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Day14,「Armored spilits」Inktober2020

 父は、弓を引く。
言葉通りの意味だ。革命家でも、音楽家でもなく、ただ本当に、弓を引く。昔から弓道場に連れて行かれては、弾かれる弦や的に矢が当たる時の、びぃん、ばすっ、というような音を聞いていたから、当たり前のことだと思っていた。世間一般では、弓を引く機会なんてそうそうない、と知った時は、びっくりしたものだ。
いつだったか、夏の道場で暇を持て余した私を、高校生か大学生か定かではないお姉さんが、見兼ねて構ってくれた。オロナミンCを買ってくれたのを覚えている。違うけれどなんだか、初恋の景色のようだ。

 父の実家へ帰省の折には、彼の師事する"先生"のもとへ連れて行かれる事もあった。切り揃えた白髪に分厚い眼鏡をかけた、温厚な"先生"とその奥様は、いつも菓子盆一杯のお菓子を出して迎えてくれる。庭の曲がり角からは、一直線に作られた的場のほんの一部が見えた。時折文字通り矢のように飛ぶ矢と、少し経って矢を回収しに歩く父が歩く姿を、宿題を終わらせ、菓子盆の菓子にも飽きると眺めていた。"先生"は、我々兄弟には優しかったが、弓を引く父への視線は鋭く、武芸者のそれだった。

 武と聞くと真っ先に、じりじりと矢先と的を見つめて弓を引き絞る父や、にこりと笑うと、もう無い歯が目立つ四角いガラスの瓶底眼鏡の"先生"、冬の朝方の弓道場の、しんとして冷たい板間を思い出す。私は一度も武に踏み入ることはなかったが、静謐で神聖な、憧れのような、そんな世界なのだと思う。

 "先生"はもう随分前にお亡くなりになり、父も、リフォームして作った自宅屋上の的場には、あまり上がらなくなったように見える。あの頃"先生"の頭にあった白髪は、今は父の頭にある。彼らが鎧を一つずつ脱いで、それでも最後に残るのは、武なのだろうか。

ARMOR

[名]U
1 よろい,甲胄かっちゅう
a suit of armor
甲胄一式
in full armor
完全武装で
1a (軍艦・戦車などの)装甲(armor plate);〔集合的に〕装甲車,装甲[機甲]部隊
2 《生物》(動植物の)防護器官,(被)甲
3 (人の)精神的[社会的]な防護に役立つもの
4 紋章
━━[動]他
1 …をよろい[装甲板]でおおう
2 〈人を〉精神的[社会的]に防護する

#Inktober2020 #inktober #day14 #armor #万年筆 #イラスト

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