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リスナーハンター(剣持刀也)に救われた話

「責任があるんじゃないか」と私は自省していた。「剣持刀也の配信の魅力を歪めて流布させたことに対する責任が、お前にはあるんじゃないか」と。

 前回の記事「心理的群衆としての剣持リスナー」は思わぬ大反響をいただいた。と同時に批判的意見もいただき、私自身反省すべき点があった。それは、同記事が「剣持刀也の配信は統率されたプロレス芸こそがメインコンテンツだ!」という印象だけを与える記事になってしまったことだ。
 剣持刀也の配信のコメント欄は絶妙な一体感があって面白い。そうなるようにリスナー達はある程度教化されている。それ自体は疑っていない。しかし、それは配信の魅力の一側面でしかない。剣持の配信はもっと多様性に富んでいる。たとえば——

 同記事を書いた後、私はひょんなことから「The Beginner's Guide」実況を見た。ゲーム終盤、作品に込められたメッセージを丹念に読み取り、独特な視点で話を広げる彼の語り口には感心した。そして「剣持は海外インディーゲームもやってくれるのがいいよな〜」と思った。HEADLINER、Replica、Papers, Please——インディーゲーム特有の尖った作風に、時にツッコミを入れながら、時にテーマを丁寧に読み解きながら作品を隅々まで楽しむ。作品の面白さと彼のトークが生み出す化学反応は未知の体験をもたらしてくれる。

 クソマロ芸や架空配信ネタも相変わらず面白い。リスナー達は手を替え品を替え配信を彩る。先月末の雑談配信ではAAマロ概念が勃興し、中指立てAAマロという最悪のクソマロが誕生した。「ネクストレベル」と題された配信にふさわしい、クソマロのパラダイムシフトが起きたことを象徴する出来事であり、「邪智暴虐のゲネイオン」のリフレインとも言える過程は芸術的ですらあった。

 ……いや冷静に考えて、クソマロのパラダイムシフトって何だよ。「邪智暴虐のゲネイオン」のリフレインって何だよ。意味分かんねえよ。何はともあれ面白かった。「まったく民度と倫理観のないゲリラどもに核爆弾を与えちまった」という剣持本人のコメントがまた良い風味を醸し出している。すっきりとしたクリアな喉越しだ。

 にじFesとか咎人オフコラボとか、他にも語りたいことは山ほどあるが……すでに話が長くなってしまったので割愛。とにかく、私はそんな風にして毎回新鮮な気持ちで彼の配信を楽しんでいた。だからこそ、あの記事のことが気がかりだった。何と言えばいいのか、「剣持の配信は自由な遊び場みたいなもんだよね。でもその"自由"ってのは混沌じゃなくて、安心できる"自由"だよね。だからこそ面白いコメントがいっぱい集まるよね」みたいなことをもっと強調するべきだったなと思った。ジェットコースターのたとえや、ちょっとした注意喚起といったものを添えたがやはり言葉足らずだった。プロレス芸にばかり注目したり、いわゆるディストピアのように窮屈な環境の印象が拭えなかったり。

 猫餅さんの記事では、精神的にかなり追い詰められていたとき、剣持の配信が救いになったという体験が赤裸々に書き綴られている。剣持の配信は開かれた環境であり、かつ洗練されたリスナー達によるネタの多様性があるからこそ、新しく訪れた者に劇的な体験をもたらし、既存リスナーも新鮮さを味わうことができる。私自身、誕生日お祝い画像に鋭いツッコミを入れる切り抜き動画に衝撃を受けて彼の配信を追うようになったのだから。
 そんなこんなを表現することができないままあの記事を世に送り出し、予期せぬ規模で多くの人々の目に留まった。だから私は自省していた。「剣持刀也の配信の魅力を歪めて流布させたことに対する責任が、お前にはあるんじゃないか」と。

 いずれはこの反省を踏まえてまた記事を書きたいな……そんなことを思っていた折に、久々にリアタイ視聴できたのが「リスナーハンター」と題された配信だ。剣持はこう語る——

あのね、皆さんはやっぱね、周りに流されないでほしい! 皆ができることは、皆がしてることは、あえてしないでほしいということでございます。これはね、問題提起というわけじゃないですけどね。あらゆる業界にね、右にならえになってる人間達が多い業界に対しての一石を投じるようなね、配信で……ね。まあ要するにね、たとえば——
リスナーハンター【剣持刀也】19:48~

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!゛!゛!゛!゛!゛!゛!゛↑↑↑↑」

 なんと剣持は唐突に怪鳥のようなけたたましい叫び声をあげた!!(ここモンハン要素)
 私を含めたリスナー達はそれを聞くや否や「は?」とコメントした。「は?」で埋め尽くされたコメント欄を睥睨した剣持は、次のように語る。

今、お前らは「は?」って書いた。そして、「は?」って書くのが何なら正解だと思って「は?」って書いた。ただ、「は?」って別に正解じゃないはずなんだよ。無限にある表現の中で何でも選べるのに、なぜ「は?」に行き着いたか。[……]ということで今回、皆さんを試す配信です! 皆さんは試される側です。一考してください。
同上 20:38~

 こうして戦いの火蓋が切られた。剣持は「は?」「もた……もた……」「おつあご」「ボイス」といったテンプレを禁止ワードに設定。さらには5分に一度しかコメントできないという徹底的な"言論統制"を敷いた。これに対してリスナーは、【コメントが削除されました】を連投することで剣持を撹乱したり(これも禁止ワードにされた)、言論統制下であえてしょうもないコメントを送るといった手段で対抗した。
 剣持は最終手段として名前と文字を非表示にしたが、絵文字はちゃんと表示されることが早々に露呈してしまい、コメント欄は絵文字で埋め尽くされた。いやもう流れが完璧すぎて草。

