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SIIFが注力する3つの社会課題#02「機会格差」 格差のループを乗り越えるためにインパクト投資の世界でできることは

 2022年の世界のインパクト投資残高は1兆ドル超。たくさんの人、お金が動いている中で、本当に地球と社会はよくなっているのでしょうか。また、人々は幸せになっているのでしょうか。こうした問いに向き合うべく、SIIFは昨年初めて、注力する課題領域として「地域活性化」「ヘルスケア」「機会格差」の3つを掲げました。
 これまでSIIFはインパクト投資という「手法」にこだわり、その手法を使って課題を解決することを行なってきましたが、今回の3つの課題領域の設定は、課題を引き起こしている構造は何なのかを分析し、そこからSIIFとして何ができるか見つめ直そうという試みです。
 約1年をかけて、課題の構造分析→変化の仮説(セオリーオブチェンジ)→変化を促すためのアクション案の3つのステップで考察を進め、ビジョンペーパーとしてまとめました。これらのプロセス、そしてプロセスを通じて得た気づきや学びについて、課題領域ごとに3回に分けてご紹介します。
 2回目は「機会格差」。ひと口に機会格差といっても、教育の格差、所得の格差、経済の格差、ジェンダーギャップなど広い範囲にわたります。これらの構造をどう捉え、インパクト投資家のあり方も含め、課題解決のための行動をどこへつなげていくのか。機会格差チームリーダーの加藤有也に聞きました。

SIIFインパクト・オフィサー 加藤有也

格差はどこから生まれるのか?
この違和感を分析する

 資金の流れを変えることを通じて社会的・環境的な課題の解決や新たな価値の創出を目指すインパクト投資の世界でも、「機会の格差」はフロンティアの領域だと感じます。この領域では、課題解決に必要なコストが価値提供による収益を上回ることも多いため、伝統的には行政の施策やNPO等の非営利団体による取り組みが主たるアプローチとなってきました。しかしこうした「再分配」が主役となってきた領域にも、ビジネスモデルやオペレーションに革新的なアイデアを持ち込むことにより、経済的な持続性を実現した事業や成長性の高い事業を成立させる起業家が数多く生まれつつあります。この課題領域においてインパクト投資家は今後どのような貢献ができるのか。SIIFが次に取り組むべき対象として重要ではないかと考えました。

「機会格差」は相続される!?
この仕組みを課題構造マップで紐解く

 「機会格差」という言葉に一般的な定義はありませんが、私たちは、「自ら望む人生を選ぶチャンスに差があること」と定義し、検討をスタートしました。人生で得られた果実の大きさや種類の違いを、私たちは一人一人の能力や努力の問題と捉えがちです。しかし、課題のあり方をよく見ていけば、そもそも社会の側が、人によって異なる「スタートライン」を引いているのではないか、そのために生活やキャリアにおける選択肢や辿り着ける世界に差が出てくることはないか。チームとしてこの構造を捉えたいと考えました。
 とはいえ、「機会格差」は極めて大きな広がりがある、捉えがたい課題でした。そのため、検討の入り口として、世代間で「経済格差が“相続”される」ことに着目しました。親世代の「機会格差」が経済的な格差をもたらし、経済的格差が次世代で「機会格差」の拡大を引き起こす。こうして世代を追うごとに格差が拡大していく。このループが起こる仕組みをより詳しく紐解いていくことを目指しました。

機会格差課題構造マップ

「機会格差」は自己責任なのか……
課題構造を捉える無意識のバイアス

 もう一つ、大きな課題を捉えるため、「機会格差」の影響を特に受けやすいと考えられる典型的な状況を取り上げました。具体的には私たちが「シングルペアレント(特にシングルマザー)」「単身高齢者」「外国籍」である場合にどのような「機会格差」に直面するのかを構造化し、それぞれに共通してみられるパターンを探ることに務めました。
 まずは客観的なアプローチとして、すでにある課題分析や統計データなどのデスクトップ調査や「機会格差」に関する事業に取り組む起業家や投資家・支援者へのインタビューを行いました。加えて、検討チームの個々人や身近な方の主観的な体験も検討の補助線となりました(後述するバイアスの原因でもあります)。課題としては、実際に「機会格差」に直面している当事者との距離を十分に縮められたとは言えず、今後更なる取り組みが必要だと感じています。
 分析の過程を通じて徐々に痛感することとなったのは、課題構造を考える自分たち自身にさまざまな無意識の思い込みがあるということです。例えば、「自己責任論」という言葉があります。「機会格差」は個人だけではなく周囲の環境を含めた構造として捉えたほうが質の高い解決策を見出せるはずだと考え始めたにもかかわらず、気づけば、「一人一人が社会階層を上昇できることは誰にとってもよいこと」である、だからより多くの努力ができるような環境を整えよう、といった「自助」に考えが向かってしまいがちでした自分たちはこれまでの人生で作り上げてきた「レンズ」を通じて社会を見ており、思考のショートカットとして使えば使うほどそれに支配されてしまうということは、自覚していたようでいざそこから離れようとすると難しく、厄介さを感じました。
 
このようなバイアスから逃れることは難しいです。しかし、多様な関係者の意見を聞き情報を集めることで、新しいレンズを手に入れることはできるかもしれません。今回の課題構造分析では、個人をどのようにエンパワーするかという視点と並行して、周囲との人間関係や、就労・ケア・教育等の社会的な仕組みや価値観との関係に目を向けました。目の前に階段がありそれを上ることができないときに、「自力で階段を上がれるようになるにはどうすればよいか」と考えるだけではなく、「そもそもこの世から<階段>をなくしてしまうにはどうすればよいか」という視点を手に入れようとする過程でした。検討を通じて、こうした領域に革新をもたらす取り組みが社会課題の構造的な解決や未開拓の大きな市場の創出に繋がる可能性を改めて感じるようになりました。
 

システムレベルの変革に貢献できる
インパクト投資家のあり方とは

課題構造分析の後、投資家としてのビジョンを立て、必要なアプローチを検討する、いわゆる「セオリー・オブ・チェンジ(ToC)」の構想を進めました。私たちのチームのビジョンは、「私たちの人生に他者との『贈り合い』が一つでも多く組み込まれることで、一人でも多くの人が『自分が願う人生』を歩める社会」としました。
ToCの検討を重ねる中で、このような社会の実現を目指すには、少なくともいくつかのステップが必要になりそうであることが見えてきました。まずは課題構造を理解したうえで投資の意思決定ができるようになること、課題の背後にあるシステムや法制度、慣行などの変革に貢献するアクションを見極めて実行・支援すること、更にはそうしたシステムを作り出した価値観や文化にも影響を及ぼすことも必要になるように思います。
気づいたことは、少なくとも単独ではできないこと、更には、おそらく投資というアクションだけでは足りないことです。システムレベルの変革から逆算したとき、インパクト投資家は、投資とIMM以外の機能を兼ね備えた存在になる必要があり、投資家以外のプレーヤーとの繋がりを作っていくことも重要な活動になりそうです。国内におけるインパクト投資の普及が進みつつある中で、投資プロセスに関する原則やツール、フレームワークは整ってきました。そうした過程の質は高めることに加えて、システミックチェンジに必要な要素を抽出し「インパクト投資家とは何をする存在なのか」を再定義できる事業の創出に挑戦したいと考えています。 

ビジョンペーパー【機会格差】

https://www.siif.or.jp/wp-content/uploads/2023/06/SIIF_VP_Opportunity-gap.pdf

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