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インパクトIPOの実現を見据えてーインパクト企業の上場とその課題とは? GSG国内諮問委員会が公表したコンセプトペーパーのポイントを解説します。

SIIFが事務局を務めるGSG国内諮問委員会は7月29日、インパクト企業の上場に関するコンセプトペーパーを公表しました。近年、上場株におけるインパクト投資が急増しており、今後はインパクト企業が上場したり、上場企業がインパクトを意図して実践したりするケースが増えていくと想定されます。果たして、インパクト企業は上場市場でも本質的なインパクトを創出し続けられるのか、そのためには何が必要か。このコンセプトペーパーでは、「上場するインパクト企業」を改めて定義付け、国内外の先行事例を分析しながら論点を整理し、今後への提言を行いました。

ここでは、SIIFリサーチフェロー・須藤奈応がコンセプトペーパーの概要を紹介します。須藤は東京証券取引所在職中のMBA留学でインパクト投資に出会い、現在は米国のインパクトフロンティアーズに勤務する傍ら、SIIFのリサーチフェローとして活動しています。海外での経験も踏まえながら、インパクト企業の上場についてポイントを解説します。

Nao Sudoプロフィール写真 (1)

SIIF 専門家アドバイザー・須藤奈応

「インパクト企業の上場」とは何か? 改めて定義する

最近、「サステナブルIPO」「ソーシャルIPO」といった言葉が聞かれるようになりました。けれども、今のところ言葉だけが一人歩きしていて、それが具体的に何を指しているのか漠然としています。コンセプトペーパーではまず、どのような条件が揃えばインパクト企業の上場と言えるのか、を整理しました。また、上場時点でインパクト企業でありさえすれば良いわけではなく、インパクトの追求はその後も継続されるべきだという前提に立って、上場前から上場後まで、一連の過程を捉えるべきだと考えました。

ここで取り上げるインパクト企業は、いわゆるゼブラ企業とは違い、一般的なスタートアップと同様に、短期間で事業を成長させ、上場を目指す企業です。コンセプトペーパーでは「事業成長を伴いながら、ポジティブで測定可能な社会的・環境的インパ クトの創出を意図する企業」と定義しています。さらに、上場後、より一層の事業成長に加え、インパクトの創出を維持・拡大させている企業を「インパクト上場企業」と定義しました。上場前は、インパクトの創出を「意図する」、上場後は「維持・拡大させている」と、インパクト創出の実績にも着目しています。

さらに、インパクト企業・インパクト上場企業の特徴として3点を挙げました。(1)「インパクト測定及びマネジメント(IMM)」を行っていること、(2)インパクトに関する情報を開示・発信していること、(3)ステークホルダーとのエンゲージメント活動を積極的に行っていること。インパクト投資家から資金調達をしているかどうかは問わないことにしました。海外の事例を見ると、必ずしもインパクト企業がインパクト投資家から資金調達しているとは限らないからです。

インパクト企業を「商品・サービス型」と「バリューチェーン型」に分類

今回の調査の結果、私たちはインパクト企業を2つの類型に分けました。1つは、商品・サービスを通じて直接的に社会・環境課題に対する解決策を提供する「商品・サービス型」。もう1つは、ビジネスモデルやサプライチェーンを通じて間接的にインパクトを創出する「バリューチェーン型」。この2つを分けて考えると、おのおのが創出するインパクトについて整理しやすくなると思います。

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ケーススタディでは、商品・サービス型として米国のCouseraとAmalgamated Bank、日本のカチタスとCureApp、バリューチェーン型として米国のVital Farms、日本のTBMを取り上げました。TBMとCureAppは非上場ですが、上場を目指しています。コンセプトペーパーでは、おのおのの企業について、どんなインパクトを創出し、何をインパクトKPIとしているか、上場の意図や上場前後の株主構成や事業の変化、インパクト情報の開示方法やエンゲージメントなどについて詳しく分析し、紹介しています。

例えば、商品・サービス型のCouseraは「教育機会の平等」をミッションに掲げ、大学などと提携してオンライン講座を提供しています。2021年の上場により事業規模の拡大に成功しましたが、反面、多様な投資家が参加することになり、収益性の向上を迫られているようです。同社のビジネスモデルは、教育に投資できる比較的裕福な個人や企業から得た収益を原資にインパクト(この場合は貧困層や途上国などの学習者への教育機会提供)を創出するもので、ビジネスの拡大とインパクトのバランスに腐心している状況と思われます。

また、バリューチェーン型のTBMは石灰石を主原料にした自社開発素材をプラスチックや紙の代替素材として提供しつつ、使用後の素材の再生事業も展開する技術イノベーション企業です。非上場ですが、主に事業会社への第三者割当増資で234億円超の資金調達を行っています。社内にサステナビリティ/インパクトの専門チームを設置し、ESG関連の基準も参照しながら、製品や製造工程のインパクトを積極的に開示しているのが特徴です。今後の上場を見据え、インパクト開示の第三者による認証も検討していくそうです。

