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SIBの国内本格導入から約5年。その実践と議論から得た学びを共有する

日本にソーシャル・インパクト・ボンド(SIB)が本格導入されてから、約5年が経過しました。八王子市神戸市広島県のSIB事業は完了し、最終報告書が公表されています。SIIFは、国内でSIBに関する取り組みが始まった最初期から、様々な立場で関与してきました。ここでは、節目を迎えるSIBについて、SIIF担当者の戸田満と山本泰毅に、振り返りと展望を聞きます。

左:インパクト・オフィサー 戸田 満                       右:インパクト・オフィサー 山本泰毅

行政、民間事業者、資金提供者それぞれに導入の目的がある

ーーまず、SIIFとSIBのかかわりを教えてください。

戸田 日本財団は、2014年に社会的投資推進室を発足し、SIB発祥の地であるイギリスの事例視察や、国内でのニーズ調査などを行ってきました。2015年に始まったパイロット事業では、資金提供・中間支援・報告書の取りまとめに携わりました。2017年にインパクト投資の市場構築に向けた取り組みを本格化させるため、社会的投資推進財団(SIIF)※を設立し、これまでに4件の組成支援と8件の資金提供を行ってきました。※2019年に社会変革推進機構と合併し、社会変革推進財団(SIIF)と改称

山本 個々の案件の実践にかかわって積み上げた知見をもとに、2019年からは、主に政策提言や研究会の支援など、全体の環境や仕組みづくりに取り組んでいます。具体的には、成長戦略会議の分科会に参加したり、内閣府のPFS官民連携プラットフォームの会合に登壇したり、助言を行ったり、などです。2020年度からはNPO法人ソーシャルバリュージャパンと、PFS/SIBの研究会を共催しています。

ーーそもそもSIBは、どんな目的で導入されたのでしょう。

戸田 SIBは関係者が多いので、それぞれの立場ごとに整理する必要があります。中でも一番重要なのは、事業の起点となる行政の立場です。行政がSIBを使う目的は、民間の創意工夫と資金の活用にあります。従来の自主事業や委託事業では解決が難しい課題に対して、新たな解決方法を編み出す知恵と、成果に連動したリターンのリスクを、民間に分担してもらう。それが、ゆくゆくは社会保障費の削減といった、財政的な効果につながることもありえます。

ーー民間にもメリットはあるのでしょうか。

戸田 社会課題の解決を目指すスタートアップにとっては、ビジネスモデルを確立する段階で、行政の事業を受託して実績をつくりたいという動機はあると思います。例えば、八王子の事業を受託した株式会社キャンサースキャンは、大腸がん検診の受診率向上事業で、対象者個々に対するオーダーメイドの勧奨を実施して成果を挙げました。ビジネスモデルの実証に役立ったでしょうし、その後、他の自治体にも横展開しているようです。

ーー資金提供者としてはいかがですか。

戸田 SIIFはソーシャルビジネスに対して株式出資もしていますが、その場合、必ずしもEXITの期限が明確でない場合があります。また出資先事業者が単にインパクトKPI上の成果を挙げたからといって、それがそのまま投資家にリターンとして還元されることはありません。対してSIBは、一定の期間を区切り、投資家にとってリターンにつながる成果指標を設定します。なおかつ、支払い原資が税金で、議会承認が必要ですから、その指標にも客観性・妥当性が求められます。インパクト(成果)とリターンが明確に結び付いており、出資の価値を実感できる、重要な投資機会だと思います。

従来の委託事業とは全く異なる発想が求められる

ーー一方で、SIBの推進には、まだまだ課題も多そうです。

山本 SIBは、従来の委託事業に比べて、煩雑なスキームです。成果指標や支払い条件の設定など、検討すべき点がたくさんありますし、前述のように関係者も多い。そのようなスキームを活用して事業を進めていくためには、何のために事業を行うのか、何のためにSIBを使うのか、目的を明確にして、関係者間で共有しておく必要があります。実際に、目的を整理しきれずに、組成に至らなかった案件もありました。

戸田 従来の委託事業は、まず予算(インプット)があって、行政が作成した仕様書に則って、事業者が事業を実施する(アウトプット)。その先に、行政が想定する成果(アウトカム)はあるのでしょうが、検証されることはありませんでした。対して、SIBはまずアウトカムを想定し、そこに至る道筋としてアウトプットを考える。思考の方向が真逆といっていいんです。

