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地域特化のシステムチェンジ投資の可能性、Place-Based Impact Investing

1. はじめに:地域の未来をつくる投資とは

少子高齢化が進み、地域の公共サービスやインフラの脆弱化の可能性が指摘される日本。わたしたちが住むまちを将来世代につないでいくために、お金の出し手や企業にできることは一体何でしょうか?

今回の記事では、イギリスを中心に先駆的な事例が生まれている「Place-Based Impact Investing(PBII、地域協働型インパクト投資)」の考え方と、イギリスのブリストル市が市全体を巻き込んだ取り組みとして運営している地域協働型インパクト投資ファンド「Bristol City Funds」を、システムチェンジに向かいうる投資事例としてご紹介します

ブリストル市の人口は、2022年6月時点で47万9,000人[Bristol City Council, 2023]。日本で言えば岡山県倉敷市(46万人)や大分県大分市(47万人)とほぼ同じ人口規模[総務省統計局, 2020]のブリストルの未来に向けた取り組みが、日本の地域づくりに取り組む事業者や金融機関の方、自治体の方などのヒントになればと考えています。

【システムチェンジ・ライブラリ powered by SIIFについて】
社会課題の解決と経済的な持続性を同時に志す人々がつくる新しい経済(=インパクトエコノミー)の実現を目指すSIIF(社会変革推進財団)のインパクト・エコノミー・ラボが運営する、世界の「システムチェンジ」を志向する投資・課題解決の先行的事例や実践知のコレクションです。特に、SIIFが行うシステムチェンジ投資事業の実践や国内外の調査研究から得られた気づきや知見をもとに、社会の当たり前を変えるための新しいお金の流れや、多様なステークホルダーが協力してつくる事業を生み出すヒントを発信していきます。

2. Bristol City Funds設立の経緯

Bristol City Funds設立のきっかけとなったのは2017年。ブリストルの地域住民、ビジネス、金融機関、公共団体などのさまざまなセクターの代表者が集まり、ブリストル市が健全に発展していくための「平等な社会基盤と環境に優しいまちづくりを実現するファンド」の必要性が議論されたことが発端です[City Funds; City Funds, 2022]。

そして2019年、ブリストル市・現市長のMarvin Rees氏のリーダーシップのもと、Bristol City Fundsが設立されます。Rees氏は、企業からの出資・寄付を原資にファンドに積立・運用し、市の不平等の解消と公共空間やサービスの質向上に活用したいと考えました。この構想に対して最初の投資家として手を挙げたのがイギリスで休眠預金の分配を担うBig Society Capitalで、そのBig Society Capitalとブリストル市がそれぞれ500万ポンドを出し合うかたちで1,000万ポンド規模(約19億円、1ポンド190円として算出)のファンドが組成されました[City Funds; Impact Investing Institute, 2022]。

このBristol City Fundsは、地域特化のインパクト投資ファンドとして地域の中小企業や社会起業家に投融資・助成金およびプロボノ支援を提供します。その投融資・助成は、ブリストル市が「The One City Plan」で掲げる2050年ビジョン、「ブリストルが公正で健康、持続的な希望溢れる街となり、住民全員が成功を分かち合う」に基づき、投資目標としてはリスク調整後の内部収益率(IRR) 4%を目指して運営されています[City Funds, 2022; Bristol City Council, 2023]。

写真1: BRISTOL ONE CITYのビジョン[BRISTOL ONE CITY公式WEBサイトより引用]

3. Bristol City Fundsが取り組む課題、見据える未来

現在のイギリスでは、不動産価格や水道光熱費、食費を含む物価高騰が大きな課題になっています。

イギリスの独立系シンクタンクResolution Foundationの調査によれば、2022年11月時点での経済的に豊かな層(上位10%)のインフレ率は9.6%に対し、豊かでない層(下位10%)にとっては12.5%を記録しており、これは同一の調査データのある2006年以来最大のインフレ幅となりました。これは食料の買い控えなどにもつながっており、もっとも経済的な困難を抱えている層の34%がResolution Foundationの調査に対して「物価高騰によって健康が害された」と回答しています[Resolution Foundation, 2022 and 2023]。
※もっとも経済的に豊かな層については、14%が「物価高騰によって健康が害された」と回答しており、富裕層と経済的な困難を抱える層で20%の開きがある。

図表1: 物価高騰がイギリス市民の健康にもたらす影響調査の結果[Resolution Foundationの「The Living Standards Outlook 2023」より引用]

ブリストル市も他のイギリスの都市と同様に住宅危機や物価の高騰に直面しており、特に経済的に弱い立場にいる人々が生活コストの増大により機会の格差や健康被害に直面するリスクが増大しています。そうした状況の影響もあるなかで、Bristol City Fundsは、ブリストル市の構造的な格差問題を解決すると表明し、その戦略をファンドのTheory of Changeにまとめています[City Funds, 2022; Bristol City Council, 2023]。

