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「コロナ患者を救うために医療崩壊を防ぐ。そのために検査を絞っていた。」というパラドックスがもたらす弊害

「コロナ患者を救うために医療崩壊を防ぐ。そのために検査を絞っていた。」これ、パラドックス(結論が矛盾する逆説)にしか見えない。

① コロナ重症者には医療を受けさせたい。(コロナ患者を見捨てない)
   ↓
② 医療崩壊をさせてはいけない。
   ↓
③ 法律で入院が必須のコロナ軽症者で病院をいっぱいにしたくない。
   ↓
④ あまり検査をしない。
   ↓
⑤ コロナ重症者も見つけられない。
   ↓
⑥ コロナ重症者が医療を受けられない。(コロナ患者を見捨てる)

結果が最初の目的と真逆になる。このパラドックスを打ち破る方法が一つだけある。無症状や軽症のままで終わる人を見つけずに重症になる人だけを見つけることだ。

④ あまり検査をしない。

ではなく、

④ コロナで重症になる人だけを検査する。

にすれば良い。そうすれば目的と結論は一致する。しかしコロナで重症になる人だけを検査するということは可能であったか?あるいは行政がそうしようと努力していたであろうか?残念ながらそうとは思えない。

新型コロナウィルスはまだ分からないことが多いが、今どうやら分かっていることは持病を持つ人と高齢者がかかりやすく重症化しやすいということだ。であれば、持病を持つ人と高齢者を優先的に検査すれば良い。しかしこれが積極的に行われたようには見えない。持病のある人が病院に行きにくくなり、若年層の感染者も多く見つかっている。病院や施設が独自に検査するようになったのは流行が少し収まり始めてからだ。最も感染が広まっていたころには、検査されないまま重症化したコロナ患者は多かったと思われる。

日本では「他の病気の人を守るため、コロナ感染者を見捨てて医療崩壊を防いだ」というべきだ。コロナ以外の医療が必要な人も多いので、私はこれが間違っていたとは思わない。最善の策ではないが、国の規模に対して脆弱な医療の現状では致し方なかった。

私が疑問視するのは、この現実を直視せず公表されたコロナによる死者数を鵜呑みにする見方だ。検査が圧倒的に少ないのになぜ死亡者数だけ正しいと言えるのか、その根拠がまるでない。日本の方針が最善だったことにしたいあまりに現実を捻じ曲げていないか。「日本は欧米と比べてコロナの死亡者がとても少ない」理由の1つには「調べていないから」があることを忘れてはいけない。私たちは多くいたコロナ感染者を調べないことで医療崩壊を防いだ。その代償として、コロナによる重症者や死亡者の正確な数字を把握できていない。これを忘れずに今後の対策を検討しなくては、また最善の方法をとることができず、多くの人々の命を犠牲にしてしまうことになる。

ちなみに、日本よりも圧倒的に検査数の多いイタリアでさえ、コロナと診断されて亡くなった人が2万8千人、超過死亡(この感染症が無ければ死ななかったと思われる人数)が4万7千人だったとのこと。その多くがコロナだったと考えられているとのこと。このような冷静な分析が日本にも必要だ。
https://news.infoseek.co.jp/article/kyodo_kd-newspack-2020052201001703/