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トリオドス銀行に学ぶ「ウェルビーイングと生物多様性の回復」

1. 人と地球のための銀行、トリオドス

皆さんは、トリオドス銀行(Triodos Bankのことをご存知でしょうか。トリオドス銀行は、オランダに本拠を置く金融機関で、再生可能エネルギーへの移行などを通した気候変動への対応、持続可能な農業支援を通した土壌や生物多様性の回復など、社会をより豊かにする「インパクト」を重視して投融資に取り組む金融機関です。

融資や資産運用を行う金融機関が、社会のシステムチェンジの分野でリーダーシップを発揮する。

そんなことが、実際にどの程度可能なのでしょうか?このケーススタディでは、トリオドス銀行のシステムチェンジに関する戦略や取り組み、いくつかの途中成果をご紹介します。この記事を読んでいただいている皆さんにとって、私たちの暮らす社会や地球環境をより良くしていく経済活動のあり方を考えていただく機会となれば幸いです。

【システムチェンジ・ライブラリ powered by SIIFについて】
社会課題の解決と経済的な持続性を同時に志す人々がつくる新しい経済(=インパクトエコノミー)の実現を目指すSIIF(社会変革推進財団)のインパクト・エコノミー・ラボが運営する、世界の「システムチェンジ」を志向する投資・課題解決の先行的事例や実践知のコレクションです。特に、SIIFが行うシステムチェンジ投資事業の実践や国内外の調査研究から得られた気づきや知見をもとに、社会の当たり前を変えるための新しいお金の流れや、多様なステークホルダーが協力してつくる事業を生み出すヒントを発信していきます。

2. インパクトに投資・融資を行う銀行とは

トリオドス銀行の発足のきっかけは1968年、経済学者、税法の教授、経営コンサルタントらが作ったサステナブルな資産運用についての有志の研究グループが母体となっています。そこから12年が経った1980年、オランダでトリオドス銀行としての事業がスタートしました[Triodos Bank, 2024]。トリオドス銀行は設立当初から、「利益は目的ではなく、長期的に持続可能な事業成長を達成し、インパクトを創出するための組織の効率を示す指標のひとつでしかない」との考え方のもと「インパクトに投資・融資を行う」ことを重視しています[Triodos, 2023]。

事業と組織の全体像としては、銀行のミッションを長期にわたって誠実に担保・実行することを目的とした独立財団が銀行のガバナンスを保有し、融資を行う銀行部門Triodos Bank(オランダ・ベルギー・スペイン・イギリスに展開)、投資・資産運用を担うTriodos Investment Management、投融資のスキームでは介入が難しい社会課題に触媒的資本を投じるTriodos Regenerative Money Centreの3つの部門で運営されています。[Triodos Bank, 2023]。

図表1: トリオドス銀行の組織図[トリオドス銀行「Integrated Annual Report 2022」(2023)より引用]

利益は目的ではないとしつつも、トリオドス銀行の2022年時点の総資産は225億ユーロ、当期純利益は4,990万ユーロとなっています。直近5年間の財務データからは、コロナ禍の影響を受けるなかでも総資産・収益ともに成長軌道に乗っていることが確認できます[Triodos Bank, 2023]。

図表2: トリオドス銀行の財務データ(2018〜2022)
[トリオドス銀行「Integrated Annual Report 2022」(2023)より引用。
総資産、純利益ともに5年間で増加(総資産は45%、純利益は41%増)]

トリオドス銀行の事業・組織の全体像と財務パフォーマンスを概観したことを踏まえて、以降はシステムチェンジにまつわる戦略や取り組みを確認していきます。

3. トリオドス銀行が取り組むシステムチェンジ

トリオドス銀行が捉える社会課題

トリオドス銀行は、自らがどのようにポジティブなインパクトを生み出すかの戦略や方針をまとめた「ビジョンペーパー」を作成・公開しています。そのなかで、世界のメガトレンドであるグローバル化、テクノロジーの急速な進化、人口増加がもはや人類と地球環境の持続性を脅かすものになっていると警鐘を鳴らしています。トリオドス銀行が数千の分析や調査を参照して行ったシステム分析では、現在の発展した経済は社会・環境に対して負の影響をもたらし、その負の影響同士が複雑に絡み合っていると指摘しています。

