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システムチェンジコレクティブ事業、児童虐待問題を通じて「機会格差」解消を目指すAiCANと協働します。

SIIFが2023年10月に開始したシステムチェンジコレクティブ事業(以下、SCC事業)。「機会格差」と「地域活性化」という2つの社会課題に向き合って事業に取り組む方々と、共に「システムチェンジ」を目指そうという試みです。SIIFはシステムチェンジ投資家として、それぞれの課題が生じる構造を分析し、このほど、構造的な社会課題の解決に寄与する可能性に着目して、パートナー企業を決定しました。今回はそのうち、「機会格差」の解消をテーマに「児童虐待ゼロ」を目指す、株式会社AiCAN様をご紹介します。


株式会社AiCAN 代表取締役CEO 髙岡昂太氏
SIIFインパクト・オフィサー 加藤有也・田村直子

子どもの健康・安心・安全は「機会格差」解消の中心テーマ

田村 実は私、昨年SIIFに入社して間もない頃に、とあるピッチ・イベントで髙岡さんのプレゼンテーションを聞いているんです。その内容に感銘を受けて、よく覚えていたので、今回SCC事業にご応募いただいたときには胸が高鳴りました。

髙岡 そうだったんですか。それは嬉しいですね。

田村 児童虐待問題について学べば学ぶほど、その課題の深さと拡がりを痛感しています。誰にとっても無関係な問題ではないと考えるようになりました。今回、どうしてSCC事業にエントリーしてくださったのか、その動機を教えていただけますか?

髙岡 「機会格差」と「地域活性化」というテーマが、両方とも私たちの事業に合致すると考えたからです。特に「機会格差」は、ど真ん中だと思います。一方で「機会格差」の解消を事業目的の正面に据えたスタートアップやNPOは、案外少ないのではないでしょうか。

私たちはよく「マズローの欲求階層説」(下図)を使って説明するのですが、日本で「ウェルビーイング」を語るとき、「居場所がある」とか「自分らしく生きる」といったテーマが取り上げられがちです。欲求階層でいえば、上3層の社会的欲求・承認欲求・自己実現欲求の部分ですね。日本社会では、その土台となる生理的欲求・安全欲求は満たされている前提になっている。しかし、残念ながらそれは現実から乖離しています。日本では毎年、推計500人の子どもたちが虐待によって命を落としているのです。

AiCANは、子どもたちが健康的に、安全・安心に生活できて、暴力や体罰を振るわれることのない社会を目指しています。何よりもまず、生理的欲求と安全欲求を満たす土台を固めることが大事だと考えているのです。ここを無視して上の3層に目を向けると、格差はむしろ広がってしまうでしょう。私たちの事業テーマは、まさに「機会格差」にあるといえます。

児童相談所の人材育成と業務効率化が喫緊の課題

加藤 子どもの虐待死を招いてしまうのは、社会構造のどこに問題があるとお考えでしょう?

髙岡 推計500人の虐待死の裏側には、毎年児童相談所・市区町村・警察宛に50万件に上る虐待の通告があります。それに対して、自治体や児童相談所が調査に入り、適切な対応を行わなければならないのですが、日本ではここに、様々な課題があります。

そもそも児童虐待は密室で起きるので、調査が極めて難しいんです。何より、虐待を受ける子どもの多くが0歳〜4歳で、自分の身に起きていることを言葉にできません。学齢に達した子どもでも、虐待する親から脅されて、SOSを発することができない状況に置かれている。親は親で、露見を恐れ、「滑り台で転んだケガです」といった真実ではないことをお話されることがあります。

こうした状況下で虐待の実態を把握するためには、高い専門性が求められます。例えばアメリカでは、大学卒業後に数年間の研修・実習を受けてから現場に入るのが一般的です。それなのに日本では、大学を卒業したばかりの新人が、満足に研修も受けられずに児童相談所に配属されている実態があります。十分な専門知識が得られず、経験も浅いために、適切な調査や判断ができなくて、重篤な虐待が見過ごされてしまう可能性があります。

