事業として成り立たない領域です。ヘルスケア領域で競争優位を生むにはアウトカムを出さなくてはなりませんし、対価をいただくにはしっかりとした価値を示さなくてはなりません。ヘルスケア領域での価値提供先は、患者さんや医療従事者、医療機関等ですから、インパクトレポートの制作も不可能ではないな、というスタンスでした。言葉は悪いですが、「まあ目的は近いし、まぁいっか。やってみるか。」という感じです。
しかし実際に制作してみると、当初の予想をはるかに上回るメリットがありました。私自身も、キャピタリスト(ベンチャー企業に投資するファンドの運営責任者)として「これからは社会的なインパクトも考慮しなくてはならない」という学びがありましたし、周りからの反応も予想以上でした。

まず、スタートアップ企業の方々にとっては、ロジックモデルをつくる過程で、自分たちの進みたい方向性の再確認ができる点がありました。日々、PL(損益計算書)やKPI(重要業績評価指標)を追いかけるなか、中長期的な目的をどうしても忘れがちになりますが、作成する中で「僕らはなぜここに集まっているのか」ということを改めて考える機会になります。
また、LP(有限責任組合。ファンドの出資者)の方々に対し、投資先企業が何をしたい会社なのか、どこを目指しているのか、このレポートを通じて説明しやすいのも利点です。SDGs(持続可能な開発目標)という言葉がいま、盛んに使われていますが、「では具体的に何をしているか」という点を、本ファンドではこのレポートを用いて説明できます。

私自身、これまでも投資先企業の競争優位性の源泉を見てきましたが、ロジックモデルをつくることによって、より骨子をしっかりと理解できるようになりました。投資判断のサポートにもなっています。
これらのことから、当初は「まあいっか」でしたが、いまは「すごくいいじゃん!」という気持ちです。


データ版はこちらからご覧いただけます >>

画像2


インパクト村と資本主義村の歩み寄り

小笠原:青木さんのお考えの変化はインパクト村の人間にとってはとてもありがたいことですし、興味深いですね。ほかのプロジェクトでも感じましたが、いま、インパクト村と資本主義村が近づいてきているように思います。とくにここ半年ほどで、インパクト村は、「きちんとビジネスとして結果を出さないと社会には実装されず、意味がない」と気づき始めていますし、資本主義村は「経営のなかにインパクトを入れていきたい、入れていかなければいけないのではないか」という方向性に進んできています。

青木:ヘルスケア領域とインパクトレポートは相性が良かったのだと思います。とくに変容が大きいのは介護業界ですね。科学的介護という言葉が使われだしてきて、エビデンスやアウトカムを重視するトレンドになっています。ヘルスケア領域の長年の課題のひとつが、「出来高制なのか、アウトカム制なのか」であり、このレポートはそこに先んじて踏み込んでいます。制度が後から付いてきている感じですね。

小笠原:資金提供者との対話で変わったことなどありますか。

青木:LPの方々からは当初から良い反応をいただいていましたが、このレポートを用いることでLP側の担当者が変わった際にも説明しやすくなりました。レポートをお見せするだけで、どういう企業に投資しているのか、どういうコンセプトのファンドなのか分かりやすい、と仰っていただけています。

小笠原:我々の方の変化で言えば、最近、インパクトレポートを制作したいとお声がけいただくことが多くなりました。ファンドの運営者の方がこの取り組みを知り、作成したいと思われることもありますが、資金提供者側がSDGsやESG投資(環境、社会、企業統治を重視した投資)の流れのなかで、インパクトの可視化を求めることも多くなってきているようです。

青木:私はインパクト村の方の変容も大きいと感じています。かつては「インパクト投資を広めるためのインパクトレポート制作」という感じがしましたが、いまは、レポートはあくまで手段に過ぎず、投資先企業がしっかりリターンを出さないとインパクトの創出も持続しないと理解していただいたうえで、「きちんと利益の出るところに出資する」という基本がすり合わせできています。

小笠原:私たちの立場からすると、インパクトの可視化、情報開示もとても重要ですが、このレポートを通じこのファンドの投資先企業がいずれインパクト投資家を含めた多くの次の投資家の皆様の目に留まり、将来的に何らかのサポートを受けるような形になるなど、実利につながることもとても重要です。これは2年、3年と継続しているからこそ出てくるお話なのだと思います。

次のステップはインパクトの経営への落とし込み

小笠原:本ファンドでなくてもいいのですが、青木さんの次の課題ややりたいこと、目標はありますか。

青木:小さなファンドでもいいので、次のファンドでも小笠原さん とご一緒し、互いの仕事を少しずつシェアしてみたいですね。キャピタリストとインパクト・マネジメントを推進する人間が互いの仕事を担ってみることで、お互いの仕事をより深く理解し合え、良い学びになると思います。

小笠原:ありがとうございます。ぜひ実現させたいですね。
制作サイドとしてのSIIFの課題は、社会的インパクト評価の専門性をより高めていくことだと思っています。単にロジックモデルをつくったり、KPIの候補を出したりすることは比較的容易なのですが、その仕組みを社内に組み入れる段、つまりインパクト・マネジメントになると、その業界、その組織、そのプロダクト、社内のダイナミックス(力学)も理解していなければならず、いきなりハードルが上がります。経営者の方とお話ししつつロジックモデル作成のファシリテーション(活動のサポート)をすることも重要なスキルではありますが、その次の段階がまだまだできていません。おそらくそれは青木さんたちのハンズオン(投資家が直接経営参画するサポート)のスキルのなかに織り込まれていくのだろうと考えていまして、もし互いの仕事をシェアできるのでしたら、我々にとっても学びが大きいと思います。

