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休眠預金の使い方はウエルビーイング(幸福)の実現を目指す

休眠預金を振り分ける資金分配団体となったSIIFは2020年、「地域活性化ソーシャルビジネス成長支援事業」分野で公募を行い、助成を行う6団体を選定しました。今回はそのうちの一社、ポケットマルシェの代表取締役CEO、高橋博之さんに来ていただき、事業の展望やゴールについて語り合いたいと思います。

ポケットマルシェ高橋様_青柳

(左)ポケットマルシェ 代表取締役CEO 高橋博之氏
(右) SIIF 専務理事 青柳光昌


青柳:今回は休眠預金の助成先として6社を採択させていただきました。
高橋:ありがとうございます。
青柳:ポケットマルシェさんが採択された理由は主に2つあります。1つは、9年前に始められた「東北食べる通信」から変わらない、都市部と農村部の交流を広げていくという姿勢のまま、その後はアプリを使ったテクノロジーで、その交流を広げておられる事業を応援したいということ。他の産直通販と違うのは、「美味しいものを食べてもらう」ことが目的ではなく、消費者と生産者の思いや価値観を触れ合わせたり、ぶつけ合わせたりして、双方のメンタルの活性化や往来によって「地域を変えていく」という思いが根本にあること。そこがまったく違います。あくまでも食べ物は媒介物ですよね。2つ目は、今、エピソード的に起きている消費者と生産者の交流が、今後どう深まっていくか。そこを可視化して、より意図的に行えるようしていきたい。休眠預金のプロジェクトでは、インパクトをしっかりと見える形にすることがテーマの一つですから、そこにも当てはまるなと思いました。

高橋 ありがとうございます。なんだか告白されたみたいで赤面しますね(笑)。眠っていたお金を世の中のために生かすということで選定されたので、国のためになる結果を出してお返しできればと思っています。
来年の3月で東日本大震災から10年の節目になります。震災があったから「東北食べる通信」を始め、全国に展開するようになった。そこで積み重ねた知見を生かして、ポケマルで生産者と消費者をつないでいきたい。おっしゃられたように、食物はあくまで媒介で異質な世界に生きる両者の関係性を育んでいくことが目的です。より手軽に、裾野を広げていくために株式会社化してアプリを始めました。ポケマルを立ち上げて4年経ちますが、その思いは変わっていません。
同じ日本の中でも、生産者と消費者はまったく異質な世界にあって交わる機会がほぼありません。昔は都会にも地方出身者が多かった。でも、今は都会の大学生は7-8割が首都圏出身者で、霞が関の官僚もそうなりつつあります。地方の人が陳情しても、意味が理解されなくなる。その分断が非常に心配です。黙っていたら交わらない人たちの接点を食べ物でつくりたい。日本には古来、「間(あいだ)」の文化があります。AかBかという二元論ではなく、AとBの間。それを生み出すのがポケマルです。
今、4年経っていろいろな事例が生まれました。ある末期がんのユーザーの方から、ポケマルで生産者さんとやり取りをすることで生きることにポジティブになったと言われました。「農家さんとたわいない会話をすることで、毎日生きる力をもらっている」と。その関係性にはすごい力があります。このユーザーさんの毎日を変えたのは食べ物というより人間関係です。

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今回は機会をいただき、関係性を定性的に分析し、どうなると階段を上っていけるのか。そのプロセスを可視化して、多くの事例を生み出す方法を探るのが、僕らにとっても大事です。そういうユーザーを増やしたいし、都市と地方の相互理解を深めたい。これは社会にとっても大事だと思います。日本人は幸福について話し合う機会があまりなくて、ウエルビーイングから遠ざかっている。僕の仕事はそれを解決するソリューションにもなると思っています。
青柳 日本人も幸せについて考えてないわけではないですが、特有の照れとか恥のような文化背景もあるのでしょうね。民俗学者の柳田国男さんが『都市と農村』という著書で、農村部の人が都市部の人に伝えられることが3つあると書いています。1つは「人間と労働の関係性」、農村の生活は労働と伴にあるので、その捉え方を学べる。2つめは「人間と社会」、農村部は地域コミュニティとのつながりが濃い。社会との向き合い方の良い部分は都市の人も学べます。3つ目は「人間と自然との付き合い方」。自然と共生して暮らすことは学ぶことが多くあります。ポケマルさんも、そういう農村のいい文化を伝えてほしい。
高橋 いい話ですね。人は誰も1人では生きられません。食べ物だけでなく衣食住すべて、だれかの働きかけによって出来た物で生かされている。生き物、自然もそうです。田舎はその関わりが濃くて面倒だからと、人は都会に出ていく。僕もそうでした。でも、都会は個に分断されて人間関係も消費財になります。生活と労働は切り離されて、お金を得るための手段となっている。生産者は労働自体が生活で、そこに感動や喜びがある。美しいんですよね。それは圧倒的な力がある。まさに都市の人が喪失したものを田舎の人は持っています。
僕はその逆も大事だと思っていて、田舎の生産者にも都会にはヒントがある。固定した人間関係がずっと続くのはつらいので、外に学び、異質な世界との出合うことで拡張する。コミュニティが多彩になると自分への評価も複線的になっていきます。生産者も都市の良いところを学んで、お互いが取り入れていくのが理想ですね。