図表3: トリオドス銀行によるシステム分析をまとめた概念図[トリオドス銀行「Towards a Regenerative Economy Triodos Bank’s vision on transformative impact」(2023)より引用]

このシステム分析のなかで、トリオドス銀行は現在の経済の回り方が自然資本を一方的に搾取するもの(Extractive economy)となっており、その「搾取型経済」が生み出す3つの重要課題を指摘しています。それらは人類と自然の共生、富と機会の格差、短期的利益を重視する市場経済であり、結果として「気候変動」「生物多様性の損失」「不平等と社会への不信」が生まれているというのがトリオドス銀行の社会システムレベルの問題設定です[Triodos, 2023]。

トリオドス銀行が目指す、システムレベルのインパクト

トリオドス銀行は上記のシステム分析に基づいて、持続的な経済システムへの移行に向けたシステムチェンジを起こすために5つの注力すべき「トランジション領域」を設定しています。それらは「食料」「資源」「エネルギー」「社会」「ウェルビーイング」となっています。最初の3つの食料・資源・エネルギーの各領域は現在の経済システムが生み出す環境や社会への負の影響を低減し大量消費からの移行を促すもので、社会・ウェルビーイングはシステムチェンジの本質である人間の行動変容を促し、社会の土台を強固にしていくものとなっています[Triodos, 2023]。

図表4: トリオドス銀行の5つのトランジション領域[トリオドス銀行「Towards a Regenerative Economy Triodos Bank’s vision on transformative impact」(2023)より引用]

4. トリオドスのシステムチェンジ戦略

先に述べた5つのトランジション領域は、トリオドス銀行全体の事業戦略や投資ポートフォリオ策定を考えるうえでの骨子となっています。この記事では、トリオドス銀行がどのようにシステムチェンジを起こそうとしているかの具体例を、トリオドス銀行が運営する個別のファンドの事例を通してご紹介したいと思います。

今回ご紹介するのは、食と農のシステムチェンジを目指す「Triodos Food Transition Europe Fund」。このファンドについては、かつてトリオドス銀行の投資部門でマネージング・ダイレクターを務めたマリル・ファン・コルシュタイン・ブルワーズ氏も、「トリオドスのシステムチェンジ投資の代表例」と語っていたものです[SIIF, 2023]。

なお、このTriodos Food Transition Europe Fundの背景には、トリオドス銀行全体の食料領域における4つの行動原則があり、ファンドの戦略策定などの起点となっています。

1. 健康でアクセス可能な食を、すべての人へ
2. 地球と地域のキャパシティの範疇で運営されるの食の供給
3. 環境保護と回復可能な食料システムを実現する持続可能な農業生産
4. 基本的収入、ウェルビーイングを支え、人権を守る公正で豊かなバリューチェーン
Triodos, 2023

全体像とポートフォリオ戦略

まず、Triodos Food Transition Europe Fundの総資産は6,300万ユーロであり、この資産を活用して先述のビジョンペーパーで設定した3つの課題領域、5つのトランジションテーマの考え方に基づいて、ヨーロッパ7か国で持続可能な食と農業システムへの移行を目指す11の企業へ投資を行っています。ファンドの運用方針は、長期視点で競争力ある財務リターンを目指しつつも、食のシステムに対するポジティブなインパクト創出を目指しています[Triodos Investment Management, 2023]。

図表5: Triodos Food Transition Europe Fund 2022年ハイライト[Triodos Investment Management「Triodos Food Transition Europe Fund Impact Report 2022」(2023)より引用]

ファンドのTheory of Changeとインパクト測定・マネジメント

Triodos Food Transition Europe Fundは、持続可能な食糧・農業システムへの移行に向けて、ファンドの投資・インパクト評価の戦略としてのTheory of Changeを策定しています。このTheory of Changeでは、先述のトリオドス銀行が設定する3つの重要課題(人類と自然の共生、富と機会の格差、短期的利益を重視する市場経済)と紐づけるかたちで、3つのインパクト領域(バランスの取れた自然生態系、健康な社会、包括的な経済)を設定しています。

図表6: Triodos Food Transition Europe FundのTheory of Change[Triodos Investment Management「Triodos Food Transition Europe Fund Impact Report 2022」(2023)より引用]

このTheory of Changeで設定したインパクト指標に基づいて投資先のインパクト測定・評価を行い、それを投資ポートフォリオ全体として積み上げた結果、3つのインパクト領域で主に以下のようなパフォーマンスが報告されています[Toriodos Investment Management, 2023]。

①バランスの取れた自然生態系:有機農場面積1,277ヘクタール(昨対比8%増)、1,940トンの資源ロス削減 等
②健康な社会:21.2万食のオーガニック食の提供、プラントベースフードの取引額1.16億ユーロ(昨対比31%増) 等
③包括的な経済:新規に取引に参加した農家数 3,065(昨対比50%増)、グリーンビジネス関連雇用1,339名(昨対比13%減) 等

5. システムチェンジを促進する銀行から、日本が学べることは?

