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「インパクト企業の資本市場における情報開示及び対話のためのガイダンス第1版」公開。その概要、策定の経緯とは?

SIIFインパクト・エコノミー・ラボが事務局を務めるGSG国内諮問委員会 インパクトIPOワーキンググループは5月10日、「インパクト企業の資本市場における情報開示及び対話のためのガイダンス第1版」を公開し、記者発表会を開催しました。ワーキンググループの座長白石 智哉氏、副座長黄 春梅氏、SIIFのインパクト・エコノミー・ラボ所長の菅野文美、インパクト・オフィサー 田原純香が参加し、ガイダンス策定の背景や経緯を解説しました。ここではその概要をご紹介します。

「インパクト企業の資本市場における 情報開示及び対話のためのガイダンス」とは

インパクト企業と、投資家をはじめとした資本市場の関係者の双方を対象としたガイダンス。インパクト企業が、上場する前から、 上場を経て、上場した後も、インパクトを創出しながら持続的な企業価値の向上を実現できるよう、情報開示等を通じて資本市場との共通理解を醸成し、建設的な対話を促すことを目的としています。

ガイダンス策定の背景となった「3つの動向」

●国内外でインパクト企業が増加。海外ではインパクト・ユニコーンも登場

 世界でも日本でも、インパクト企業が増えています。Dealroom社の調査によれば、持続的な開発を経営の中核的価値に据え、上場時の時価総額が10億米ドルを超える「インパクト・ユニコーン」が、2023年末時点で世界に256社あるそうです。これは、2017年末の32社に比べ、7倍以上の増加です。
 日本でも、インパクトスタートアップ協会の会員数が、2022年10月の発足当初の23社から、2年足らずで138社に急増しました(2024年6月19日)。

●上場株式へのインパクト投資が増加

 日本のインパクト投資市場は順調に成長しており、これに伴って上場株式への投資残高も増えています。GSG国内諮問委員会の調査を元に推計すると、2023年度には2兆円を超えたものと見られます。社会・環境課題の解決に向けて、技術やビジネスモデルのイノベーションが求められる中、資本市場にも、こうした事業の成長を支える役割が期待されているのではないでしょうか。

●インパクト企業の資本市場活用には課題が残る

 インパクト投資残高は増大しているものの、市場全体で見れば、いまだ小さな割合に留まります。インパクト企業が上場すれば、インパクト志向を持たない投資家とも対話しなければなりません。投資家側にとっても、インパクトをいかにして評価し、企業と対話するのか、といった情報は、十分に整備されているとはいえない状況です。

 インパクトIPOワーキンググループ事務局は、インパクト企業向けのガイダンスについてリサーチを行ってきました。その結果、サステナビリティ情報の開示については多くのガイダンスが存在する一方で、IMM(インパクト測定・マネジメント)に関するものは、世界的にもまだ少ないことが分かりました。その代表例に、UNDPによる「企業・事業体向けSDGインパクト基準」B Corp認証に関わる「B Impact Addrssment」があるものの、上場前後のプロセスにおける経営マネジメントや情報開示のガイダンスは確認できませんでした。そこで、インパクトIPOワーキンググループとして策定に乗り出すことになったわけです。

多様なステークホルダーで構成する「インパクトIPOワーキンググループ」

 インパクトIPOワーキンググループは、GSG国内諮問委員会の委員である、フロネシス・パートナーズ株式会社 代表取締役社⻑ 白石智哉氏を座長に、新生企業投資株式会社 インパクト投資チーム マネージングディレクター ⻩春梅氏を副座長に迎え、合計26人の委員で構成しています。委員の内訳は、公募で採択されたインパクト企業7社、未上場・上場株式の投資家7社、証券会社6社と監査法人、有識者3名です。さらに、オブザーバーとして、経済産業省、金融庁、環境省、東京証券取引所からもご参加いただきました。(所属は、本ワーキンググループ終了後、2024年1月22日時点)
 
 議論の土台となったのは、GSG国内諮問委員会「インパクト企業の上場 コンセプトペーパー」(2022年7月)、SIIF「インパクトIPO実現・普及に向けた基礎調査」 (2022年11月)の2つの調査です。ただ、この2つの調査は、上場時点にフォーカスし、なおかつ、インパクト志向の投資家からの資金調達に着目したものでした。これに対し、ワーキンググループの議論では、ガイダンス策定においては「上場の前から後までの継続的な取り組み」と「インパクト志向の投資家に限らない市場関係者による理解や対話を促すこと」が重要である、ということとされました。
 
 なお、現時点では、質の高い取り組み事例がより多く生まれることを重視しており「インパクト企業認証や格付けは想定しない」としています。
 
 ワーキンググループは、2023年7月から11月に5回の会合を持ったほか、会合の前後にもアンケートで意見を募りました。ガイダンス草案をまとめたのちも、草案に基づいて意見を募集し、適宜反映した上で、第1版の発行に至っています。

「ポジティブ・フィードバック・ループ」を加速させるための4ステップ

 ガイダンスが対象とするのは「インパクトの創出」「収益の創出」「資本市場を活用し、投資家との建設的な対話を通じた企業価値の持続的な向上」の3つの意図を持つインパクト企業です。この3つの意図の関係性を示すのが「ポジティブ・フィードバック・ループ」(下図)です。

「6つの資本」:財務資本、製造資本、知的資本、人的資本、社会・関係資本、自然資本 出典:国際統合報告評議会(IIRC)https://integratedreporting.ifrs.org/

 ガイダンスでは、この「ポジティブ・フィードバック・ループ」を加速させるための、4つのステップを解説しています。
 
 具体的には「ステップ1:戦略策定」「ステップ2:事業計画の策定/KPIの設定」「ステップ3:経営意思決定プロセスへの組み込み」「ステップ4:情報開示/対話」の4ステップです。これはいわば、経営のマネジメント・サイクルの4ステップにあたるもので、そこにインパクト測定・マネジメントの概念を組み込むにはどうすればいいのか、企業の担当者が都度都度に参照できるような内容を目指しました。

 企業と資本市場との対話は「ステップ4」にあたりますが、そこに至るまでの「ステップ1〜3」についても詳細に記載しているのがこのガイダンスの特徴です。その背景には「開示のための開示ではなく、開示を通じた建設的な対話こそが重要」という考え方があります。企業が自社の経営の戦略づくりや意思決定にどのようにインパクトの概念を組み込んだのかを踏まえてこそ、建設的な対話につながっていくものと考えています。
 
 ガイダンスでは、この4ステップに取り組みながら上場を実現することを「インパクトIPO」と呼んでいます。上場した後も4つのステップを繰り返し、仮説検証を重ねながら企業価値を高めていくことを想定しています。
 
 また、このガイダンスに基づいて開示を行う場合は、開示文書にその旨明記していただくことを推奨しています。
 
 このガイダンスは、実際に企業と資本市場関係者に手に取っていただき、使っていただいて、初めて意味のあるものになります。今後は説明会の開催などを通じて普及を進めていく予定です。そして、これはあくまでも「第1版」です。世界的にも先例の少ないガイダンスですから、実際に活用していただき、フィードバックをいただいて、ブラッシュアップしていく計画です。


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