図表2: Bristol City FundsのTheory of Change[Bristol City FundsのAnnual Impact Review 2021/2022より引用]

上記のTheory of Changeが示す通り、Bristol City Fundsはブリストル市のOne City Planをもとにしたインパクト志向の投融資・助成先選定・資金提供先への経営支援、解決すべき課題に関連するステークホルダーとのコミュニケーション促進などを行っています。それらの取り組みがブリストルにおけるソーシャルインパクトの増大や、事業活動を通して得られた学びが政策意思決定に活かされる成果につながり、長期的にはそれら成果の積み重ねが地域の格差や不利益を取り除き、市民全員がインクルーシブかつ持続的で豊かな地域経済の恩恵を受け、貢献していけるブリストルにつながっていくビジョンが描かれています。

市レベルの構造的な格差を解決するためのインパクト投資ファンド、Bristol City Funds。「システムチェンジ」の視点からBristol City Fundsの課題設定とTheory of Changeを捉えてみると、対象地域をブリストル市に絞ることによって社会・環境システムの全体像を理解し、複雑な課題である「構造的な格差」の解消にむけて介入すべきレバレッジ・ポイントが特定しやすくなり、結果として社会・環境システムレベルの変化が生まれやすくなる可能性があるのではと考えられます。

4. ブリストル市における地域協働型インパクト投資

ここではまず少し話を戻して、そもそもの「Place-Based Impact Investing(地域協働型インパクト投資、以下PBII)」の基本コンセプトと定義をご説明します。それを踏まえて、2019年に活動を開始したBristol City Fundsが地域協働型インパクト投資ファンドとしてどのように運営され、現時点での途中成果を生み出しているかをご紹介したいと思います。

イギリスでPBIIやインパクト投資分野の市場づくりに取り組む中間支援組織であるImpact Investing Instituteなどが公開した白書によると、PBIIは次のように定義されています。

特定の地域のニーズに着目し、その地域の経済的な復元力や豊かさ、持続可能な発展といったポジティブなインパクトを生み出し、同時に適切な財務リターンの達成を目指す投資。

The Good Economy, Impact Investing Institute, Pensions For Purpose, 2021
図表3: PBIIの概念図[Impact Investing Institute等による白書「SCALING UP INSTITUTIONAL INVESTMENT FOR PLACE-BASED IMPACT」より引用]

上記の図が示すように、活動の現場としての「地域」のニーズや機会、重要アジェンダとそれらに取り組むために必要なステークホルダーとの連携が土台にあり、地域経済の根幹を成す「不動産」「中小規模事業者への資金支援」「エネルギー」「インフラ」「環境の再生」の5つのテーマを主な対象に地域年金基金やその他の機関投資家がインパクト投資を行うものとして提示されています。

さらに上記の白書は、PBIIをほかの投資スキームと区別するための5つの特徴を定義しています。

【PBIIの5つの特徴】
1. インパクト志向の投資
2. 活動する地域の特定、定義
3. ステークホルダーの参画を促す働きかけ
4. インパクトの測定、マネジメント、レポーティング
5. セクター、組織、部門を超えた、インパクト創出に向けた協働

それでは、Bristol City Fundsの場合は、ブリストル市の地域レベルでどのようなインパクト(変化)を生み出しつつあるのでしょうか? Bristol City Fundsが公開しているインパクトレポートを手がかりに見ていきたいと思います。

まず単年の資金提供規模としては、Bristol City Fundsは2021年から2022年にかけての1年で、130万ポンド(約2.47億円、1ポンド190円として算出)で47件の助成と500万ポンド(約9.5億円、1ポンド190円として算出)で16件の投融資を行っています。それぞれ、助成は2万6,000人の健康とウェルビーイングに貢献し、投融資は43の雇用と18の住宅づくりに貢献し、18万人のサービス受益者へのリーチを実現しています。また、これまでの投融資先の具体例・内訳としては、雇用支援や移民などマイノリティによるビジネスに対する支援が最多の34%、次点が地域の事業者主導の不動産やコミュニティ開発(29%)、続いて再生可能エネルギーなど環境分野(17%)とがん検診へのアクセスを容易にするスタートアップなどのヘルスケア・ウェルビーイング(15%)となります[City Funds, 2022]。

図表4: Bristol City Fundsの2021-2022年の活動結果[Bristol City FundsのAnnual Impact Review 2021/2022より引用]
図表5: Bristol City Fundsの投融資先ポートフォリオ[Bristol City FundsのAnnual Impact Review 2021/2022より引用]

これらの助成や投融資はすべて、ブリストル市の長期ビジョンであるOne City Planと整合させるかたちで実施されています。具体的には、下図のようにOne City Planと連動させるかたちで投資領域・テーマ・指標を定め、投資ポートフォリオ策定の指針としています。例えばビジョンのうち「公正な社会基盤」の要素は「平等と包摂」の投資領域へとブレイクダウンし、それを「収入向上」「食の供給」「健康」「教育」「ウェルビーイング」のテーマと紐づけるかたちでインパクト投資を行っています[City Funds, 2022]。