田村 前提として児童相談所の対象とする業務は幅広く、また虐待の通告件数・発生件数も増えていることから職員全員はもちろん、教育や管理業務を担当するベテラン職員も忙しくて、なかなか新人のフォローに手が回らない状況になることがありますね。虐待対応に関連する緊急会議対応もあり、いつも時間に追われている。自分が新入社員だった頃を思い出しても、忙しい先輩にはなかなか相談をもちかけられなかったように思います。そうすると、新人の方は自分で抱え込まなくてはいけない状況に陥ってしまうように思います。新人もベテランも、それぞれの業務負担が大きすぎて、お互いに助け合うことさえできない、根深い負のループがあると感じました。

髙岡 虐待の相談件数は、ここ20年で約17.6倍に増えているんです。それに対して、児童福祉司の人数は約3.7倍にしか増えていません。単純計算すると、1人あたりの仕事量は5倍に増えたことになります。それなのに、児童相談所の職員は募集しても定員に満たず、ベテランは業務負担に耐えかねて辞めていきます。結果として経験の浅い職員の割合が増え、全国平均では経験年数1〜2年の職員が5割超、地方では7割超というところもあります。

どこも人手不足の中、現実問題として人員を増やすことは難しいので、「人材の早期育成」と「業務の効率化」によって解決に向かうことが重要だと考えています。そのため、AiCANは、ICTを活用して調査項目を平準化し、業務を効率化することで、職員の経験不足を補いつつ、事務作業の負担を減らすとともに、虐待対応時の対応に関する判断のサポートをAIによって行うサービスを提供しています。そうして、子どもの虐待死を限りなくゼロに近付けていく。これが、私たちの描くセオリー・オブ・チェンジの第1ステージです。

インパクト創出と事業成長のトレードオンを実現する

加藤 スタートアップとしては、資金調達を重ねながら成長することが大前提だと思います。その点で、AiCANにとって、SIIFのようなシステムチェンジ投資家が参加することに、どんな意味があるとお考えですか。

髙岡 スタートアップにとって「インパクト創出と事業成長の両立は難しい」といわれますが、私たちの事業には当てはまらないと考えています。なぜかといえば、インパクト創出と事業成長がトレードオンになるビジネスモデルだからです。事業が成長すれば、それだけ子どもたちに広く深くリーチできるようになり、インパクトが増大します。同様にインパクトが増大できることが科学的に評価できるならば、導入いただける自治体様も増えます。

具体的にいうと、私たちがターゲットとするマーケットは全国に220ある児童相談所と約1800の自治体に及びます。自治体にも初期の虐待対応が義務づけられているからですが、適切な対応のために「業務の効率化」と「判断の質の向上」が課題だということは、ほぼ共通認識になっています。加えて行政では、政策評価のためのKPI設定が求められます。

しかし、前述のように人手不足が慢性化し、業務が属人化している状況では、どうすれば業務を効率化できるのか、どんなKPIを設定すればいいのかを考える余裕さえない。そこをサポートするのが私たちの事業です。入り口はアプリの提供ですが、アプリを活用して業務を変えるところまで現地で深くサポートしたり、蓄積されたデータを用いて業務を仕組み化・型化したり、人材育成に役立てたり、さらには政策にもフィードバックしていく。こうした伴走支援のサービスも、高い評価をいただいています。

加藤 顧客である自治体や児童相談所が求める「費用対効果」そのものが経済的価値よりも社会的価値なので、そのパフォーマンスを明示することが事業成長に直接つながる、ということでしょうか。

髙岡 そうですね。ロジックモデルやインパクト指標・成果を明らかにすることが、事業の透明性と説明責任、そして成長にとっても重要だと考えています。そこで、SIIFにご参加いただくことで、インパクト創出と事業成長のトレードオンの実績を加速させたいと考えました。

現在私たちが注力しているのは児童相談所と自治体ですが、その先には保育園・幼稚園や学校、病院といった関係機関があり、その連携も非常に重要です。政府も認識しているようですが、自治体の規模や立地によっても課題が異なります。私たちとしては、現場の実態を踏まえてデータを集め、日本全国に汎用可能なモデルを探っていきたい。そのあたりのロジックについても、ぜひSIIFのお力をお借りしたいところです。

加藤 児童虐待の早期検知や対応の高度化を進め、さらにその規模と範囲を拡大してより大きな課題の解決に進もうとするアプローチは、課題解決が難しい構造を根本的に変えていくという点で、私たちが目指すシステムチェンジに合致するのではないかと思います。