青木:ロジックモデルをどう実際の経営に落とし込んでいくかということですね。

小笠原:通常の経営のPDCAサイクルのなかに常に少しずつ社会的インパクトのKPIが入っているという状態がおそらく理想なのだと思いますが、なかなかそこまで一足飛びにはいきません。

青木:面白いテーマですね。確かに結構ハードルは高いと思います。私たちの投資先企業も成長し、取締役会などは良い意味で多くの人たちが関わり、さまざまな意見が出るようになりました。投資直後のシードステージでは、起業家と毎日、毎週のように伴走してきましたが、投資先企業の成長とともに関与の仕方が変わってきます。多くの支援者が集まる中で、同じようなアドバイスをしても意味が無いので、私たちは他には無い価値を届けたいと思っています。その中の1つとして、アウトカムや社会的インパクトの創出という観点から投資先にアドバイス支援することがあります。

小笠原:海外のファンドですと、インパクトチームと財務チームがそれぞれ違うチームとして社内にあり、インパクトのデューデリジェンス(適正評価手続き。投資前に行う調査)はインパクトアナリストが、通常のデューデリジェンスは財務アナリストが実施し、投資先を決めて伴走していく、というケースもあるようです。その後徐々にその2チームの仕事が重なり、やがて財務アナリストがインパクトも見ることができるようなチームにしていくのが望ましい、とおっしゃる意見もありました。そこではインパクトと財務は別のものではなく、「インパクトの追求自体がその企業の成長を助ける」という概念のもと、インパクトも財務もみることができる人材を育てているのだと思います。

青木:今のお話を伺いますと、そうした職域間交流が行えるのファンドは、投資先としてレイターステージに近い、財務デューデリジェンスを行う意味のある企業を舞台にするのが合っているのかもしれませんね。シードやアーリーステージですと財務状況を見てもあまり意味はないですからね。コンセプトをチェックし、「マーケットに本当に合う体制やプロダクト、サービスなのか」というのがシードステージで、「ここに資源を投入すると成長する」というところが明確に見えてきているのがレイターステージだとすると、その中間あたりで介入するのが、利益と社会性のバランスがちょうどよく取れるのではないかと感じます。

小笠原:そのあたりはぜひ検証してみたいですね。


ポスト資本主義の世界をどう見るか

青木:いまポスト資本主義が盛んに言われていますが、SIIFのなかでこれはどう議論されていますか?
キャピタリストはファンドが有限のなか、5年先、10年先の近い未来を見て動きがちですが、私は30年先の世界観を見据えながら、その1歩目としての10年後を見ていくべきだと思っています。将来的にも資本主義が続くという大前提に立つべきなのか、否か。ただ、社会を構成する人間は明らかに性質が変わってきています。例えば我々のような世代ですと、高級車に乗り高性能の腕時計を付けたい、というようなモチベーションが努力の根底にありました。しかしいまの若者にはそうしたステレオタイプの理想像がありません。車はシェアでいいし、モノはあまり持ちません。そういう人たちが主流となり、意思決定に関わってくる30年後は、世界観が圧倒的に変わっているはずです。シェアの時代には私有権の担保という概念がありませんから、経済的利益を出すこと、成長することがすべてだ、という資本主義のロジックが破綻します。

小笠原:私たちもオルタナティブ(現在の主流に代わる新たな選択肢)についてはよく話します。私たちが支援しているプロジェクトのなかに、住居の共同所有に近い新しいライフスタイルを目指している「ADDress」があるのですが、新たな価値観を可視化していくことが重要だと感じる一方、本当に将来的に社会全体がその方向に向かうのかはまだ分かりません。
また、格差は拡大の一途をたどっており、日々の暮らしに精一杯で、そうした新たな価値観をエンジョイできない方もいらっしゃいます。

青木:確かにこうした話は、ある程度以上、裕福で生命安全性が担保されているという前提から生まれる発想です。そうした、モノは基本的にシェアし、欲もなく必要以上の富はいらないと考える方が増えるなか、もし、生活困窮者に本気で向上心をもってもらえるようなアプローチをすることができれば、いずれ逆境から新たな成功者像が生まれるかもしれません。未来に何が起こるのか予知することはできませんが、趨勢は掴みたいと思っています。


株式会社キャピタルメディカ・ベンチャーズ

【設立】 2016年11月 【資本金】 10,000万円
【代表取締役】 青木武士
【投資対象】 医療・バイオ・介護・健康・保育・農業・スポーツなど広義のヘルスケア領域
【出資/運用額】 数千万円/回を基本として調整( ファンド12.5億円)
【投資ポリシー】 ヘルスケア領域の効率化と、重視すべきヘルスケア課題への投資  
【所在地】 〒105-0001 東京都港区虎ノ門1丁目2番3号 虎ノ門清和ビル

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
日本にインパクト投資が根付いていない2013年頃より調査研究に着手し、GSG国内諮問委員会設立や賛同メンバーの招集を皮切りに、インパクト投資における提言書や現状を記した報告書の発行。金融庁共催のインパクト投資における勉強会の開催などインパクト投資の推進のための活動をしています。