図表6: Bristol City Fundsのインパクト投資先選定と評価のフレームワーク[Bristol City FundsのAnnual Impact Review 2021/2022より引用]

そしてBristol City Fundsは、投融資案件・助成案件の両方のソーシャルインパクトを共通指標で測定・評価・発信しています。Bristol City Fundsそのものは2019年に始まった取り組みのため、まだシステムチェンジと言えるまでの実績を作り出すには至っていないかもしれませんが、特筆すべき点は、投融資と助成のハイブリッド型の取り組みです。

例えば投融資案件で脱炭素や住宅、サステナブルな交通といったビジネスで取り組みやすい領域を担い、助成案件でメンタルヘルスや難民、高齢者のサポートといった市場の力だけでは取り組めない非営利性の高い分野をカバーすることで、営利と非営利両方の力を活用して地域の未来をつくる取り組みとなっています。また、障害をもつ子どもの余暇活動を支援する団体には助成、テクノロジーを活用した障害者就労支援を行うスタートアップには投融資を行うなど、同じ課題領域であっても投資と助成を組み合わせてより構造的な課題解決を目指す事例も生まれています[City Funds, 2022; AutonoMe; Gympanzees]。

図表7: Bristol City Fundsの投融資案件のインパクトレポート(概要)※Bristol City FundsのAnnual Impact Review 2021/2022より引用]
図表8: Bristol City Fundsの助成案件のインパクトレポート(概要)[Bristol City FundsのAnnual Impact Review 2021/2022より引用]

5. Bristol City Fundsの特徴

以上が、イギリス・ブリストル市で新たに立ち上がったBristol City Fundsの概要です。

確かにこの取り組みは2019年に立ち上がったばかりの取り組みのため、その長期ビジョンがどのように達成されるかどうかを目の当たりにするにはもう少し長い目で見ていく必要があるかも知れません。

しかしながら、今回、Bristol City Fundsの実践ならびに「地域協働型インパクト投資(PBII)」の考え方を日本の皆さんにぜひ紹介したいと考えたのは、3つの理由があります。

・1点目は地域協働型インパクト投資は民間と行政がともに「長期視点」を携えて、地域の社会・環境システムの課題に腰を据えて取り組める点です。

・次に、地域全体の将来ビジョンや計画に紐づけて投資ポートフォリオを組むことで、より多面的な視点で地域の発展に貢献できる「地域還元」の可能性です。システムチェンジの視点で考えると、ブリストル市の社会・環境システム全体を俯瞰し、投融資(営利)と助成(非営利)それぞれの利点を組み合わせて地域課題の根本的な原因に働きかけられるメリットがあると考えられます。

・最後のポイントは、これまでコレクティブ・インパクトの文脈でも議論と実践が進んできたポイントでもありますが、地域協働型インパクト投資の資金の出し手や事業者だけでなく、地域のステークホルダーとの協働や学習、つまり「コミュニティ・エンゲージメント」を重ねることでステークホルダー間の関係性が変わっていき、その結果として地域の本当のニーズに応えていく社会・環境システムに移行出来る可能性があると考えたためです。

その地域に住む人たちが本当に望む変化を明らかにし、複雑な地域課題に長期的に取り組み、持続可能な経済と社会の基盤を作る。そのために必要なお金を必要なところに運び、地域のステークホルダーをつなぎ、協力を促し続ける「地域協働型インパクト投資(PBII)」は、特に地方の人口減少が進む日本においても、地域の未来をつくるためのヒントを与えてくれるかもしれません。

Reference
1. Population of Bristol[Bristol City Council, 2023]
2. e-Stat 令和2年国勢調査に関する不詳補完結果[総務省統計局, 2020]
3. Bristol City Funds, FAQ[City Funds]
4. City Funds Annual Impact Review 2021/2022[City Funds, 2022]
5. Big Society Capital [Big Society Capital]
6. Financing structures for place-based impact investing – what works?[Impact Investing Institute, 2022]
7. One City Plan 2023[Bristol City Council, 2023]
8. BRISTOL ONE CITY [Bristol One City]
9. Cost-of-living gap between rich and poor hits fresh high, as effective inflation rate for low-income households hits 12.5 per cent[Resolution Foundation, 2022]
10. The Living Standards Outlook 2023, Resolution Foundation[Resolution Foundation, 2023]
11. SCALING UP INSTITUTIONAL INVESTMENT FOR PLACE-BASED IMPACT White Paper.[The Good Economy, Impact Investing Institute, Pensions For Purpose, 2021]
12. AutonoMe[AutonoMe]
13. Gympanzees[Gympanzees]

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