インパクト企業のIMM実施状況とKPIの設定、情報開示

インパクト企業がどのようにIMMを行い、KPIを設定しているのかは、とても重要な論点です。調査を通じて判明したのは、インパクト投資家がインパクトの分析に使っている規範や手法は、実は事業会社の側では使っていないということでした。投資家が使いたいフレームワークと、事業会社が開示したいインパクトの間にはギャップがあるようです。かといって投資家側のやり方に事業会社が従うべきだと考えるのは危険です。事業会社は自分たちにとって重要なインパクトは何かを考えて経営し、株主に説明していく必要がある。そのための環境整備を今のうちにGSG国内諮問委員会のような場で議論しておくといいかもしれません。

商品・サービス型の企業では、IMMがビジネスのコアに位置付けられるので、CEOが主導してトップダウンでIMMを実施しているケースが多かったです。一方、バリューチェーン型ではIRチームなどからのボトムアップで検討される傾向があるようです。KPIの設定も、ソリューリョン型は事業とKPIが一致するのに対し、バリューチェーン型では必ずしも一致しません。しかし、インパクトを追求する以上、事業管理の指標にも使えるようなKPIの設定が必要です。上場すると、多くの株主からKPIの設定と進捗管理についての説明が求められますから、非上場の段階から十分検討されるのが望ましいと思います。

インパクト企業が上場すると、必ずしもインパクト志向ではない株主とも向き合うことになり、その際によく話題になることとして「インパクトと事業性のトレードオフはあるのか」という点があります。この点について投資家や事業会社にヒアリングしてみたところ、基本的にはインパクトと事業性は連動するものと考えられているようでした。少なくとも、インパクト情報は機関投資家が企業価値を検討するための一要素であることは間違いないようです。

では、どのような情報を発信・開示すればいいのか? 前述のように、投資家と事業会社の間には使っている指標にギャップがあります。事業会社は、セオリーオブチェンジやロジックモデルを活用して事業のインパクトを説明する例が多いようです。経営戦略にインパクト創出を位置付けるからには、既存の開示書類にインパクトを書き込んでいくのは自然な流れでしょう。現状では、有価証券届出書や統合報告書、各種Webサイトなど、様々な媒体にインパクト情報が記載されています。

商品・サービス型企業はESGとインパクトを区別して情報開示している例が多いのですが、バリューチェーン型企業はESG情報とインパクト情報を統合して開示する傾向が見られました。ESGは評価や比較の方法が確立されているので開示しやすいという意見も聞きます。

インパクトの創出と拡大のためには、投資家と事業会社の対話、エンゲージメントが極めて重要です。投資家は投資先の事業を理解する必要がありますし、事業会社側も投資家に対してインパクトについてきちんと説明しなければなりません。ビジネスに関する情報とインパクトに関する情報は別々のものではなく、インパクト企業にとって、インパクトは事業の本質と言えるものです。

ガイドライン作成やケーススタディ蓄積でインパクト企業を支援

コンセプトペーパーでは、インパクト企業の上場に関して、事業会社と投資家双方の課題を解決するための提言をまとめました。

まず、事業会社はどうやってIMMや情報開示を進めればいいのか。1つは、優良なインパクト上場企業のケーススタディをお手本にする方法です。もう1つは、事業会社が情報開示を考えるためのガイドラインをつくることです。具体的には、個々の事業会社がインパクトを考えるための手がかりになるような質問集がいいと考えました。例えば、「市場環境」という項目では「貴社はどのような社会課題を解決しようとしていますか? その課題はどの程度深刻ですか?」「様々な取組が行われている中で、貴社はなぜその課題を解決できますか?」といった問いを立てる。そうすると、事業会社もインパクトを考えやすくなるのではないでしょうか。

次に、事業会社と投資家とのエンゲージメントを促進すること。インパクト企業が意図に合った投資家に、投資家がインパクト戦略に合った投資先に出会うにはどうすればいいのか。1つの方法として、投資家リストを作成して企業に活用してもらうことが考えられます。また、相互の理解促進のために、ビジネスとインパクト創出の関係を簡潔に図示するためのガイドブックやセミナーの開催が支援になるのではないでしょうか。

最後に、インパクト企業の取り組みやインパクトに関する情報を市場に浸透させるための環境を整備することです。前述のように、インパクトに関する情報開示の場は企業によって様々なので、将来的には情報を一元化することも考えられるでしょう。また、インパクト上場企業については、テーマ銘柄として取り上げる方法もあります。

国内には、まだインパクト上場企業は多くありません。コンセプトペーパーで紹介したケーススタディのように、具体的な事例を積み重ね、分析していくこと、そこから得た学びを広く共有していくことが、結果的にインパクト上場企業の認知度を高め、市場に浸透させていくことにつながるのではないでしょうか。

▼7/29公開 『インパクト企業の上場 コンセプトペーパー

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