山本 最も大事なのは、対象者は誰なのか、その人にどんなことが起きたら成果なのか、という事業の目的を初めに定義することです。

戸田 ただ、目的を考える上で課題になるのは、行政予算の単年度主義です。日本でSIBやPFSが増えてきたといっても、その大半は単年度で完結するものです。けれども、本来の目的とするべきインパクトやアウトカムが現れるには、一定の時間がかかる。例えば、地方の自治体が大都市圏の住民を対象に移住促進セミナーをやるとします。本来のアウトカムは、当該の自治体への移住者や関係人口が増えることでしょう。しかし、その成果を年度内に測るのは、たぶん難しいですよね。

ーープロジェクト期間という時間上の制約が、マイナスに働くこともある?

戸田 期間内に測れるアウトカムしか設定できないとなると、例えばセミナー参加者の満足度を調査して終わってしまったり。それでは本質から離れてしまいます。セミナーの目的を明らかにして、きちんと指標に置く必要がある。プロジェクトをつくる初期段階だけでなく、事業を進めている最中にも、都度都度立ち返って考える必要があると思います。

ーーSIIFがかかわってきた案件には、複数年度にまたがるものも多いですよね。

戸田 最低でも3年は確保していると思います。

山本 岡山市の事業は5年度に渡りますが、国内では今までのところ、これが最長ではないでしょうか。

戸田 それでも、海外のSIBに比べれば短い。海外では5年から10年が一般的で、平均して7年ぐらいです。単年度のSIBがダメだとは思いませんが、1年分の成果しか測れないとなると、本質的に目指したいアウトカムに到達するのは難しいのではないでしょうか。

なぜSIBに取り組むのか。5つの意義を整理する

ーー今後、SIIFはどのようにSIBに取り組んでいくのでしょうか。

戸田 これまではSIIFも、SIBという手法そのものの推進に主眼を置いていました。しかし今後は、SIBがどんな課題に有効なのかに焦点を当てたいと考えています。特定の課題にSIBが有効であればSIBを採用するし、そうでなければインパクト投資や助成を検討するといったことです。

ーー改めて、SIBにはどんな意義があるのか整理していただけますか。

戸田 SIBの意義には大きく5つあると考えています。1つは、これまでお話ししたように、行政の事業を目的志向にする、つまり、アウトカム(インパクト)という考え方を導入すること。さらに、そのアウトカムが資金と紐付けられることが1つ。資金提供者にとっては、アウトカムとリターンの関係が客観的で、明確になるとお話ししましたね。

ーー資金のほか、民間の創意工夫を活用できるというお話もありました。

戸田 例えば、前述のキャンサースキャンのように、受診勧奨の対象者ひとりひとりに対して、オーダーメイドでメッセージをつくることは、行政の発想では難しいと思います。行政には、公平性が求められますから。このように、行政サービスに民間の創意工夫を持ち込むことで、イノベーションが促されます。これが3つめ。4つめは、SIBで成果測定を行うことによって、エビデンスが蓄積されることです。事業の内容(アウトプット)と成果(アウトカム)の因果関係を検証し、データをつくっていくのもSIBの重要な意義です。因果関係が明確になれば、同じ内容を委託事業で実施しても、成果を挙げられるようになるでしょう。

ーー最後の1つは?

戸田 地域社会におけるつながりの強化です。例えば、滋賀県東近江市のSIBは、地域のコミュニティビジネスに対する補助金を成果連動型に改良したものです。資金提供者は小口で出資をする地域住民で、地元の金融機関が出資金振込口座の提供をする。そのうえで、地域の事業者がコミュニティビジネスを立ち上げたり、事業を進めていきます。SIBを通して、地域の多様なプレイヤーが連携する仕組みになっている。通常の委託事業が行政と事業者の2者間で行われることを考えると、SIBの拡がりを感じます。

山本 まとめると、「インパクトの考え方の導入」「イノベーションの促進」「エビデンスに基づく政策執行」「資金とアウトカムの紐付け」、そして、「地域社会のつながりの創出」。SIB関係者は、この5つのどれか、またはその組み合わせに関心を持って、SIBに取り組んでいるといえるのではないでしょうか。


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