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いつか笑える日がくるさ

 なぁ。見てるか。ラインでも言ったし、顔突き合わせても言ったけど。まだまだ、俺たちには色んな形で成功が待ってるよ。今は馬鹿みたいにつらいけど。なぁ。まだ負けないよな。まだやろうぜ。そう、ビルゲイツにはなれないが、諦めさえしなければ、いつか笑える日がくるさ。

 友人が、います。正直交友関係が狭くて、数えるほどしかいませんが、それでも時々酒を呑んだり、悩みを打ち明けたり、馬鹿笑いする、友人達がいます。一人ぼっちじゃない、ってのは、良いことです。友や恋人や、家族や仲間がいないと、世界の中の自分を測れません。時々、彼らは私の、物差しであったりビーカーのようなものであったり、鏡であったりすると感じます。彼らを通して私は、世界を見ている。彼らも私を通して世界を見るでしょう。

 先月のある朝、友人の一人から連絡が入りました。今夜10分くらい、相談させてくれ。もちろん構わない、と答えました。彼のこんな連絡を、時々もらいます。転職だったり、交友関係だったり。話の前後から、女のことだと知っていました。夜ぼんやり待っていたら、仕事したらすっきりした、やっぱいいや、と連絡がきました。どちらにしても週末、久しぶりに帰るつもりでした。とにかく詳しく聞くのはやめて、東京で呑む約束をしました。
十代、悩みは尽きなかった。二十代でも悩みは尽きないね。多分三十でも五十でも百でも、悩んでいるのでしょう。人は考える葦であると、哲学者は言いました。なんで葦なのか、杉でも、檜でも、鯵でも鯖でもいい気はします。なんなら石でもいいでしょう。ただとにかく、考えるから悩みが尽きません。考えるから人をやめなくて済む。ただの葦になりたくても、人をやめる勇気が足りません。

 コロナ禍の池袋はそれでも、人だらけでした。東口ドンキホーテ前で待ち合わせた彼は、心なしかやつれて見えました。彼との待ち合わせは、大概午前です。しけ込んだ喫茶店で、オンラインのスマホゲーを朝から夕方までぶっ通す。以前はルノアールが定席でしたが、禁煙になった今では、転々といい店を探す必要があります。とりあえず飯を食うことにしました。
特筆する程もない炒飯をつつきながら、それで一体、どうなったんだよと尋ねました。話さないかとも思っていましたが、彼は訥々と話し始めました。
まあ片付いたことなんだけれども。今付き合っている女の子の実家に長休みは行くんだ。最近向こうの親からも結婚に発破かけられてて。今回ついに迫られて答えを迷っちまったのさ。俺はまだこんなだけど。いつか成功したくて。結婚したら、もう二度と。チャンスはこなくなるんじゃないかって。口籠ってたら、お見通しだった。
彼は、アイデアマンです。時々口を開いては、度肝を抜くアイデアを出します。求心力を持って怠惰を補う、カリスマ性を持った人間です。更に、要領が良くて飲み込みが早い。私は彼がずっと羨ましかった。私と彼が似ているのは、ふつふつとした野心ですが、彼は私より、成功に近い素質を数倍多く持っています。
成功ってさ、一人じゃできないのか?俺は違うと思う。俺が君の彼女だったら、泥水啜っても、君の成功を支えるよ。
彼は、何度も頷きました。まさしくそれを言われたんだ、と言いました。やっぱり羨ましい。
でもさ、成功って一体なんだろうね。俺は、結婚して、家買って、子供作るのも、案外成功だと思うんだよ。見ろよ、池袋には見渡す限り人がいる。彼らは成功してるだろうか。怠惰な俺たちに、もう目指すべき成功って…
一瞬お互い、口籠もりました。彼は結婚を考えていると言いました。その日戦績は最悪で、22時を過ぎても勝率は、20%に届きませんでした。お互い呑む元気もなく、肩を落として帰りました。

 大阪に帰ってきてからも、もやもやは治まりませんでした。あの時言った言葉は、正しかったろうか。俺たちが目指した成功は、もう見えないのか。何かを犠牲にしなきゃ、成り立たないのか。今からどんなに努力をしても、届かないのか。そのうち、あれは自分自身に言った言葉だとわかりました。私は、自分で自分を、諦めさせようとした。平凡に生きろ、でかいモノ探すな、地に足付けろ、人並みに。
社会に出て、いつのまにか燻ってるうちに、つまらない事をやってるうちに、つまらない人間自身になりつつありました。どうしようもなかっただろうか、そうは思わない。

 なぁ。見てるか。上の、一つだけ訂正するよ。俺たち、役牌で鳴くような、ダセぇアガリは捨てようぜ。鳴き虫になるのはもうやめだ。虎視眈々と、指先のツモ牌を信じよう。麻雀は、零点にならなきゃ、必ず一回りするんだ。俺たちの卓は、まだ半分も回ってない。親にもなっちゃいない。まだ大三元も、九連宝燈も、国士無双だって、狙えるんだぜ。君も私も麻雀を、これっぽっちも知らないけれども。
必ずこれから、笑える日はくる。その時には、あの日負けっぱなしで飲めなかった酒を、明け方まで飲み明かそう。いつか、いつか笑える日がくるから。

#また乾杯しよう

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