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奥多摩「夏は過ぎ去って」

 連休の中日、何もやる事がない。そこそこ遠くて、でも近い秩父の山でも見に行こうかとbooking.comを開いた。一件だけヒットした宿を調べると、奥多摩と書いてある。行った事がない場所に、急に気持ちが高まった。リュックサックに雨具とノート、着替えを放り込んで、翌日最寄り駅前からバスに飛び乗った。

今年の夏は随分暑かった。大阪にいたから東京は知らないが、短く、そして叩きつける様だった日射はもうない。ともすれば雨さえぱらつく中、拝島、青梅と、電車は山を分け入って走る。苔むした様な山々の天辺には、白く霧がかかっている。

 もう働き始めて、五年になる。無闇と金を使う趣味が無いから、貯金は貯まる方だったが、最近は意識的に、無駄と思わないことに積極的に使う事にしている。経験の少ない薄っぺらな自分が怖くて、今からでも出来ることなら、なんだってやってみたいのだ。金では解決出来ない事の方が多いのだから、やりたくてしかも払えばやれる事は、やってみるべき事だと思う。

途中下車して、instagramで見た地鶏の店「筏」に歩く。御嶽駅から15分、渓谷を渡り、美味しい。店から22分、また渓谷を渡り川井駅へ。ほんの40分程度で、青梅市から奥多摩町に移動したと気付く。

 川井駅は無人で、単線のホームを回送列車が通り過ぎる。線路には、黄色い花が一輪咲いている。秋の花だったろうか。駅の裏手の山は人里の音もなく、ただ虫の声だけが響く。

奥多摩駅は、田舎の観光地特有の、古びた駅舎と若々しい旅行客と、小洒落た店のごった煮だ。数分歩くと、直に予約した宿、「昭月堂」が見えた。引き戸を開けて、薄暗い店内にすいません、と声を掛けると、女性が手続きをしてくれた。通された部屋は二段ベッドが六台程並び、窓際の下の段に荷物を置き横になると、大きな欠伸が出た。

 一眠りすると町は既に夕刻だった。ぶらりと外に出て目を付けていた炉端焼き「あかべこ」に入る。併設の旅館客で品出しが遅れるかもしれない、と言われたが、注文はじき出てきた。若い女将さんに勧められて食べるやまめの塩焼きが実に美味しい。

会計後、店を出てぶらりと夜道を、宿とは反対に向かって歩くと、誰ともすれ違わないまま山手はみるみる深まった。鈴虫の声だけが響く。夏は過ぎ去って、もう秋なのだ。気付けば冬になるのだろう。

 商店に立ち寄り、地酒である澤乃井の小瓶を買って宿に帰ると、一階は酒盛りの場になっていた。勧められるままに席に着き、買ったばかりの澤乃井を傾ける。優しく、澄んだ味だ。酩酊したが話は弾み、昭月堂の店主や受付の女性、常連らしい山葵田の主人と、気付けば二時過ぎまで呑んだ。

翌る日宿の朝食を食べながら、ぼんやりとする。既に目的のヨーロッパ旅行記は、予定していた稿まで書き上げた。結局珈琲まで頂き、渓谷を1時間ほどぶらついて帰りの電車に乗る。何かに後ろ髪を引かれる様だが、また来る理由を残すくらいで良いだろう。青梅、拝島、三鷹。復路は往路の逆回しの様だ。

秋の深まる頃、また来よう。

#奥多摩 #ぶらり旅

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