消費者を巻き込んでチームが作られている

青柳 それが地域社会創生における社会的インパクトですよね。生産者側にとっても、高橋さんがおっしゃったようなインパクトがある。消費者と直接触れ合うことでの変化は地方にも起きていますよね。
高橋 ありますね。多くの生産者は作ることはできても売る力がない。だから消費社会から取り残される。顧客対応やマーケティングのマの字もないです。でも、今までのやり方ではやっていけないので、ポケマルのようなところに来始めています。直接お客さんとやり取りすることで、生産者が覚醒していくんです。マーケティングの一丁目一番地はお客さんとやり取りすること。いいことだけではなく、クレームも来て大変ですが、うまく売れる生産者は完全にお客さんを仲間にしています。今までは消費者も生産者も「高く売る」「安く買う」相手としかお互いを見ていませんでしたが、ポケマルで売れている生産者は人間として対応している。それが買う側にも新鮮なんです。だから手間をかけるほどリピートが増える。消費者は払った以上の物をもらった気になるので、友人に紹介したり、また買いたくなったりします。生産者は、「値段はどう?」「写真はこれでいい?」とか、率直にお客さんに聞いて、巻き込んでいる。
これは東日本大震災に起きたことと同じですね。自分たちだけでなく、消費者を巻き込んでチームを作る生産者が出てきています。
青柳 東日本大震災のときは仲買いなどのサプライチェーンが物理的にすべて途切れましたからね。そこにボランティアが入っていったので、彼らと協力し合えた生産者は、今も継続できていますよね。
高橋 震災のときだけでなく、日常的に消費者を巻き込んでいけるといいですね。今は気候変動で被災リスクが高まっています。巨大地震や水害、噴火が起きたときに、どう復興するかがポイントです。東日本大震災のときもそうですが、お客さんと人間としての付き合いをしている数が多い人ほど支えられていますよね。世話になっている人が困っていると助けに行きたくなる。物心両面で支えがあると復興が早い。コンクリートで国土を強靭化するのもいいけど、最後は人と人とのつながりです。その網の目を日本中に広げていきたい。
気候変動の矢面に立つのは農家と漁師です。海水温が2~3度高いと魚の獲れ方にすごい影響が出ますよ。生産者はカナリアで、危険をいち早く察知してアラートを鳴らす。でも今の流通では、世界中から食品をかき集めて並べているので、そのアラートがかき消されてしまう。消費者には気候変動の実感が湧かないんです。農家は野菜のサイズや取れ高を天候で語りますから、直販だと消費者にも実感が伴ってくる。安定した食品を提供するために莫大なエネルギーが使われ、それが温暖化の遠因となり、生産者を不安定な環境に置いてしまうという構造を理解するのが大事です。そこにも切り込みたいですよ。
青柳 自分の口に入れるものだからなおさら感じますよね。
高橋 そう、美味しいものはみんな好きですから、そこから社会問題に入っていくというアプローチはとてもいいんですよね。