さらに言えば、児童虐待に留まらず、あらゆる「機会格差」の解消に向かうためには、これまで官の仕事とされていた福祉などの領域に対し、民の立場から技術や学術を活用して連携する必要があるのではないでしょうか。そのモデルを、髙岡さんたちとの協働を通じて見出せるのではないかと期待しています。

原因根絶の長期視点を踏まえつつ、目の前の課題に向き合う

田村 児童虐待という課題の解決を目指すことを通じて、例えばシングルペアレントの置かれた貧困やウェルビーイングの課題にもアプローチできる可能性を感じています。冒頭で髙岡さんが触れられたように、地域活性化にもつながる課題ではないでしょうか。

髙岡 児童虐待の知見を活かせる近接領域は広いと考えています。高齢者や障害者の虐待も問題になっていますし、虐待がその後の家庭内暴力やパートナー間のDVにつながることも分かっています。介護と子育てのダブルケアが虐待を引き起こす事例も少なくありません。中長期的には、こうした近接領域にもサービスを展開することで、課題を構造から解決していきたい。そのための戦略も、一緒に考えていけたらと思っています。

SIIFの皆さんは、常に課題の根本的な解決を意識なさっていると感じます。私たちも最終的には虐待そのものの根絶を目指して事業展開を考えていますが、事業に集中すると視野が狭くなりがちなので、それを次の段階にどうつなげていくかを意識しなければならないな、といつも気付かされます。

加藤 システムチェンジを意識していると、つい、構造の根本ばかりを言いがちですが、髙岡さんたちはそのためにどんなステップを踏んでいけばいいか、現実的で具体的な解を持っておられると感じます。

髙岡 まずは今ある行政の課題に「toG」として介入することで虐待死を防ぎ、虐待を受けた子どもが親になったときの世代間連鎖を防ぐ。自治体や児童相談所との連携を広げることで、データを蓄積し、次のフェーズでは、得られた知見を虐待の予防につなげ、toBとtoCサービスに展開し、将来的に虐待そのものをなくすロードマップを描いています。

田村 虐待死の根絶から虐待の根絶へ、児童虐待から近接領域への展開へ。長期的な視点を持ちながらも、目の前の課題をおろそかにしない。お互いの視点や知見を持ち寄って、バランスよく進めていきたいですね。

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SIIFシステムチェンジ投資家としてのチャレンジ


・虐待の現状と課題の構造
虐待問題は、輻輳化・多層化する家庭環境の中で発生しており、その一番のネックとなる要因を把握することは難しい状況です。加えて、従来そのような課題の発生要因については、現場のアナログによる情報管理等を要因とし精緻かつタイムリーな分析をすることが難しい状況でした。また、虐待が発生した際においても、多種多様かつ大量の業務をこなす必要のある児童相談所の現場において、業務過多・人手不足・対応の困難さ等々を要因とし、職員の疲弊・離職や知見の属人化といった状況につながり、虐待事案への対応が難しくなっている現状があります。そして、虐待を受けた本人へのケアについても、十分なフォローが難しいケースもあり、本人が心身的な病気・社会生活の困難さと孤独に向き合う状態が生じ、本人自体が虐待をしてしまう可能性もあります。日々複雑化する虐待問題において、要因の分析・対応力の低下や維持の困難さといった状況が絡み合い、虐待の発生・再発のループが生まれていると考えられます。

・この課題領域でシステムチェンジを起こすとはどういうことか、の仮説
虐待対応や予防に取り組む関係者が必要とする情報の流れを生み出すことを起点として、虐待の発生要因と考えられる問題(例:産後うつ、経済的困窮)、虐待を受けた本人へのフォロー問題といった、虐待発生前から後までのプロセス全体にアプローチをします。そもそも虐待が発生しないような状態が望ましいが、仮に虐待が生じてしまった場合もフォローが行われることで、一連のプロセスの負のループを止めることができるのではないかと考えています。

・これからAiCAN社との協働を通じて、SC投資家としてでなにをやっていくつもりか
既存事業の導入先拡大を通じた虐待発生時の問題解決力の向上を行いつつ、まずはAiCAN社の既存サービスの中で収集されたデータや関係者へのヒアリング等を通じて発生要因を分析し、虐待問題の根治につながる周辺領域における社会課題も考慮したレバレッジポイントを探ろうと考えています。

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