Triodos Food Transition Europe Fundの事例はトリオドス銀行が運営するひとつのファンドの事例ですが、トリオドス銀行全体としての実績を積み上げたとき、どのような「システムチェンジの芽」が生まれているのでしょうか。

ひとつの象徴的な事例として、トリオドス銀行は金融機関の立場から、オランダにおける化石燃料から再生可能エネルギーへのトランジションにおいてリーダーシップを発揮しています。1986年、トリオドス銀行は初めて風力発電事業に資金提供を実施しましたが、その時代のオランダの化石燃料以外による発電比率はわずか1.37%に過ぎませんでした。

しかしながら、1990年代に風力発電向けのファンドを組成し、オランダ政府に対してサステナブル投資の税制優遇政策を提案するなどの取り組みを重ね、ほかの金融機関が再生可能エネルギー市場に参入できる道を作ってきました。トリオドス銀行のシステムチェンジに向けた取り組みも寄与し、2021年のオランダにおける再生可能エネルギー比率は12%まで成長しました[Triodos, 2023]。

最後に、日本がトリオドス銀行のリーダーシップから学べることは何でしょうか。あくまでも筆者個人の見解となりますが、大きく分けて2つあると考えており、それらはトリオドス銀行が掲げる「Financing Change; Changing Finance(変化にお金を投じ、金融を変える)」の考え方[Triodos Bank]にも通じています。

ひとつは、経済活動は社会資本と生物多様性の土台の上に成り立つ前提[Stockholm Resilience Center, 2016]に立ち、ビジネスを中心とした生産・消費を持続的に行うために生物多様性や土壌の回復、社会のウェルビーイングの向上をきっかけに、競争と分断を前提とした価値観を公正で調和のとれたものに変えていく再生型(リジェネラティブ)の経済システムを実践し続けていること。さらには、トリオドス銀行はビジョンペーパーの発行などを通して複雑な社会・環境システムについて学習し続け、常に課題解決のための仮説を更新し続けている点も特筆すべきポイントです。

図表7: トリオドス銀行が目指すマインドセットの転換[トリオドス銀行「Towards a Regenerative Economy Triodos Bank’s vision on transformative impact」(2023)より引用]

もうひとつは、サステナビリティを事業の中核に据える金融は実現可能であると同じ金融機関に範を示し、政策への働きかけをも行うシステムチェンジの火付け役として重要な役割を果たしていることだと捉えています。トリオドス銀行は、サステナビリティの実現を目指す事業者の多様なニーズに応えるため、投資・資産運用部門の食・農業領域だけでも多様なアセットクラス(上場株・債権、プライベートエクイティ、デット)を用いたファイナンスを実施するとともに、規制などのルールメイキングのためのロビイングも行っています[Triodos Investment Management]。

トリオドス銀行の取り組みは、少子高齢化が進み、国土の大半を山林が占め、海に囲まれる日本が持続的な社会になっていくための金融やビジネスのあり方、やり方にも重要な示唆をもたらしてくれるのではないでしょうか。

Reference
1. システムチェンジを起こすために必要なこととは?インパクト投資の世界的先駆者、元トリオドス銀行マリルさんに聞く[SIIF, 2023]
2. The SDGs wedding cake[Stockholm Resilience Center, 2016]
3. About us[Triodos Bank, 2024
4. Integrated Annual Report 2022[Triodos Bank, 2023]
5. Towards a Regenerative Economy Triodos Bank’s vision on transformative impact[Triodos Bank, 2023]
6. Triodos Food Transition Europe Fund Impact Report 2022[Triodos Investment Management, 2023]
7. Financing Change; Changing Finance[Triodos Bank
8. Triodos Investment Management Food transition[Triodos Investment Management]


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