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インパクトの可視化は社員の羅針盤になる

青柳 ポケマルさんがSIIFに対して期待するのはどんなことですか?
高橋 うちはスタートアップなので、日々結果を求められて全力疾走しています。社員たちはみな僕の本を読んだり、講演を聞いたりして感動し、給料が下がるのに来てくれた子たちばかりです。社会に役に立つことがしたいと思っていますが、たくさんの出資もいただいているので、会社として数字も追わなくてはいけない。だからこそ、休眠預金のような資金が僕らの会社に入ることの意義は大きいです。利益を追い求めるだけでなく、SIIFさんと一緒に社会的インパクトとは何なのかを考えることで、「生産者と消費者が関係性を築く確率をあげていく」という会社の魂を、同時並行でやれる。このことが僕らにとってはすごく大事です。口頭では今までも話してきましたが、今回は分析して可視化するということなので、これは会社にとっても大きい。期待することはそこですね。それによって何よりも社員のモチベーションになる。そこが具体的に見えると、日々数字を追うことにも意味が生まれてきます。
青柳 インパクトを可視化していくということに関してはもう3年ぐらいやっているので徐々に知見も貯まってきましたよ。ほかのインパクト投資ファンドでも、スタートアップが社会的インパクトに向かっていくプロセスの可視化をやらせてもらっていますが、それは高橋さんが言ったように、社員の方の羅針盤になるんですよね。目の前の数字に追われていると、そこに何の意味があるかが見えなくなりやすい。そんなときに可視化したものが手元にあると、自分が今日やっていることが社会を変えているんだと分かる。インパクトレポートは基本的には投資家向けに作っていますが、社内向けとしても評判がいいんです。特に御社は社会的インパクトに理解を示している方から投資を受けているので、投資家の方々とコミュニケーションするときも使えるものになる。ぜひお手伝いさせてください。
高橋 その両面で期待しています。

関係性や相互理解を深めると「幸福」になれる

青柳 今後の展望としてはどんなことを考えていますか?
高橋 今、産直は群雄割拠で戦国時代です。スタートアップから大企業までが参入してきています。僕が意識しているのは、「産直EC」じゃなく、「産直SNS」になるということ。CtoCの本質は個と個が結びつくモノづくりです。飽食の世の中で、食の価値を伝えるだけではうまくいかない。皆さんが良質の人間関係に飢えているからこれだけSNSが普及しているわけですから、食を通じた関係性の構築は打ち建てていけると思っています。
もう一つ、僕らは「生産者と消費者のつながり」を作っていますが、それが結局、ウエルビーイングに繋がっていくという結果を可視化できるといいなと思っています。幸福の可視化ですね。そこまでやれるとより説得力が生まれる。関係性や相互理解だけがゴールでなく、ウエルビーイングをゴールにしたい。そのための手段だと言いたいです。幸せとはこういうことだと示せたら、それこそ社会的インパクトだと思います。
青柳 今回6件を採択しましたが、実はどの支援先もスーパーゴールとしては同じウエルビーイングに向かっていると思っています。「関係性を作っていく」ということは、どこの事業にも何かしら組み込まれています。それぞれのケースを見たときに、関係性はウエルビーイングの重要な要素だと言える。関係性が強くなり、多様化することがウエルビーイングにつながっていく――このことが休眠預金の使い方の総体として言えるようになると、とても価値が上がります。そこは真面目に挑戦していきたいです。
高橋 やりましょう、ぜひ。20代のとき、県議会で幸福の議論をしたら、みんなに「お花畑だ」とヤジを飛ばされました。日本で幸福の議論をすると牧歌的だといわれてしまう。当時、知事からは軽くいなされましたが、その10年後に岩手県は県の総合政策の柱に「幸福」という言葉をいれた。大体僕は10年早いんですよ(笑)。関係性についても言い始めて10年経ちますから、そろそろ世の中が追い付いてきますよ…なんてね。
青柳 震災から9年経ちますが、高橋さんのやってきたことに世の中が追い付いてきている感じがしますよ。
高橋 確かに10年前と周りの受け止め方は変わりましたね。昔は僕が話すと頭がおかしいと言われましたが、今は通じるようになってきた。だから、もう一回アクセル踏みますよ。

【ポケットマルシェについて】
ポケットマルシェは、全国の農家・漁師から、直接やりとりをしながら旬の食べ物を買うことができるプラットフォーム。提供は2016年9月。現在、3,500名以上(2020年10月時点)の農家・漁師が登録し、約7,500品の食べ物の出品と、その裏側にあるストーリーが提供されている。新型コロナウイルス感染拡大をきっかけに、ユーザー数が約4.5倍、注文数はピーク時に約20倍となり、現在約230,000名の消費者が登録、「生産者さんと繋がる食」を楽しむ。



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