 一連のゲームが終わった後、剣持はこう語った。

これはね、皆さんの意識改革でございます。別にコメントが単調になることが悪いんじゃなくて、考えてないコメントというのがね、ある場合はね、考えてくれたらね、配信者は何だかんだ嬉しいんじゃないかと。[……]同じ光景を見ているという場合は、新しいね、文を投げかけてあげて拾えるようにしてあげたりしたら、もしかしたら雑談する配信者さん嬉しいんじゃないかなというね、そんなようなお話でございました。
同上 45:59~

 嫌味な言い方になってしまうが、要するにこの配信は剣持なりのお気持ち表明だった。「直情的な言葉が普段からコメント欄では散見されるが、できれば創意工夫に富んだコメントを心がけてほしい」というお願いだ。無論、お気持ちがどうとかは気にせず純粋にエンタメとして楽しめるし、そうなるように剣持が慎重に言葉を選んでいることが分かる配信だった。

 何となく月ノ美兎の影が見えた。にじさんじに関するゴシップが出回った時、彼女は疑惑の肯定や否定をしつつ「こういう噂でね 私の夢を潰されたくないんですよ」ときっぱり言ってのけ、最後にはエンタメとして笑いをもたらしてくれた。あの姿勢と重なるものがある。やっぱ親子なんすね。

 閑話休題。この配信について、 Twitterや動画のコメント欄で数々の意見を見かけた。


変なコメントするのが怖くてついお決まりの定型文やネタに逃げがちだった
心のどこかでこんなふうに優しく諭されるのを望んでいたような気がするよ ありがとう剣持
- 鳩村さんのコメント

周りに同調して脳死コメしてた自分が如何にダサいか気付かされた配信でした。コンテンツを潰し兼ねないということエンタメにして届けてくれてありがとう。
- のずさんのコメント
リスナーハンター【剣持刀也】 動画コメント欄より

 あのコメント欄は時として同調圧力逃げ口をもたらし、リスナー個人を縛る鎖になり得る。そんなことを痛感させられる意見ばかりだ。
 ここからは私のお気持ち表明になるが——あんな記事を書いておいて何だが、私は「剣持リスナーの一体感いいよな〜」と思いつつも、「でも煽りコメントばっかなのもどうなんだろう。ほら、剣持は今すごく良いこと言ったのに……」と思うことがある。まああれは配信時特有の一過性のもので、配信後のコメント欄やTwitterでは褒め言葉が多い(と思いたいだけかもしれないが)ので、大半の人は照れ隠しめいた言動をしているのだろう。しかし、それでも私は首をひねってしまうことがある。それに結果としてあのコメント欄は生まれてしまっているわけで、時に居心地の悪さを生み出しかねないのは必定だ。私もそれに加担してしまっている。

 私は前回の記事で「剣持リスナー特有の一体感」のみを語り、同調圧力や逃げ口に繋がるといった問題点に向き合っていなかった。しかし、剣持は配信者としてこの問題点に気づいており、それを改善するために行動し、かつエンタメとしての体裁を保つ配信を行なった——それが「リスナーハンター」なのだ。
 ……クソッ!! カッコつけて言いたかったのに、こんなタイトルだとなんかカッコ悪いじゃねえか!! まあこのタイトルもエンタメとしての体裁を保つ工夫なのだろう。

 私視点であの配信を見ると——「剣持リスナーの一体感いいよな〜」という私のテーゼに対し、剣持は「脳死でコメントすんな! 意識改革だ!」というアンチテーゼをぶつけ、「統率がとれていながらも多様性が担保されている配信」に止揚することを目指した。それは困難を極める道だ。リスナーをあるがままにさせるのではなく、しかし多様性を失わせないように配慮しつつ管理する。その絶妙な距離感を常に探らなければならない。正直しんどいことだと思う。
 だからこそ、私はこの配信に救われる思いがした。私が求めていた、正確に言語化することができなかった"剣持刀也の配信"を、他ならぬ剣持自身が示そうとしてくれている。ありがとう剣持。前にも言ったが、お前はやっぱすげえやつだよ……

表面上はシニカル(冷笑的)な態度を見せるが、彼の奥底には確かな信念が宿っている。[……]すなわち、剣持刀也は世の中をシニカルな視点で観察しているが、その態度に固執せず、自分が面白いと思えるものを能動的に生み出そうとする胆力を秘めている。私は彼にそんな魅力を感じた。
それでも剣持は踊っている——客観的視点と能動的な愚鈍化【にじさんじ】 より

「こういう配信をしたのは、シャプラジでゲストをお迎えするための前準備なんだろうな」「ロリの純粋さを愛でる感情と地続きなんだろうな」「リスナーをモンスターにたとえるのは何となくむぎちゃんのnote記事を思い出すなあ……配信者として同じ見え方になっているんだろうか……」などの邪推・考察・感想が思い浮かびましたが、まあそれは余談。

 最後に。あの洗練されたリスナー達のように面白いことを私は言えないかもしれない。しかし、「剣持の配信を面白くしたい」という意識は常に持ちたいし、機会があればまた記事を書きたいと思う。彼は配信後に「向上せよ」と促した。その言葉に、ひとりのリスナーとして真摯に向き合うために。


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