夏の邂逅
酒の勢いでやってしまったことだけれど、後悔しているし反省もしている。
今、私は女子高生に謝罪するために待ち合わせ場所に向かっているところ。
とはいえその女子高生とは初対面で、そこに着いて時間になったらメッセージアプリで互いの所在を確認することになっている。
が、正直気が重い。
いい歳をした社会人がネナベ、しかも男子高校生を演じていたこと。
ネットで交流しているだけならそれでも構わなかっただろう。いわゆるひとつのロールプレイ。
けれど、昨晩。夏イベントの打ち合わせで集まった悪友たちと飲んでいるうちに、ついうかっりポロリとこぼしてしまったのだ。ネットでネナベとして女子高生と仲よくなったことを。
その場のノリで、
「呼び出しちゃえよ」
「リアル百合キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!」
とか言われて、私もついついやらかしてしまったのだ。酒の勢いもあって。
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『関東住みですか?』
(^^)『日南葵さんですか?w』
『さすが反応いいね!』
(^^)『で、それは実際にリアルで
一対一でお会いしませんか?
ってことですか?』
『そう、夏休みだし
俺の方から誘ったんだから
最寄り駅まで行きますよ』
(^^)『じゃあ、大宮駅で』
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「わお! リアル友崎くんじゃん!」
「向こう、日南さんみたいな美人さんだったらどうする?」
「それより女版友崎くんみたいな子だったらどうしよう?!」
彼女たちは私がかつて男子高校生に恋して、その想いを告げることもできないまま、いまだに引きずっていることを知っている。
知っていて、こうしていじってくれる。いい悪友たちだ。
そんな感じで夜もふけて、今こうして後悔している。
向こうはいわゆるひとつの「ひと夏の出会い」的なことを期待しているかもしれないところに、こんなオバサン(自分ではそうは思ってないけど!)が現れるわけだから、せめて失礼がないよう先に着いておこうと早めに待ち合わせ場所に行ったのだけれど……。
……そこには彼がいた。
立ちつくす私に彼が先に気がついた。
あの頃と変わらない眼で駆け寄る彼の姿に、時間が戻る気がした。
「先生! 柿崎先生じゃないですか!! お久しぶりですね」
「あ、あら、南くん、本当に久しぶり。誰かと待ち合わせ?」
彼は私が教育実習に行った母校の後輩、実習の時の生徒。今はもう大学生だろう。
拙い私の授業で私語が多くなってくると、学級委員でもないのに彼が諌めてくれた。彼がいなければ、私は二週間の実習を終えることができなかったかもしれない。
実習最終日に私の連絡先を聞いてきた。
「実習終了後も生徒との私的な交流は禁止されてるから」
それきり会うこともなかったのに、ひと目見て彼だとわかった。
「はい。ネットで知り合った人とリアルで会うんですけど、ちょっと早く来すぎちゃって。
ところで先生は、無事『先生』になれたんですか?」
「うん、今は高校で国語を教えてるよ。下手くそな私の授業で学級崩壊しないように気を使ってくれた南くんのおかげだね。ありがとう」
「そんなことないです。柿崎先生の実力ですよ。先生も待ち合わせか何かですか?」
「う、うん。そんなところ。私もちょっと早く着きすぎちゃってね」
大学3年生なんて実感としてはまだまだ子ども。とはいえ高校生なんてさらに子どもと思っていたけれど、その男子高校生に支えられて、頼りにして、それは恋してしまうには充分な状況で。
けれど立場上想いを伝えるわけにも、彼の想いを受け入れるわけにもいかなくて。なのに未だに私はグズグズひきずっている。
「先生、もしまだ待ち合わせまで時間があるなら、僕の話をちょっと聞いてもらえませんか?」
「うん、こっちもだいぶ早くきちゃったから大丈夫だよ」
「ありがとうございます。ところで先生、『Notes』ってサイト知ってますか?」
「ああ、読書メーターとかブクログみたいな読書記録のサイトだよね」
「はい、でももっとSNS的でフレンド登録するとメッセージのやりとりまでできるのが大きな違いで人気の理由なんです」
知ってる。
私も使ってる。
っていうか、今まさにそれで知り合った女子高生と待ち合わせ。
「それで、ですね。そこですごく本の趣味があう人がいたんですよ。マンガもラノベもファンタジーも、それにミステリやSFだけじゃなく文芸作品や映画の趣味まで!」
「よかったじゃない。そういうのってすごくいいと思う」
「最初はお気に入り本の登録とか、お薦め本のレビューとかでよく名前を見かけるなって感じだったんですけど、いつの間にかお互いのレビューでその本を読んでみたり、そのレビューをお気に入り登録したりしてるうちにすごく趣味がかぶるのがわかってフレンド登録までするようになったんです。お互いのリアルも知らないのに」
「で、今日会うっていうのはその人なの?」
「はい。彼から『リアルでも会わないか』ってメッセージをもらって。……でもひとつ問題があって」
「どうしたの?」
「実は僕、妹の少女漫画なんかも結構読んでて、そういうのってちょっと恥ずかしいなって思ってて、それで会員登録する時に『女性』『高校生』で登録してたんですよ」
ちょっと雲行きがあやしくなってきた。
「だから今日会う彼は、僕のこと女子高生だと思ってるんですよね。きっと期待してると思うんですよ、可愛い女の子が待ってるって」
ちょっと、これは、もしかして。
「あの、南くん。きみのNotesのペンネームって聞いてもいいかな?」
fin
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